« 2003年12月 | 最近 | 2004年2月 »

2004年1月 4日

すっかり明けてしまいまして

近況

おめでとうございます。新年のご挨拶くらいはさっさと書こうと思ってはいたんですが、風邪引いてて頭がぼーっとなってました。なんとか仕事初めまでには治したくて、ずっとどっこも行かず家の中でおとなしくしてたけど、いまいち治ってないっぽい。幸先の悪いことである。とりあえず「一年の計は元旦にあり」っちゅーのは、今年は無視する方向で。

あ、そうそう、元旦はまだそこそこ元気だったんだ。元旦に更新できなかったのは、正月早々、同居人A氏のパソコンがクラッシュして(これもまた幸先の悪いことである)、なんとか救い出せそうなデータをLAN経由でこっちのパソコンに引き取ったりしていたためです。なんとなく気分はサイド 6 においてタイヤが泥にはまったアムロ・レイのバギーを自分の車で牽引してやるシャア・アズナブル――とか連想してしまったのは、データのコピーと並行してテレビで映画版のファースト・ガンダムを見ていたから。正月早々、こんな「ヲ」なことでいいんでしょうか。同居人A氏も(私が常々「ファースト・ガンダムは 30 代日本人の基礎教養だ」と主張していたので)途中までは一緒に見ていたのだが、パソがクラッシュした時点で、それどころではなくなった模様。

しかし、基礎教養だと言いつつ私もかれこれ十数年ぶりだったので、意外と忘れているシーンも多かったです。「あ、日常会話でみんながよく応用している『偉い人にはそれが分からんのですよ』はここで出てくるセリフだったっけか!」とか(笑)。反面、驚くほど細かいところまで記憶にしっかり残っていたシーンもあって、子供の頃の自分がどういう部分に反応しながら観ていたのかがはからずも自覚されたり。

まあ、そんなこんなで、あんまりパッとしない 2004 年の幕開けだったのですが、本年もぽややんと更新していく所存ですので、よろしければまたお付き合いくださいませ。

Posted at 22:39 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年1月 6日

Robin McKinley "Beauty"

読了本 | 書籍・雑誌

Beauty: A Retelling of the Story of Beauty and the Beast

読書感想文リハビリ中。

風邪で寝ていたあいだに Robin McKinley "Beauty : A Retelling of the Story of Beauty & the Beast" (1978, HarperTrophy) を読みました。とある趣味がきっかけで最近ちょこっとだけメールのやりとりをさせていただいたカナダ人のお姉さんが、ご自分のサイトで絶賛していた本。

ハヤカワ文庫FT の「ダマール王国シリーズ」(『青い剣』『英雄と王冠』)を書いたロビン・マッキンリイ(公式サイト)の長編デビュー(たぶん)作です。ちなみにマッキンリイは、ピーター・ディッキンソンの奥さんであるらしい。作家夫婦かー。

タイトルで分かるように、あの『美女と野獣』の物語のアレンジ版。幼い頃のたわいないひとことがきっかけで Beauty(美女)という渾名が定着したものの、実際には質実剛健そのものの外見、しかも馬が大好きという、少年のような女の子に成長してしまったヒロイン。お裁縫なんかよりギリシャ語の勉強のほうがよっぽど楽しいと感じる学者肌の本の虫でもある。でもそんな彼女を、父や二人の姉(こちらは文句なしのたおやかな美人)はやさしく見守って慈しんでいる。

そこそこ裕福な暮らしを送っていた Beauty たちだったが、ある日突然、父の商売が破綻して、何もかも失ってしまう。生まれ育った村に戻って鍛冶屋を始めるという次女の婚約者を頼って、町を出て行く一家。引越し先のささやかな家の近くには、恐ろしい怪物が棲むと伝えられる不思議な森があった――。

使用人に囲まれて何不自由なく育ってきた三姉妹が、いきなり荷馬車に揺られての過酷な旅を経て質素な家に移り、自分たちで家庭を切り盛りしなければならなくなるあたりの描写が詳細で、生活感にあふれています。馬を操り畑を耕し、義兄の鍛冶屋の仕事を手伝い、薪割りまでできるようになってしまうたくましいヒロインが、非常にかっこいい。すべすべだった手をガサガサにしながら家事をマスターしていくお姉さんたちも健気です。オリジナルのお話と一番違うのは、このお姉さんたち(原作ではシンデレラの姉ばりに性格悪い)のキャラクター設定かな。ヒロインが心から愛情を注ぐのもうなずける、ものすごく善良な人たちなのですよ。

基本的にはオリジナルの『美女と野獣』そのままのストーリーなので、やがて野獣がいる魔法の城に行くことになるわけですが、ここでも城の膨大な蔵書に魅了され、趣味に合わない“お姫さまドレス”を着せようとする目に見えない召使と壮絶なバトルを繰り広げ、時には大好きな家族に会いたくて落ち込み……といった毎日が、生き生きと描写されています。

