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2004年9月30日

池田理代子『ぶってよ、マゼット 47歳の音大生日記』

読了本 | 書籍・雑誌

1999年、中央公論社。現在は『47歳の音大生日記』のタイトルで中公文庫から出ています(【Amazon.co.jp】)。もともとは、雑誌『婦人公論』1995年から1999年まで連載されていたもの。

あちこちからお勧めを受けて大人買いした音楽漫画『のだめカンタービレ』が楽しくって、ほかにも音大での日々が描かれてる本を読みたくなりました。これは『ベルサイユのバラ』や『オルフェウスの窓』で有名な少女漫画家の池田理代子さんが、夢をかなえるべく47歳にして音大に学部入学し、ハタチ前後の少年少女たちと肩を並べて声楽を勉強した4年間を綴ったエッセイ。

まるっきり知らない世界なので、「へー、音大ってそんなかんじなんだー」ってとこが色々あって、興味深く読みました。

ただ、読み始める前に先入観を持ってしまってたところもあったなあ。ネット上の知り合いにプロの音楽家の人がいらっしゃるんですが、学生時代のお話を聞いていると、かなり壮絶だったんです。娯楽も恋愛も何もかもどうでもいい、とにかく音楽が一番大事、という練習漬けの毎日で。

そしてまた、私自身の経験でも、楽器の習い事をしていた少女時代は本当に辛かったので(やめてから15年以上経つ今でもレッスンの夢を見てうなされることがある)、子供のお遊びのお稽古事でアレなら、プロになるべく指導を受ける音大生はさぞかし辛く厳しい血と涙の毎日を……と思っていたわけなのでした。

バイオリンを習っている小学生は指を守るためにお友達とドッヂボールをすることすら自粛するらしいし、小学生でそうなら、大学なんて行っちゃったら本当に何もかも音楽のために犠牲にしちゃってるんだろうなあ、と。『のだめ』のストーリに恋愛要素があるのは、あれが少女漫画だからであって、現実はきっと恋愛どころじゃないんだろうなあ、と。

えーと。私、思い込み激しすぎた? 池田さんの音大生活は、もちろん多忙ではあるんだけど、意外にもちゃんと「人間的」でした(笑)。在学中に恋愛結婚しちゃってるし。旦那さんとスキーとか山登りとか長期の海外旅行とか行っちゃうし。その合間に、もちろんお仕事もなさってるし。むしろ、その「何もかも犠牲にしない」ところが、この人はすごいのかもしれない。そういった余裕を捻出するにも、パワーが要るものね。どんどん新しいことに飛び込んで、一つ一つをその場その場で最大限にこなしているかんじ。

特に「うわあ」と思ったのは、普通この状況では自分のことで精一杯でしょう、というときでも、しっかり旦那さんの相手をしていることですね。わははは、私はこんなの無理だ。すまんね、A氏。

だってさ、これまで築き上げてきたキャリアが犠牲になることを承知のうえで、敢えて入学した音大なんだよ? プロの指導を体系的に心ゆくまで受けられるこの貴重な貴重な期間は、わずか4年なんだよ? ただでさえ、仕事などがあってすべての授業に出ることはできない状況なんだよ? 自分の専攻は「カラダが楽器」の声楽で、風邪を引いて喉が腫れただけでも大打撃なんだよ?

そういう奥さんに向かって、このダンナは、「冬山に行ってスキーをしよう」とか言うんだ。しかもこの時点で、池田さんはスキーなどやったことがない、超初心者。私だったら絶対「卒業するまでは、つきあえない」って言っちゃいそうだ。怖すぎだもん。案の定、池田さんは初めてのスキーで肋骨を折る怪我をして、それでもレッスンに出て、痛みをこらえながら肋骨を大きく広げる呼吸法で歌うんだけど、もちろん本調子の声は出せない。

で、私が「ひょえー」と思ったのは、怪我を押してレッスンに出ることではなく。池田さんが、そんな経験をしても、まだ「スキーは楽しかった、また誘われたら行きたい」と思える人であること、だったのでした。なんてパワフルなんだろう。ああ、小心者で貧乏性の私には無理だー。「やっぱり、せめて在学中はもうやめとこ、勉強に専念できるのはたったの4年なんだから」って思っちゃうんじゃないだろうか。練習に支障が出るに決まってるのに旦那さんと一緒に何度も長期の海外旅行になんて行けるだろうか。学校を休んで旦那さんの出張について行ったりできるだろうか。うーーーむ。

あ、もしかして私って、ものすごーく結婚に不向きなキャラ? おまけに、自分の世界を狭めがち? しかしまた、ここまで書いたところでふと思ったのだが、うちの夫の場合は、この状況ならむしろ妻が「うわーん、もう勉強はつかれたー、旅行に行こー」とか言い出しても「勉強させてもらえるのは今だけなのに、もったいないでしょう」とにべもなく斬り捨てそうだ(笑)。これが「ワレナベにトジブタ」ってやつ? 池田さんち夫婦は、お二人とも多趣味でアグレッシブなのね。

そしてまた、そうやって、勉強一辺倒にならずアグレッシブにいろんなことに飛び込みつつも、池田さんはちゃんとした成績で卒業をして、教授にも「プロの声」と太鼓判を押してもらえるような歌手となったわけだし。そう考えると、やっぱりすごい。

そして、自分がやってることを(世間の感覚で考えれば、それについての原稿依頼が来ちゃうほどに異例なことをやってるんだけど)、大げさに捉えないところがまた素敵。いろんなものを犠牲にして真剣に取り組んだ上で、なお

多分、たとえ歌を歌えなくなったとしても、私は、しばらくの間絶望感に駆られ、投げ遣りになって暮らしただろうけれど、やがてそれに代わる生き甲斐をみつけて、何とかまた元気に生きていこうとしていただろう。

と書けてしまうところが、かっこいいんだなあ。絶対、卒業までには、ものすごくしんどいことが山のようにあったはずなんだけど、本に書くときにはその辺をさらっと流して軽いエッセイとして仕上げてしまったところに好感を抱きました。

Posted at 2004年9月30日 21:21



All texts written by NARANO, Naomi. HOME