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2004年6月 2日

若桑みどり『お姫様とジェンダー』

読了本 | 書籍・雑誌

サブタイトルは「アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門」、ちくま新書、2003年刊。【Amazon.co.jp】

著者のことは「美術学の先生」としか認識していなかったのだが、序文によればこの本は、若桑先生が所属大学で行なったジェンダー学の講義をもとにしたものだとか。へー、ジェンダー学の人でもあったのか。しかし、私は高校生のときに『女性画家列伝』(岩波新書、1985年)を読んでこの人の存在を知ったので、違和感はない。もともとそういう視点で美術を見るという傾向のある人だったのだろう。

本書の主旨は、講義の中で女子学生にディズニー・アニメを観せたときの反応(感想文)を紹介しながら、この手のプリンセス・ストーリーが子供たちに刷り込んでいる男女観に関する固定観念を指摘していく、というもの。題材として取り上げられているのは『白雪姫』『シンデレラ』『眠れる森の美女』(本書では『眠り姫』となっている――はっきりと対象を「ディズニー」バージョンに限定してるんだから、オフィシャルな邦題に合わせるべきじゃないかなあ)。

正直なところを申し上げると、かなり焦点がぼやけて散漫な印象。そもそも、別途原作(それも民間伝承や昔話をもとにした古典童話)のあるアニメのストーリーを問題とするなら、敢えて原作付きのディズニーを選ぶことにどういう意義があるのか、なぜ「昔話」のプリンセス・ストーリーというジャンルそのものではなく、ことさらにディズニー・アニメなのか……というところから話を始めてもらわないと、読み手としては落ち着かないのだけれど。

ディズニー・アニメの子供に対する影響力がすごいから、という理由かもしれないけど、私のように生まれてから今にいたるまでディズニー・アニメをほとんど観ることなく来た者でも、子供の頃にお姫様ドリームがまったく心に浸透していなかったわけじゃないしなあ。

昔話バージョンとディズニー・バージョンのどこが違うか、という点を最初にはっきり分析してくれずに、ただ「アニメで学ぶジェンダー学」と言われても、このラインアップでは「昔話や童話で学ぶジェンダー学」とはどう違うんだ? ということになってしまうのでは。(「ディズニー・アニメの特異性についての言及も、ちょっとはありますが、本書のメインである「学生の感想文」の考察にはほとんど組み込まれていない。)

まあ、この本のベースとなった講義において、教室でディズニー・アニメを見せるというのが授業の導入部として手頃だった、という以上の意味は、ないのかもしれないけど。それにもちろん、結果的にはアニメ版ならではの表現やキャラクターのしぐさ、セリフも考察の対象となるので、原作の載ってる書籍を学生に読ませた場合とは違った結果が出てきているはずだし。

でも、本書の中で批判の対象となるジェンダー・バイアスに対する言及で、それがもともとの原作のストーリーにおけるバイアスなのか、それともディズニーが新たに加えた脚色によって生じたバイアスなのかの「切り分け」がきちんとできていない印象なのは、かなり不満。わずか200ページほどの新書でそこまで詳細なツッコミを期待すること自体が間違いか? でも、もうちょっと整理の仕方はあったんじゃないかなー。これだと、まるで「最初に結論ありき」で、その論拠となりそうなものを手当たり次第に引っぱってきてランダムに並べているかんじ。

ただ、その「最初に結論ありき」なところまで含めて、若桑先生の、教え子である18〜19歳の女の子たちに対する愛情だけは、ひしひしと伝わってきちゃうんだよなあ。自分自身が「女だてらに」学問を志して、「女であるからこそ」の制約を受けながら戦ってきてしんどかったから、この子たちにはもっともっと、ステレオタイプな固定観念に縛られずのびのびと自分の道を進んでほしい……という切なる思い。それがちょっと突っ走りすぎて、一冊の本としては少々、詰めが甘くなってしまっているような気がします。

とかなんとか言ってる私のこの感想文も、かなりとっちらかっているんですが。ははは。この手を本を読むと、いつも複雑な心境なのですわ。

Posted at 2004年6月 2日 21:43



All texts written by NARANO, Naomi. HOME