そしてもちろん、“野獣”との交流。少しずつ少しずつ、お互いに心を開いていくようになる過程が、丁寧に書き込まれていました。とにかく、このヒロインが、ものすごくかわいい。感受性が強くて、頭の回転が速くて、素直にのびのびと育ったお嬢さん。でも実は自分にコンプレックス持ってたりする弱いところがふと垣間見えたりもして。そりゃあ、野獣にしてみれば、二百年も孤独に退屈して過ごしてきたあとで、こんな女の子がやってきて振り回してくれたら、惚れちゃうよねえ、というかんじ。また、18 歳にして初恋もまだだったヒロインが、見た目は恐ろしいけど知的でノーブルで謎めいたところのある野獣を、無自覚のまま徐々に男の人として意識していくというのも、説得力ある書かれ方でした。

結末分かってても、面白かったです。よく知られている話をこういうふうに書くやり方もあるんだなあ。あ、ついでに言っとくと、ディズニー映画の「美女と野獣」を見てないので、私の頭にあるこのお話に対するイメージはボーモンの原作とジャン・コクトーのモノクロ映画のみです。

Posted at 13:22 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (1)

苦戦中

近況

先日買ったFAXと留守番電話の連携がうまく取れません。電話機からFAX機に切り替わる時点で、どうしてもエラーが出てしまう。手動受信ならできるんだけど、留守のときに自動で受け取れるんじゃないと意味ないじゃん! マニュアル通りに設定しているつもりなんだけどなー。ここ数回、FAX受信に失敗して留守電のメモリに発信音のみ記録されてました。仕事関係からのは FAX 送りっぱなしで受け取り確認もせずってことないはずだから大丈夫なんだけど、友達からの年始の挨拶とかだったら、悲しいなあ。誰だったんだろう。

1 本しか電話回線のない場所で使う FAX の厄介なところは、送受信が正常にできるかどうかをチェックをするには、よその回線から FAX を送ってくれたり、こっちが送った FAX を確認してくれたりする協力者が必要だということだ。

そういうわけなので、もし今年に入ってから私に FAX を送ってくれた人がいたら、ご一報ください。って、ここ見てるような知り合いなら、ネット経由で連絡してくるだろうし。うーむ。

Posted at 19:56 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年1月 8日

ファクシミリ続報

近況

留守電との連携が取れないと嘆いていたファクシミリですが、原因はわたくしがケーブルの2芯と4芯を見間違えていたことであると判明いたしました。同居人A氏に指摘されました。教訓:なんかをつなぐときには、眼鏡をかけよう(でも配線で家具の下だの隙間だのに潜ったりしてると、眼鏡は邪魔なんだよー)。とにかく問題解決です。めでたしめでたし。

それにしても、二人っきりの家族だというのに、しっかりA氏に叫ばれましたよ。
「犯人は、この中にいる!」

Posted at 09:21 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年1月10日

銀幕で観る指輪エクステンデッド・エディション

映画・テレビ

DVDでしか鑑賞できないものと思っていた『ロード・オブ・ザ・リング』のスペシャル・エクステンデッド・エディションを、「最初で最後のロードショー」と銘打って劇場公開するというので、さっそく銀座の東劇へ行ってまいりました。うーん、正直、音響がちょっとよくないかなー。普段よく行く映画館が、音響だけは(だけは?)とてもよいところなので、なんか音割れするたびに気になってしまって。でも大画面であのシーンやこのシーンを観て嬉しゅうございました。「旅の仲間」自体が実は久々だったので、涙腺が緩んで困りました。ボロミアーっ!

しかし、「初日の朝一番の回なんて、マニアばっかりなんでは? マニアとまでは行かずとも、DVDでとっくに SEE 版を観ちゃってて、それでもやっぱり一度は大画面で……と思ってやって来たような人ばっかりだよねえ?」と、思っていたら、意外とそうでもなかったみたいで。上映終わったあと「未公開シーンってこんなにあったんだねえ」みたいなことを語り合っている人々がいたよ。あ、もちろん“見るからにマニア”な方もいらっしゃいましたが(指輪のレプリカを身につけていたり)。

24日からは「二つの塔」SEE を上映するそうなので、また行けるといいなあ。ほんとは、それどころじゃない状況なんですが、どっかでなんとかスケジュール詰めてやるぞ。

Posted at 23:34 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年1月12日

人は変わってゆくのか

書籍・雑誌 | 近況

指輪映画を観たあと、土曜の夕方から日曜午後にかけて、同居人A氏の実家に行っていました。もうすぐA氏の両親との同居を開始するにあたって、A氏が実家に置きっぱなしにしている本の整理をする必要があったのです。

A氏の実家の本棚をきちんと見たのは、実はこれが初めてでした。いやはや。話には聞いていたんだが、子供の頃に読んでた本を詰めた段ボールを開けていったら、とにかく子供向けに書かれた「偉い人の伝記」ばかりがざくざくと。うわあああ。こういう家庭もあるんだなあ……と、死んだ母親に感化されて小学生の頃から児童向けミステリやSFを読んでいた私はしみじみとしてしまったのでした(もっとも、父親の再婚後にやってきた今の母は私の本棚を見て「女の子の読む本じゃない!」とか言ってましたが)。

そしてまた、そうやって純粋培養で育ってきた男の子が、ちょっと大きくなってお小遣いを自由に使えるようになると、それで『ひでおと素子の愛の交換日記』とか買うようになってしまうあたりに、わたくしは“子育ての難しさ”を垣間見たような気がいたしました(シリーズ全部揃ってて苦笑)。

Posted at 00:50 | 個別リンク用URL | コメント (4) | トラックバック (1)

2004年1月15日

Play it again, spam.

