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2004年11月 4日

『ブエノスアイレス 摂氏零度』

映画・テレビ | 王家衛

1997年に公開された『ブエノスアイレス』の撮影風景、使われなかったシーンなどを編集したドキュメンタリー。日本版DVDは先月発売されたばかり。【Amazon.co.jp】

最初のほうで、ケーキにロウソクを灯してレスリー・チャンの誕生日を祝っているところが映し出されていて、和気藹々な雰囲気が微笑ましかった。でも例によって脚本を定めずに撮影を始めてしまうウォン監督のスタイルのおかげで、どんどんアルゼンチン滞在が長引いてゆき、段々とみんなストレスを溜めていきます。トニー・レオンの鬱屈した表情は、ウィンとの関係が行き詰まっていることを示す演技なのか、それとも実は、撮影が行き詰まりつつあるという苛立ちによるものなのか。もう現実と演技が渾然一体としちゃってたのかも。

どんなインタビューを読んだり見たりしても、ものすごく温厚で我慢強い人なんだろうなー、というイメージのトニー・レオンが、英語圏で作成されたドキュメンタリーなら「ピーッ」で置き換えられてしまったかもしれないような英単語を吐き捨ててカメラの前から立ち去っていく姿が衝撃的。

当時のスタッフが、後日ロケ地を訪問して「ここに電話があった」などと言うと、一瞬ののちに、電話をかける故レスリー・チャンの映像が挿入される。うっわー、あざとい、なんてあざとい編集……と思いつつ、泣けてきてしまった。

完成した映画は、トニー・レオン演じるファイとレスリー・チャン演じるウィンの関係性、特にファイの視点から見たそれに、ぎゅーっと焦点が絞られてるかんじだったんだけど、実際に撮ったフィルムの中には、もっといろんなドラマが想定されていたことが分かる。チャン・チェンのエピソードも、いろいろ撮られてたんだね。最終的には、完全にカットされてしまった登場人物もいたんだ。それぞれの登場人物に、それぞれの物語がある。ストーリーの骨格も、ずいぶんと組み替えられたみたい。

こうやって手探り状態で、監督自身がさまよいながら道を見出していくような形で作り上げていく作品って、一歩間違えれば悲惨なはずなんだけど、出来上がった映画は、「表現したかったこと」に対してすごく真摯に向き合った末の成果物なんだろうな。

そんな綱渡りを続けていても「悲惨」の側に落ちずに踏みとどまり、最低でも「(なんだかよく分からないんだけど)精神に訴えかけてきて深いところに残る」ようなものを観客に提示できてしまうのが、才能ってものなんだろう。しかしつきあう俳優やスタッフは、たまったもんじゃないよなあ。よっぽど、その才能を認めて腹くくってないと。

Posted at 2004年11月 4日 16:57



All texts written by NARANO, Naomi. HOME