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2004年5月26日

K.M. ペイトン『バラの構図』

読了本 | 書籍・雑誌

掛川恭子・訳。岩波書店、1974年。【Amazon.co.jp】
原書は K. M. Peyton "A Pattern of Roses" 1972 年。

中学生時代から数年に1回くらい、やたらと読み返したくてたまらなくなる本。ペイトンだと、「フランバーズ」シリーズあたりが有名なのではないかと思うし(たしか英国ではテレビドラマにもなってたような?)、私もクラスメートと「フランバーズ」新刊(ずっと「3部作」だったのに、あるとき突然、第4巻が出たのです)を回し読みしてきゃーきゃー盛り上がった記憶があるので、そういう意味では思い入れはあるのだけど、それでもペイトン作品で一番好きなものを挙げろと言われたら、迷わずこの『バラの構図』。

広告会社を経営するエリートの父とおハイソ(死語?)な母のあいだで成績優秀な一人息子として何の不自由もなく暮らしてきた16歳の少年ティム・イングラムは、引越し先の田舎の家で、60年前に自分と同じ「T.R.I.」という頭文字を持つ少年が描いた絵を発見して以来、その少年の姿を白昼夢に見るようになります。そして、地元の牧師館の娘レベッカと一緒に、16歳の誕生日を目前に亡くなったらしいその「トム・インスキップ」という少年について調べ始めます。

恵まれた生活を送りながら恵まれた教育を受けつつも、すでに敷かれたレールの上を進む人生に迷いが生じている現代のティム。貧しい食うや食わずの生活で、せっかくの絵の才能を伸ばす機会もなく身を粉にして働いて、それでも自分の人生に疑問を持つことのない(というか持つヒマもない)まま若くして死んでしまった60年前のトム。時を隔てた二人の少年の対比と類似が鮮やかに提示され、きっちりと計算して構成された小説という印象。

10代の私にとって、一番印象的だったのは終盤で出てくる「全き精神的恩恵」というフレーズでした。

トムの一生は短いものでしたが、とても幸せでした。というのも、トムはおおくを望まず、与えられたものを神の恵みとしてうけいれ、全き精神的恩恵の中にいられたからです。

「全き精神的恩恵」のもとで、つまり寝るところがあって飢え死にしない程度に食べられるということに感謝し平穏な満ち足りた心で淡々と生きていきたい気持ちと、現状では満足したくない、自分の力を試したい、もっと「上」に行きたいという気持ちと。どちらも、ティムは切り捨ててはいません。

実は、翻訳者の掛川恭子さんは、あとがきにおいてティムのこの「どっちつかず」な在り方に疑問を呈しています。父親にお膳立てされたエリート・コースを蹴って安い賃金で自活し始めた彼が、かつかつの生活をしながらも実はそれに満足しておらず、いずれは次のステップに進む算段をしているのが、残念だと。いわく、

最初からエリートになる道は拒否したけれど、労働者としての現在の生活も、やはり未来へ向けての発展向上をつながったところでとらえているとなると、ドロップ・アウトしたにしてはずいぶん用意がいいなという気がしてしまいます。

しかし私は、ティムはそもそも、社会から「ドロップ・アウト」したつもりはないんじゃないかなあ、と思っています。自分の心を押し殺してまで周囲の期待に応えつづけることをやめて「自分が納得できる形での社会との関わり方をめざしてを自分が納得するやり方で歩いて行く」手段として、まずは親からの経済的自立を果たしただけじゃないのかなあ。

もしも、ティムが10代の時点で親の望みを拒否したと同時に自分の本来の資質を活かせる道までも断念して、ただ食べていけるだけの労働者生活に平凡でささやかな幸せを見出して満ち足りて生きていくという結論に達していたら、この話は私にとって、ここまで印象的ではなかったような気がします。

親と親が重視する世間体に縛られて生きていくのは限界、でも欲しいものは手に入れたい、なおかつ「全き精神的恩恵」のなかにもありたい。それにはどうすればいいんだろう――というような、彼の葛藤と模索があるからこそ、私はこれを、いまだに読み返してしまうんだろうと思うのです。

たぶんいまだに私は、同じような葛藤を消化しきれずにいます。


ところで、これもイギリスでは1983年にドラマ化もされてるんですね(IMDbデータ)。しかし、英国アマゾンの紹介を読むかぎりでは、なんだか基本設定だけ借りたまったく別のお話っぽいような?