ネット

「メールの件名 (subject) 欄が英文だと、反射的にスパム・メールだと思って捨ててしまう、自動的にゴミ箱に移動させてる」という話を、けっこうよく聞くようになりました。たしかに、英文メールのspam率、高いもんね。合理的ではあります。

「メールの件名は英文で書くのがマナー」という時代もあったのにねえ、と思うとしみじみしちゃいますが。ヘッダに8バイト文字を入れても通らなくて必ず文字化けするようなサーバが一般的だった時代のことですけれども。初めて電子メールというものを使い始めたときに、周囲から叩き込まれたのが「本文以外に日本語を使うな」ってことだったもん。ヘッダに日本語を使って許されたのは、何度かやりとりしてて、相手のメール・サーバが日本語ヘッダを通すと分かってて、なおかつデータの経路の関係で万が一ヘッダが文字化けしても特に失礼ではないような、気心知れた相手へのメールだけでしたね。

で、その後自分のサイトを開設したら、NIFTY-Serveなどパソコン通信ネットでのメールのやりとりに慣れてる人たちが段々知り合いに増えてきて、皆さん屈託なくメールの題名に日本語をお使いになるので、「うっわー、みんな大胆だわー」って、はじめのうちはドキドキしてたっけ(笑)。その頃はもう、個人が加入するようなプロバイダはほぼみんな、日本語ヘッダ通すようになってたんだけど(大学のネットワークとかはまだ駄目だったなあ)。

って、なんか昔話になっちゃいました。話を戻そう。とにかく、件名が英語だと spam と見なされて削除されちゃうっていうのは、もう今は仕方ないかなあ、と思うようにはなっていたのですよ。

でもこないだ、とうとう「差出人 (From) 欄の名前が日本語じゃないメールが来たら自動的に削除するようにメーラを設定してあります」という話を聞いちゃって。これには、さすがに驚いた。日本人以外ともメールのやりとりをしなくちゃいけない人だって、いるだろうに。毎回メーラの設定変えろと?(1つのメール・アドレスに対して複数の差出人情報を設定できるようなメーラがあればいいのか)

日本人同士のメールのやりとりでも、まだFrom欄の自分の名前は半角英数字でローマ字表記をデフォルトにしている人のほうが多いんじゃないかと思っていたのだけれど、ネット上の所属コミュニティによっては、もう違うんだろうか?

はー。時代は変わっていくのね。時の過ぎ行くままに。スパムのせいで。

しかし、メールのヘッダに8バイト文字が入っているか入ってないかがspamを見分けるための(ある程度有効な)指針として使えるっていうのは、私らがアルファベット文化圏の人間じゃないからだよねえ。英語圏の人は、どのようにしているのであろうか。1 つ 1 つ、件名を読んで判断するしかないんだろうか。

とかなんとか思っていたら、ほんとにやられちゃったよ。つい先日、シュミ関係でやりとりしていた英語圏の人から、「ごめんなさい、あなたのメールを間違えて削除しちゃったみたいです!」ってメール来た。ううう。まあ、わたくしもこれからはせいぜい、spamと間違われないようなサブジェクトを心がけましょう。「Hello」だけとか「Thanks」だけとか論外よな。

ところでこれを書きながら、そういえば、むかし缶詰の SPAM社が、「メールのスパムは私共の商標と区別するために必ず小文字で spam と表記してください」とみんなに訴えかけてたけど、まだ言ってるのかなあ?――と思い出して、サイトに行ってみた。まだ言ってました。

Posted at 22:19 | 個別リンク用URL | コメント (2) | トラックバック (0)

2004年1月17日

引っ越し見積もり

近況

引っ越し屋さんの営業の人が見積もりに来ました。いよいよ、引っ越しの実感湧いてきたぞ。前回の引っ越しのとき、運搬バイトのお兄さんが、延々と続く「本の入った段ボール箱」地獄のせいで作業途中にしてへろへろになってしまう――という事件があったため、ついつい「ここに積んでる段ボール箱は全部、中身が本なんです。ぎっしり本なんです。よろしくお願いします」と、しつこいほどに繰り返してしまったよ。

今の社宅では、引っ越し準備を始める前からずっと、本棚に入りきらない本をスーパーでもらってきたミカンの段ボール箱に入れて部屋の隅や廊下にがんがん積んであったのだけれど(背に腹はかえられぬとはいえ、「インテリア、それなに?」っちゅーかんじの住居と化してました)、今度の住処では、もうちょっと本棚に並べられる本が増える予定。

