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2003年12月15日

鈍感

もろもろ

中学生の頃、同じ学年に、なんとなーく人間関係がスムーズに行ってないかなーという相手がいました。こちらは特に、なにをしたというつもりもないのですが、なんとなーく「和やかな会話」を成立させることを、回避されているようなかんじ。まあでも、私も当時から「友達百人でっきるっかなー♪」ってタイプの人間ではないので、特にそれを問題とは感じていなかったのです。衝突さえしなければ、そういう相手がいても別にいいよね、と。親しい友達はほかに充分いたし。

ところがある日、そのスムーズに行ってない相手がわざわざ私のところに来て、「家庭科の教科書を忘れてしまったので貸してほしい」と言ってきました。私は「私に頼んでくるとは、珍しいこともあるものだな」と思いつつ、快く貸してあげました。すると、数時間後に返却された教科書の表紙が、こんがりと焦げて一部は焼け落ちておりました。「うっかりしてて火がついちゃったの、ごめんね」ということでした。

さて。私はそのとき、「ああ、うっかりと焼いてしまうこともあるよねえ、調理実習シーズンだしねえ」と考えただけで、特におかしいと感じることもなく、そのまま淡々とその教科書を受け取って、なんとも思わずにいたのです。家庭科の教科書の表紙に別に思い入れはないし、中身のページは全部無事だし、使っていくうえで不都合はありません。というわけで、その焼け焦げ教科書にカバーをかけて焦げ部分を隠したりすることもまったく思いつかず、そのまま堂々とその学年の終わりまで使いつづけておりました。ほんとに、教科書に思い入れなかったからねえ。

で、15 年以上が経過しました。そして、昔の持ち物を整理していた私は、あのときの焦げた教科書を見つけました。そしたらねえ、ふと、思い出したことがあったのです。

それは、そういえばあの頃一度、唐突に担任の先生に面談室に呼びつけられて、
「嫌がらせを受けたらきちんと怒りなさい、相手ときちんと向き合いなさい」
と説教かまされたことがあったなあ、ということでした。そのときは、先生がいったい何の話をしているのか、さっぱり分からなくって呆然としていたのだけれど、もしかして焼け焦げ教科書を持ち歩いていた私は、先生からは「いじめられっこ」だと思われていたのだろうか?

そしてまた。オトナの目であらためて見てみると、たしかにこの焼け焦げ方は、ちょっと不自然かもしれないのです。調理実習中、レシピのページを見ていてうっかりガスレンジに……という説明で納得するには、ちょっと不自然な焦げ方であると、言えなくもないのです。

でもなあ。今更、そんなことに気付いてどうする? それにやっぱり私は、「うっかり」説を捨ててはいないのです。そもそも、そのほうが記憶の整理が簡単だし。大体、いくら中学生のガキ(お互いね)だって、ちょっと会話がスムーズに行かない程度(いや、私がそう思っているだけで、私がなにか向こうにとってとんでもなく失礼な腹立たしいことを自覚なしにやらかしたのかもしれないが)の相手の持ち物を、意図的に焼いたりするか、普通? あれが「わざと」だと思ったら、あの頃の人間関係についての記憶が、がらっと塗り変わってしまいます。

ただ、万が一、あれが本当に「わざと焦がした」のであった場合。それにあんな淡々とした反応しか示せなかった私は、相手および周囲の目には、かなり「のらりくらり」とした物足りないやつとして映ってしまったのかもしれません。だから担任に呼びつけられて「相手と向き合え」などと説教されたのでしょうか。でもなあ、意地悪って、やられた当人がそれを意地悪だと認識できなかったら、成立しないものねえ。

そういうことを思うと、かえってちょっと当時私の周囲にいた皆さんに申し訳ない気分にさえなってくるので、やっぱり私はこれからも気付かなかったことにして「表紙が焦げたのは真性うっかり」説を支持していきたいと思います。うーむ。

Posted at 2003年12月15日 21:42



All texts written by NARANO, Naomi. HOME