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2004年1月21日

懐かしむにはまだ早い

もろもろ

本当は、シアトルの出てくる本を読むより、実際に行ってみたいんだろうなあ、私は。どんなふうに変わっているんだろう、と最近よく思う。

私の知ってるシアトルというのは、マリナーズがヨワヨワで子供のあいだでは話題にもならず、試合はすべて今は亡きキングドーム球場で行なわれており、任天堂はまだ進出しておらず、ビル・ゲイツ邸など影も形もなく、でかい会社といえばボーイングくらいで、カフェラテも流行っておらず、スターバックスの前身らしいパイク・プレース・マーケットの片隅のコーヒー屋も大してメジャーではなく、ちょっと離れたところではセント・ヘレン山が噴火し、街角で "I Survived Mt. St. Helens!(私はセント・ヘレン山の生き残りだ!)" と書かれたTシャツが売られている、そういうところです。

当時、日本で「シアトル」なんて言っても、知ってる人すごく少なかったんじゃないだろうか。

でも、テレビや本を見ているかぎりでは、基本的な街のカラーみたいなのは、意外と変わってないんじゃないかなあ、とも思えるのですね。行ってみたいなあ。

その一方でまた、「幸せな子供時代の記憶が残っている場所を訪問」なんていうことをやるのは、もっとずっと婆さんになってからで充分、という気もするんだけど。そもそも、あの頃が「幸せな子供時代」として記憶の中で燦然と輝いているのは、そのあと日本に戻ってからの2年ほどが、非常に暗かったからというだけの理由に違いないのだし(いくら関西生まれとは言え、日本語補習校で標準語アクセントを叩き込まれてしまった小学生が、いきなり大阪の小学校に投げ込まれるのは、小さい頃のカンが戻ってくるまではかなりきついよ――大学に入って全国各地出身の人たちと交流するようになってから、またしても段々と関西弁がへたくそになっていったことを考えると、結局完全にはカンが戻らなかったのだろうと思う)。

Posted at 2004年1月21日 13:05



All texts written by NARANO, Naomi. HOME