しかし、うち程度でも引っ越し屋さんがへろへろになったくらいなんだから、書評系のウェブサイトなどでお見かけする蔵書家の方々なんて、本当に引っ越し業者さん泣かせだろうなあ。

Posted at 23:05 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年1月20日

リンク・ページ復活

サイト管理

サイトを移転したときに「準備中」にしていたリンクのページですが、気が付いたら放置状態のまま 1 ヶ月も経っていたので、とり急ぎ復活させておきました。同居人A氏から、「××さんのサイトへはここのリンクをたどってアクセスしていたのに」とか言われるし(ブックマークしろ、横着者!)。

本当は自分に便利なように、ジャンル分けのできるリンク CGI を入れてリンク先も増やしたかったんですが、結局ほとんど前のページのままです。

それから、そろそろ旧サイトの「引っ越しお知らせ」ページも削除してしまおうと思うので、ブックマークの変更などはお早めに(まだちょくちょく、hi-hoの引っ越しお知らせページを経由したアクセスがあるようなので)。

Posted at 15:47 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

シアトル病

書籍・雑誌

先日、久々に DVD で「シングルス」を観ていたら(私はこの頃のブリジット・フォンダが本当に本当に好きだ!)、無性に、この映画と同じくシアトルを舞台にしている本が読みたくなりました。で、ミステリ系らしいレーベルから翻訳が出ているジェイン・アン・クレンツという人が、シアトル在住でシアトルを舞台にした小説を書いているらしいと知って、ろくろく中身もたしかめず買ってまいりました。オンライン書店で購入することにして著者名を検索していれば、その作家が「ハーレクインのひと」でもあったことに気付いたのかもしれません。が、幸か不幸か、そのときはたまたま、珍しくリアル書店に行く機会があったのです。

読んだのは(読んだんか)、『曇り時々ラテ』『ささやく水』『優しい週末』の 3 冊。

なるほど、たしかに、あんまり謎解き主体とは言えない作風だったです。「二見文庫ザ・ミステリ・コレクション」って、初めて読んだんですが、もしかしてみんなこんなかんじなのか? でも、キャラ立ちもよく、するっと楽しく読めました。それに、そもそもの目的が「シアトル舞台の本を読むこと」なので、「パイク・プレイス・マーケット」等の固有名詞が出てくるだけで、充分嬉しいのさ。

で、これで免疫(なにの?)ついたような気がしたので、今度は堂々と「恋愛小説」を謳っているオリヴィア・ゴールドスミス『彼氏をバッド・ボーイにする方法』(扶桑社セレクト)というのを読んでみました。こっちは、前述のクレンツよりもシアトルという街を客観的に見ている印象(シアトルの良さは適度な野暮ったさ、みたいな分析があったり)――と思ったら、やっぱり実際にシアトルに住んだことのある人ではないのね。

まだ「シアトル欲」は収まっていないので、ほかにもシアトルを舞台にした映画や小説をご存知の方がいたら、教えてください。あ、ロブ・ライアンの『アンダードッグス』(文春文庫)は、購入済みです。なになに、対テロ特殊部隊? 冒険サスペンス? 未知の分野だ……。

Posted at 17:27 | 個別リンク用URL | コメント (2) | トラックバック (2)

2004年1月21日

懐かしむにはまだ早い

もろもろ

本当は、シアトルの出てくる本を読むより、実際に行ってみたいんだろうなあ、私は。どんなふうに変わっているんだろう、と最近よく思う。

私の知ってるシアトルというのは、マリナーズがヨワヨワで子供のあいだでは話題にもならず、試合はすべて今は亡きキングドーム球場で行なわれており、任天堂はまだ進出しておらず、ビル・ゲイツ邸など影も形もなく、でかい会社といえばボーイングくらいで、カフェラテも流行っておらず、スターバックスの前身らしいパイク・プレース・マーケットの片隅のコーヒー屋も大してメジャーではなく、ちょっと離れたところではセント・ヘレン山が噴火し、街角で "I Survived Mt. St. Helens!(私はセント・ヘレン山の生き残りだ!)" と書かれたTシャツが売られている、そういうところです。

当時、日本で「シアトル」なんて言っても、知ってる人すごく少なかったんじゃないだろうか。

でも、テレビや本を見ているかぎりでは、基本的な街のカラーみたいなのは、意外と変わってないんじゃないかなあ、とも思えるのですね。行ってみたいなあ。

その一方でまた、「幸せな子供時代の記憶が残っている場所を訪問」なんていうことをやるのは、もっとずっと婆さんになってからで充分、という気もするんだけど。そもそも、あの頃が「幸せな子供時代」として記憶の中で燦然と輝いているのは、そのあと日本に戻ってからの2年ほどが、非常に暗かったからというだけの理由に違いないのだし(いくら関西生まれとは言え、日本語補習校で標準語アクセントを叩き込まれてしまった小学生が、いきなり大阪の小学校に投げ込まれるのは、小さい頃のカンが戻ってくるまではかなりきついよ――大学に入って全国各地出身の人たちと交流するようになってから、またしても段々と関西弁がへたくそになっていったことを考えると、結局完全にはカンが戻らなかったのだろうと思う)。

