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2004年6月10日

三十路の定義

言葉

これまでずっと、私は「三十路」というのは、「三十歳」とイコールだと思っていました。だって愛用の『広辞苑』第5版にだって、

みそ - じ【三十・三十路】
(ヂは接尾語。古くはミソチ)
(1) さんじゅう。みそ。
(2) 30歳。

と書いてありますし。「ハタチ」からちょうど10年たつと「ミソチ」なんだなあ、と。そこからさらに10年たつと「四十路」、そのまた10年後が「五十路」だよね、と。

ところが、ここしばらくで立て続けに、そういう意味に解釈されているとは思えない「三十路」の使用例を見聞きしてしまって、ちょっと自信が揺らいでいます。

どう考えても、30歳は越えているだろう、1970年生まれの私と変わらんだろう、という人が自分を「三十路」だと言っていたり。自己紹介で自分の年齢を「三十路半ば」と言ってた人が、どうやら別に「あと6ヶ月で31歳になるんです」ってわけではなさそうだったり。

なんか「三十路」という言葉を、「30歳ジャスト」の意味ではなくて、「30代」の意味で使ってる人、増えてません? それとも、私が今まで気付かなかっただけで、もとからそうなの? 私が定義を狭く取りすぎなの?

ちなみに、「三十路」だけで用例を探しても、どっちの意味で使われているのかはそこだけだと判別しにくいので、試験的にGoogleで「三十路半ば」を検索してみました。現時点で1640件ヒット。そこから用例を拾っていっても、やはり「三十路」が「30代」の意味で使われていることって、けっこう多いみたいな気がします。イマドキの感覚だと、そうなのか? んじゃ、私も「三十路でーす」って自己紹介していいのか? しないけど。

Posted at 2004年6月10日 22:57

コメント

ぎゃっ、またもやビックリ。「懐妊」が身分の高い人に対して使う言葉として辞書に定義されていない、というのを知ったのと同じくらい、「三十路」が30歳と辞書ハッキリ書かれていると知って、ビックリしました。というのも、私は三十路=30代だと思いこんでる人間の一人だからです。信じ込んでいたので、辞書で調べる気もおきませんでした。今までさんざん言ってましたよー。うわー。
はたちが二十歳と書くなら三十歳で「みそじ」と読ませて欲しいなあ。「路」って字が、30代の長い時間をあらわしているのだとばっかり思っていました。うわーうわーうわー(泣)

投稿者 To-ko : 2004年6月12日 00:28



こんばんは。「路」という漢字はたしかに、適用範囲となる層が広そうな雰囲気ありますよね。To-koさんでさえ、「三十路=30代」なんだったら、やはりそっちの用法がどんどん広まってきているのかなあ。

そのうち、辞書のほうが書き換わってしまうかもしれませんね。

投稿者 ならの : 2004年6月14日 00:37



あのー、私は基準にならないと思いますー。自慢じゃないですけど、言葉を知らなかったり意味を取り違えてるなんてのはしょっちゅうで、台風一過を台風一家だと思い込むようなお約束の間違いから、ロータリークラブをロリータクラブと思い込む赤面モノの間違いまで、例を挙げりゃキリがないです。(「○○(地域名)ロータリークラブ」と掲げている看板を見て、「自分たちの性癖をこんなに堂々と掲げているなんて、時代も変わったもんだぜ」的感慨を抱いてました。ちなみに高校生のときの話です。)

投稿者 To-ko : 2004年6月15日 00:05



「ロリータクラブ」素敵だなあ(笑)。
呆然として看板を見上げる女子高生のTo-koさんを想像してしまいました。

私もいまだに、言葉の意味をちゃんと分かって使えているかどうかには、まったく自信がありません。よく聞く言葉ほど、かえって辞書なんか引きませんしねえ。時々「うわ!」って思いますわ。

でも、「三十路」はいつか辞書のほうが書き換わるんじゃないかっていうのは、けっこう本気で思っていたりする。だってほんとに、「30代」の意味で使ってる人はみんななんの疑いもなく使ってるっぽいですもん。これからもどんどん広まりそう。

「気が置けない」が現在、辞書には「気詰まりでない」と「気を許せない」の両方の意味で載ってるのと同じようなかんじで、そのうち載るんじゃないかなあ。

投稿者 ならの : 2004年6月15日 21:22



小学館の日本国語大辞典(第二版)をひいてみました。意味としては広辞苑と同じですね。
ちょっと面白いかもと思ったのは語源説の部分。

(1)ミ、トヲ、トシの反(名語記)
(2)ミは三の意。ソはススモ(進)の意。ヂ一つ二つのツと同じくは数詞につける語(和訓集説)

(1)なら「み・とぉ・とし」→「みとし」→「みそし」→「みそぢ」って感じですかね。で「ぢ」に路をあてたと。「とお」がなんで「s」音になるのか謎ですが。もしかして「とお」は「tho」だったのか?
(2)が妙な具合で、「3・すすむ・数詞」。進むんかい。3歩進んで2歩下がるんかい。きっとこのススモというのは10進法の10の位なんでしょう。ほんとか?

やはり路という文字面の影響なんでしょうねえ。The Long and Winding Road of the Thirtiesみたいな。「週刊ダイヤモンド 特集・激動の三十代をどう生き延びるか!」とか。

いっそのこと「三十時」と表記してしまうのはどうか。人生の徹夜明けってことで。どんな人生なのかそれは。
つらく苦しい日々で仕事にあけくれ、あるいは酒におぼれて朝を迎える。日が昇り雀もチュンチュン鳴いている。ドロドロの自分だけれど周囲は一新して爽やかな朝を迎えている。よし、しんどいけれどももうちょっと頑張るぞ、と。
しまったこのネタ自分とこで書けばよかったかも。

四十時はつらすぎます。二日目の夕方だわさ。

投稿者 ぱと : 2004年6月16日 17:22



こういう話題でさくっと『大辞典』を引いてきてくれるぱとさんが、なんだかドラえもんに思えます(えっ?)。

語源、面白いですね。ミソヂの「ヂ」って、「ひとつ」「ふたつ」の「つ」みたいなもんだったのか。「ソ」が進むっていうの、謎ですねえ。

仕事にあけくれて朝を迎えるのも、酒におぼれて朝をむかえるのも、上のコメントを読んだとたんに、ぱと兄の姿でビジュアル・イメージがさーっと無理なく浮かんだのはなぜだろう(なんか偏見入ってる?)。

投稿者 ならの : 2004年6月19日 22:43



体型ですか>ドラえもん。ぴぎゃっ。
ビジュアルイメージですかっ!

仕事に溺れたり、酒に明け暮れたりするよりは
ほんの少しだけマシかもしれん。

最近は真面目に読書で夜明かししたりもしてますわよ。なぜか司馬遼太郎にはまっておるのです。長いんだよ、どれもこれも。

投稿者 ぱと : 2004年6月21日 16:28



はうー。他意はなかったのに>ドラえもん。
司馬遼太郎とはまた、渋いですねえ。

投稿者 ならの : 2004年6月22日 11:33





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