《5/27追記》
『バラの構図』ドラマのこと。「基本設定だけ借りたまったく別のお話」っていうのは、ちょっと言い過ぎたかなあ、と反省。でもあのあらすじを読んだら、原作よりも超常現象っぽい部分や恋愛色が強調されてるのかな? と感じたので。

Posted at 2004年5月26日 23:42

コメント

ならのさん初めまして。指輪の映画の頃から時々遊びに来ています。sokeと申します。どうぞよろしくお願いします。今日は、ペイトンのお話が出たので、思わず出てきてしまいました。私にとってペイトンのベストは『卒業の夏』です。一番最初に読んだからかもしれません。『バラの構図』はイギリスの児童文学を書く人は一度はタイムファンタジーを書きたくなるのかなあ?と思って読みました。ペイトンはいつも最後のところで詰めが甘いような気もするんですが、30年来追いかけてるので、もう仕方がないかと思っています。未だに新刊が出るのもすごいし・・・あ、『バラの構図』のDVDを思わずぽちっとしてしまいました。情報ありがとうございます。ヘレナ・ボナム・カーター主演ですね。一体どんなんだろう。フランバーズの方はDVDセットを購入して三本ほど見ましたが、とても丁寧な作りで、それぞれの登場人物がイメージどおりでなかなか良い感じです。

投稿者 soke : 2004年5月27日 09:34



DVDじゃなくてビデオでしたね。PALは見られないのでキャンセルしました。残念・・・ヘレナ・ボナム・カーターのデビュー作ですって。そのうちDVDになるかしら。

投稿者 soke : 2004年5月27日 09:44



sokeさま、はじめまして。書き込みしていただいて嬉しいです。
1個目のコメントを拝見した時点で「わーっ、それはDVDではなくPALのビデオです!」と慌ててしまいましたが、すぐに気付いてキャンセルされたとのことで、ホッとしました。ビデオの出力方式の違いは厄介ですね。みんなDVD化されてくれればいいのに。

『卒業の夏』もいい作品でしたね。また読みたくなってきた(でもこれも段ボール箱に埋もれています……)。このシリーズは、結局続編の邦訳は出なかったんでしたっけ。

30年来、追いかけていらっしゃるとは素晴らしい。私は最近の作品はほとんど読んでなくて。やはり、自分が対象年齢ど真ん中だった頃に読んだものはインパクトが強いです。でも、本当に新刊が出つづけているのはすごい!

ヘレナ・ボナム・カーター……おお、そんなメジャーな人が。自分でリンクしといて気付いていませんでした。ティムとレベッカだけチェックして「ふーん、知らないや」って。教えてくださってありがとうございます。ネティ役が彼女なんですね! まだ十代ですよね。Amazonの拡大画像でよく見たら、ビデオのパッケージにも「Helena Bonham Carter's first film」って書いてある(笑)。ほんと、DVD化しませんかね。

見てみたいと言えば、フランバーズ。スティル写真はちょっと見たことあったんですが(ペーパーバックの表紙で)、とても丁寧な作り……わあ、これも見てみたいなあ。ああ、どんどん物欲が……。

ともあれ、今後ともよろしくお願いします。

投稿者 ならの : 2004年5月27日 19:59



『卒業の夏』の続編の邦訳は出なかったんですが、続編に出てくる女の子を主人公にしたお話は『走れ、わたしのポニー』という邦題で出版されています。ペイトンはいろんなお話の登場人物をクロスオーバーさせるので、なんだか少女マンガ的ですよ。フランバーズ、いいですよ〜(悪魔の誘い)意外と安かったです。そのせいか、パッケージも安いです。

投稿者 soke : 2004年5月28日 12:06



『走れ、わたしのポニー』、全然知らなかったです。Amazonで検索しても出なかったので、Googleで調べてみたら、1980年に学習研究社から刊行されたものですね。『卒業の夏』も最初は学習研究社から出ていたことを、この検索で初めて知りました。私は福武文庫版で読んだので。

これにかぎらず、今回検索してみて、現在ふつうに入手できないペイトン邦訳作品の多さに驚きました。こんなにも絶版ラッシュなのか……。

フランバーズDVD、やっぱりいいですか。うーうーうー(悩み中)。

投稿者 ならの : 2004年5月29日 21:30





All texts written by NARANO, Naomi. HOME