Posted at 13:05 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年1月23日

ファンタジー本のリスト

書籍・雑誌

有里さんのところにアップされてた「ファンタジー・ブックガイド掲載書籍リスト」。これはすごい。労作ですね。

石堂藍『ファンタジー・ブックガイド』(国書刊行会)は買っていなかったのですが、こういうラインアップだったのか。もちろん私の場合、実際には読んでない本のほうが多いんですが、それでも(少なくとも私にとっては)素晴らしいセレクションだということは分かるぞ。ブックガイドってことは、これ全部、解説されてるんだよね? このリスト見てたら、すごく欲しくなってきました。しかし、とっくに市場に出ている本だと思ったのに、現時点のAmazonでは今月25日発売で予約受付中になっているのが、解せない。

とりあえずチェックリストで自分の既読本と未読本の割合を確認してみました。

前にファンタジー・ファン度調査というのが流行っていたときには、シリーズもので一部だけ読んでるやつの扱いはどうすればいいの? とか迷っているあいだに時期を逸してしまったのですが、今回はリスト作成者の有里さんご自身が1冊でも読んでればOKという指針を出してくださっているので、心置きなくチェック入れました。

それでも、134項目中、既読は54項目だよ。ということは、まだまだ私の趣味に合いそうなファンタジー本がこの世にはたくさんあるわけだな。わくわく。未読本80冊の中には、「買ったけど読んでない本」がけっこう入っているので、引越し終わって段ボール箱から発掘できたら、前向きに考えましょう。そして、『ファンタジー・ブックガイド』も買いましょう。

以下、私が読んだことのある本のリストです。

001 『指輪物語』 J・R・R・トールキン (p.8)
002 《イルスの竪琴》 パトリシア・A・マキリップ (p.12)
003 《ゲド戦記》 アシュラ・K・ル=グイン (p.14)
004 《ベルガリアード物語》 ディヴィッド・エディングス  (p.16)
006 『氷結の魂』 菅浩江 (p.18)
013 《魔法の国ザンス》 ピアズ・アンソニー (p.34)
014 《エルリック・サーガ》 マイケル・ムアコック (p.38)
017 《プリディン物語》 ロイド・アリグザンダー (p.44)
018 《勾玉》 荻原規子 (p.46)
019 《アイルの書》 ナンシー・スプリンガー (p.47)
020 『光と闇の姉妹』『白い女神』 ジェイン・ヨーレン (p.48)
032 『クラバート』 オトフリート・プロイスラー (p.72)
035 『最後のユニコーン』 ピーター・S・ビーグル (p.78)
039 《ナルニア国ものがたり》 C・S・ルイス (p.86)
040 『はてしない物語』ミヒャエル・エンデ (p.88)
042 《十二国記》 小野不由美 (p.91)
043 『銀のほのおの国』 神沢利子 (p.92)
049 『クルミわりとネズミの王さま』 E・T・A・ホフマン (p.101)
050 『はるかな国の兄弟』 アストリッド・リンドグレーン (p.104)
051 『リリス』 ジョージ・マクドナルド (p.106)
054 《アリス》 ルイス・キャロル (p.114)
057 『風街物語』 井辻朱美 (p.118)
063 《砂の妖精》 イーディス・ネズビット (p.132)
064 《コロボックル物語》 佐藤さとる (p.134)
065 《メアリー・ポピンズ》 P・L・トラヴァース (p.136)
067 『野ばら』 長野まゆみ (p.140)
070 『黒い郵便船』 別役実 (p.144)
071 《三つの魔法》 天沢退二郎 (p.148)
072 『ふくろう模様の皿』 アラン・ガーナー (p.150)
073 『夜叉ケ池・天守物語』 泉鏡花 (p.152)
081 《ウィラン・サーガ》 パトリシア・ライトソン (p.166)
084 『星の牧場』 庄野英二 (p.172)
089 『星の王子さま』 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ (p.178)
091 『チョコレート工場の秘密』 ロアルド・ダール (p.182)
092 『ふしぎをのせたアリエル号』 リチャード・ケネディ (p.184)
093 《ハリー・ポッター》 J・K・ローリング (p.185)
094 《はれぶた》 矢玉四郎 (p.186)
096 《ドリトル先生》 ヒュー・ロフティング (p.190)
097 『ムルガーのはるかな旅』 ウォルター・デ・ラ・メア (p.192)
098 《ムーミン》 トーヴェ・ヤンソン (p.194)
099 『冒険者たち』 斎藤惇夫 (p.195)
101 『平行植物』 レオ・レオーニ (p.197)
102 『薔薇の荘園』 トマス・バーネット・スワン (p.200)
103 『兇天使』 野阿梓 (p.201)
104 《魔法の歌》 R・A・マカヴォイ (p.202)
115 『アンデルセン童話集』 ハンス・クリスチャン・アンデルセン (p.218)
117 『冷たい心臓』 ウィルヘルム・ハウフ (p.221)
120 《本の小べや》 エリナー・ファージョン (p.224)
122 『注文の多い料理店』 宮沢賢治 (p.228)
127 『車のいろは空のいろ』 あまんきみこ (p.234)
128 『ベロ出しチョンマ』 斎藤隆介 (p.235)
129 『ヰタ・マキニカリス』 稲垣足穂 (p.238)
131 『とんでもない月曜日』 ジョーン・エイキン (p.240)
132 『木曜日はあそびの日』 ピエール・グリパリ (p.241)

未読本リストは割愛します。

Posted at 00:35 | 個別リンク用URL | コメント (2) | トラックバック (0)

2004年1月24日

銀幕で観る「二つの塔」SEE

映画・テレビ

というわけで、東劇に行って「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」のスペシャル・エクステンデッド・エディションを観てきました。ああ、やっぱりいいなあ。特に、あのボロミアの追加映像のとこ、ぜひとも大画面で観てみたかったんだよね。

でも、なんか途中で色調が変になってたとこがあったような気がする。DVD でしか出ていないものをフィルムに落とすのって、技術的に難しいものがあるのかも? 音は、前回ほどには気にならなかった(終盤で 1 回「あれ?」ってとこがあっただけ)。もしかして前回行ったときは、第一部の初日の初回で、機械の調子でも悪かったんだろうか?

それよりなにより。「王の帰還」の予告編が!! 前回に流れたのとは違うバージョンになってました。「え、そこまで予告編で見せちゃっていいの?」ってシーンまで入ってました。でも、すごかった……。あの予告編を観ただけで、もう涙が込み上げてきて困りました。本編を観ちゃったら、私、どうなるんだろう。映画館の中でボロ泣きし始めて、外に出られなくなるのでは。

悔しかったのは、別件の用事を片付けてから最後の18:20の回になんとか間に合うように駆けつけたので、せっかく街に出たのに本屋さんを覗いている暇さえなかったこと。

Posted at 23:54 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年1月28日

転びキリギリス

もろもろ

はー。引越しが、少なくとも 1 ヶ月、延期になりました。「中古の家を一軒、買う」ということが、こんなにも厄介だとは、思いもしませんでした。新築の家だっていくつも見て回って、それでもここがいいと選んだ中古物件だったのですが。所有権が移らないので、リフォーム業者さんに入ってもらうことすらできません。

そりゃー、わたくしは、普通の人なら当たり前にできるような書類手続きでしょっちゅう、つまずくめぐり合わせになっているらしい人間です。普通の人なら遅くとも3月前半にはすっきり終わっていてしかるべき確定申告を、7月に入っても引きずっていた前科だってあります(3月に出した書類に不備があったと7月に連絡が来たから)。「手続きというものは、決してスムーズには進まないものだ」というのが、信念ですらあります。でも今回にかぎって言えば、私らは悪くないぞ!

なんだか段々、ここまでめぐり合わせが悪いなんて、そもそもローンを組んで家を買うなんてこと自体が間違っていたのではないか、神様がストップをかけているのではないか……という気にさえなってきています。自分の本来の生き方ではないんじゃないか、というような。

この気分、いつかどこかで味わったものにとてもよく似ている――そうだ、就職したときと、結婚したとき。私は本来、もっと根無し草的なギャンブラー的人生を目指していたのではなかったか。いったいどういうわけで、あんなおカタい職場に就職を? 一緒に暮らしたい相手がいれば、別にお役所に認めてもらわんでも勝手に同居すればいいことなのに、いったいどういうわけで、婚姻届なんか出して、「世間並み」がどーとかこーとか親戚一同にやいのやいのと言われながら結婚式まで挙げる羽目に? あんなピラピラの書類に判を押さないと、パートナーとの関係を保っておけないとでも? 住宅ローン! 私とは一生縁のない世界の言葉だと思っていたよ!

なんつーか「大学を出た直後は普通に就職をして、二十代のうちに最初の職場を辞めて結婚をして姓を変えて、三十代で住宅ローンを組んで家を買い、その返済のために夫婦して努力しながら生活していく……」っていう絵に描いたようなコースが、むかしの私にとっては、ものすごく遠かったのですよ。でも、気がついたら、押し流されるように、そういう道をたどっていた。そんなことを考えてしまうこと自体、青臭いなあと自分でも思うけど。結局、自分はすでにレールの敷かれてあったほうに流れたんだなあ、みたいな気分。

若い頃の私はずっと、自分はたとえパートナーがいたとしても法律上は一生独身で、ぷらぷらと翻訳の仕事をしながら、自分の好きなような生活をして、親戚たちのあいだで「あのおばさんは、ちょっともう何を言っても無駄だから」などと陰口を叩かれつつ楽しく無責任に、それでも自分のオトシマエは自分でつけながら、歳を取っていくものだと思っていたのだ。アリさんなんかより、キリギリスのほうが、ずっと潔くてかっこいいと思っていたのだ。その風向きが変わり始めたのは、いつだったのだろう?

後悔しているわけではないんだけど……自分は幸せだと思っているんだけど……どこかで、「後ろめたい」あるいは「申し訳ない」という気持ちがじくじくと湧き出してきているのは、なぜだろう? なにに対する後ろめたさ? なにに対する申し訳なさ?

Posted at 15:22 | 個別リンク用URL | コメント (2) | トラックバック (0)

2004年1月29日

婆臭い言語感覚?

言葉

最近文庫化されたばかりの中野翠『無茶な人びと』(文春文庫)を読んでいる最中。本そのものの感想は、気が向いたら別途書くとして、ちょっと「おおっ」と思ったことがあったので、メモ。

だいぶ前、どらさんちにお邪魔してお茶を飲みつつ色々とお喋りをしていたことがあったのですが、そのときどういう流れだったのかは忘れたけど、「“懐妊”っていう言葉は、やんごとなき方々に対してのみ使うものだよね?」という話が出たのです。どうも巷には、「妊娠」と「懐妊」を使い分けてない、あるいは単に「妊娠の丁寧な言い方」のつもりで「懐妊」を使っている人がいるみたいなんだよね……と。

そのときは、その場でどらさんちの国語辞典を引いてみたんですが、意外にも「懐妊」の定義が私たちが思っていたようには限定されてなかったので「うーん、実は、はっきり間違いとは言い切れないの?」という、すっきりしない結論になってしまったのでした。少なくとも、「この文で“懐妊”は変だよ」と他人に指摘したら「でも辞書にはそうは書いてません」と反論される可能性はあるよなあ。

ただ、ベテラン校正者だったどらさんと曲りなりにも和訳で金を取ってる私との両方が、そういう言語感覚でいるってことは、やはりなにかあるんじゃないかなあ――という疑問も、頭の片隅では消せずにいたのです。とか言いつつ、今まできちんと調べることもせずにいたのですけれど。

そしたら、今読んでるこの『無茶な人びと』の中にも、こんな文章があるではありませんか。

 芥川賞を受賞したというので最近話題になっている『海峡の光』(辻仁成、新潮社)という小説を読んでいたら、「妻の懐妊」という言葉が出てきたので、「えーっ!?」とわが目を疑った。
 自分の妻に対して「懐妊」だなんて、あなた、それはないんじゃないの。「懐妊」と言ったら、普通、身分の高い女の人に向かって使う言葉でしょう。身内の人間に「懐妊」はおかしい。もちろん犬や猫に対しても使わない言葉だ。
 何年か前にある女優が妊娠したとき、みずから「懐妊した」と言って、世間の笑い者になったことがあった。ところが今は誰も笑わない、誰も驚かないのだ、不思議。これ、もしかしておそろしい状況じゃない?
〔132ページ、1997年の記事〕

あーあーあー。やっぱりどらさんと私だけの感覚じゃなかったんだ! しかし、その辺の一般的に使われている国語辞典ではまったくそういう使い分けの説明がなされていない現状で、このままなんの違和感もなく「うちの奥さんが懐妊!」とか言っちゃう人々が増えていったら、結局そのうち私らのような感覚でいる者のほうが、「なに言ってんの?」ってかんじになっちゃうのかも。

Posted at 02:05 | 個別リンク用URL | コメント (4) | トラックバック (2)

2004年1月30日

お気に入りハヤカワFT文庫

書籍・雑誌 | ネット

有里さんのところで紹介されてた、「あなたのお気に入りハヤカワFT文庫 」に投票してきました。

私が票を入れたのは次の10作品。

FT001「妖女サイベルの呼び声」 パトリシア・A・マキリップ(79)
FT009《イルスの堅琴》3巻 パトリシア・A・マキリップ(79-81)
FT062《ウィラン・サーガ》3巻 パトリシア・ライトソン(84)
FT068《アイルの書》5巻 ナンシー・スプリンガー(84-85)
FT073「夢織り女」 ジェイン・ヨーレン(85)
FT080《ダマール王国物語》2巻 ロビン・マッキンリイ(85-87)
FT092《魔法の歌》3巻 R・A・マカヴォイ(86-87)
FT103「霜の中の顔」 ジョン・ベレアーズ(87)
FT104「無限コンチェルト」 グレッグ・ベア(87)
FT155「光と闇の姉妹」 ジェイン・ヨーレン(91)


7つくらいまではさくさく選んでたんだけど、そのあとけっこう悩みました。厳密に言うと『無限コンチェルト』はハヤカワ文庫版では読んでないんだけど、まあ許してもらおう。

こうやって投票してみて分かったのは、「私は最近の作品をあんまり読んでいない」、「読んでても、むかし読んだものほど思い入れが強くない」ってこと。もうちょっと新しいのも読んでみるかなー。

Posted at 13:51 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

げげっ。

サイト管理

ページのテンプレートの一部を書き換えたら、先日せっかくわんだらさんのお手をわずらわせて、「はてなアンテナ」の更新取得設定をしてもらったのが、無意味になってしまった……。

各記事の末尾にいちいち「投稿者 ならの」ってわざわざ表示しなくても、どうせ全部の記事が私のものだしなあ――などと、ふと思ってその部分を消してしまったのですが、「はてなアンテナ」では現在、更新取得範囲の識別をそこでしてるんだった! テンプレートいじっていた時点ではさくっと念頭から飛んでました。

というわけで現在は、記事の追加がなくても新規コメントが入った時点で更新と見なされてリストの上にあがっているはずですね? ああもう、管理人としては現状維持でもいいです〜。どうせ「SF系日記更新時刻」では、もとからコメント入っただけで更新と見なされてるし。

でもでも、うわーん、うわーん、わんだらさん、ごめんなさい〜(涙)。こういうことやるんなら、最初から他人様にお願いするなってかんじですよね。

ととととりあえず、「認めたくないものだな……自分自身の若さゆえの過ちというものを……」とか言っとけば誤魔化せますか?(誤魔化せません)

Posted at 17:16 | 個別リンク用URL | コメント (2) | トラックバック (0)

2004年1月31日

ロブ・ライアン『アンダードッグス』

読了本 | 書籍・雑誌

伏見威蕃・訳。文春文庫、2000年発行。原書は1999年の作品。(Amazon

本来、まったく守備範囲外のジャンルなんだけど、先日からの「シアトル本が読みたい病」で購入してしまった本。でも、読んでみたら、独特の雰囲気があって面白かった。

19世紀末の大火災のときに、廃墟となった街の上から地面を作って新しい街を建設したために、当時の街並みが現在もそのまま地下に残っているシアトル市。小悪党ハリーが、警察に追い詰められてなりゆきで通りすがりの少女を人質に逃亡を図ったものの、うっかりこの地下の迷宮に落っこちてしまったとき、さまざまな人々の思惑が交差する。

善良で正義感あふれる警察官、地下空間をねじろにするホームレスたち、人質救出は二の次でホームレスたちに復讐心を燃やす特別機動隊隊長。トンネル工作員をしていたベトナム戦争時代に負った心の傷に今も苦しむカメラマンと、彼を支えたいと願う恋人。地下でこっそりよからぬことをしていたのが露見するのを恐れて、警察より先に少女を見つけて殺そうとする本物の大悪党たち。

ストーリーのあちこちに、『不思議の国のアリス』からのモチーフが散りばめられています。地下に落っこちる小悪党ハリー(Harry)の渾名が“兎”で三月兎(March Hare)を彷彿とさせたり、その道連れにされる少女の名前がアリス(通称アリ)だったり。警察の要請で二人を追う元トンネル工作員がカール・ルイス(≒Lewis Carroll)でその恋人がダイナだったり。チェシャ猫やクイーンに相当する登場人物も。

誘拐されちゃった8歳の女の子アリが、非常にこまっしゃくれた「めげない」前向きな子で、応援したくなります。誘拐犯のほうが翻弄されてあたふた。本来は子供を盾にするなんて大それた卑怯なことをやるキャラじゃない、気のいいコソ泥レベルの犯罪者であるハリーは、いつしか彼女を守るために自分のほうを危険にさらすようになっていきます。この二人の交流がよかった。

とにかく、地下に潜った面々が、それぞれ自分の周囲でなにが起こっているのか把握できない五里霧中状態で、ほんとに「不思議の国」の冒険なのです。そして、それぞれのたどる道が、徐々に最後の一点に集約されていく過程に、はらはらどきどき。

ところで私、パイオニア・スクエアのところから入る、シアトル市の「アンダーグラウンド・ツアー」には子供の頃、親にねだって一度参加させてもらったことがあるんですが、この本を読むまで、観光客に公開されてる部分以外のアンダーグラウンドはどうなってるんだろうってことを、本気で考えたことがありませんでした。ほんとのところは、どうなってるんだろうなあ。

ちなみに、著者ロブ・ライアンのあとがきによると、

アンダーワールドがどのようなものかをご覧になりたい向きには、パイオニア・スクェアのあるドック・メイナーズというパブを起点とするツアーがある。ただし、このツアーは、旧市街の地下のごくわずかな部分を見てまわるだけであり、汚職、下水道、売春婦といったたぐいの話に抵抗を感じる向きや、タコマ市方面のかたがたは、避けたほうがよろしいかと思う。

ということです。うーん、そんなヤバいツアーだったとは(笑)。記憶にないなあ。私が子供の頃のやつとは、巡回コースが違う? それとも、ガキンチョ(私)がいたので、ガイドの人が自粛した? いや、ただ単に、当時の無邪気な私にそっち系の英語ボキャブラリがなかったので、なんの話してるのか分かってなかっただけかも。

(関係ないけど、翻訳者の伏見威蕃さん。「威蕃」は「いわん」と読むそうだ。1951年生まれの方。本名かなあ。だとしたら、ご両親がロシア文学好きだった? この年代でそういう名前を付けるのって、すごいインテリ家庭じゃない?)

Posted at 19:43 | 個別リンク用URL | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2003年12月 | 最近 | 2004年2月 »


Generated by Movable Type  

All texts written by NARANO, Naomi.