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2004年11月 8日

『楽園の瑕』

映画・テレビ | 王家衛

1994年の香港映画。原題『東邪西毒』、英題『Ashes of Time』。監督ウォン・カーウァイ。中国の金庸という作家が書いた武侠小説『射G英雄傳』に出てくるお爺さんたちの若かりし頃、という設定で作られたらしく、ウォン・カーウァイ監督作品の中では異色の、いわゆる「古装片」。主要キャストが非常に豪華で、主人公(だよね?)を演じるレスリー・チャンを筆頭に、レオン・カーファイ、ブリジット・リン、チャーリー・ヤン、トニー・レオン、カリーナ・ラウ、ジャッキー・チュン、マギー・チャン。錚々たる顔ぶれであると同時に、どの人もウォン・カーウァイの映画には繰り返し登場している、監督のお気に入り俳優さんばかり。【Amazon.co.jp】

わりと最近までDVD化されていなかったこともあって、1996年に劇場で観ただけで、ずっと改めて観る機会を逃がしていました。記憶に残っていた漠然とした印象は「誰もかもがすれ違いの報われない恋愛をしている群像劇」というもの。そう括ってしまうと、『欲望の翼』や『天使の涙』とほぼ同じになっちゃうんだけど。

香港で最初に公開されたときは非常に評判が悪かったらしいのですが、さもありなん。きっと向こうの人は、分かりやすい定番の武侠アクションを期待したんだろうな。登場人物が「気」の力でド派手に空なんか飛んじゃったりするやつ。ところがこの映画、チャンバラ部分はさらりとスタイリッシュに処理してしまい、画面はきれいだけどアクションとしては何をやってるのかさえよく分からない。ストーリーも淡々と進行し、ぼうっと見ていると、知らないあいだに各エピソードがどんどん流れていってしまいます。

私は、初めて見たときには今以上に「中国の武侠モノ」に対する知識がなかったため、かえってすんなりと受け入れられたんだと思う。正直、混乱した部分もあったんだけど、あとからじわじわと効いてきて、ずっと心に残っていた。

のちに西毒と呼ばれることになる欧陽峰(レスリー・チャン)は、自らも剣士でありながら、現在は砂漠の小屋に住んで殺し屋の斡旋業をしている。そこへ、親友の黄薬師(のちの東邪)レオン・カーファイ、故郷の桃の花を見たくて旅費のために賞金稼ぎに臨む盲目の剣士トニー・レオン、代わる代わる不可解な依頼をしにくるインとイェンの兄妹(どちらもブリジット・リン)などが、訪れては去っていく。彼らの相手をしながら、欧陽峰は、かつて両思いだったのに結ばれなかった一人の女性を、なにかと思い出している。

うおー、こんな話だったのか。記憶の中でかなり改竄されてたみたい(笑)。ていうかどうも、私これ、初めて観たとき、もしかしたらレスリー・チャンとレオン・カーファイの顔の見分けがついてなかったんじゃなかろうか(ごめんなさい!)。

当時の日記は、こんなかんじです(おお、奇しくも8年前のちょうど同じ日だ! 狙ったわけではないんだよー)。

(1996年11月8日)うーむ。これは、すごい。すっごく、わかりにくい。なのに、わかりやすい。「時代物の、チャンバラ劇」だと聞いていたんだけど、あらまあ実はかなり不毛な「恋愛もの」でもあったのね。で、ストーリーが、非常に追いにくい。断片的なエピソードの積み重ね、と言ったかんじで。なのに、引き込まれて見てしまう。ぐるぐると追いかけっこをするような不毛な恋愛、というのはウォン・カーウァイの映画にはよくあるパターンかもしれないんだけど、他の現代ものの作品にあるような軽やかさは、ここにはない。しかし、重苦しくもない。だけど、この映画に出てくる人々は、みんなどっかで美しく歯車が狂っている。なんていうんだろ。美意識。この映画は、強烈な美意識によって構成されている。時代物である分よけいに、制約を逃れて、思う存分、ウォン・カーウァイの美意識を満足させるためだけに(というのは言いすぎか?)、構成されている。 うーむ。なんか私、この映画かなり好きかもです。

あのときは、すごく込み入ってて、まとまりのない映画だと思っていたんだけど、視点を語り手のレスリーに合わせてしまうと、そうでもない。いつものごとく、解釈に迷う部分はありますが。

とにかく主人公の、この空虚さはどうよ。『欲望の翼』で「誰を愛したのか分からない」と語るレスリーより、明確に一人の女を愛し続けるこの作品のレスリーのほうが、何倍も空虚です。彼の住まう砂漠の景色のように。レスリーの元にやってくるほかの登場人物たちも、みんな報われない。唯一、修行中の剣士ジャッキー・チュンだけは、吹っ切れた表情で妻と一緒に元気に画面から去っていくのだけれど、よかったねえと思う間もなく、彼がのちに戦いで命を落とすことを告げるナレーション。(これは原作どおりなんだろうけど)容赦ないなあ。

観終ったあと、映画の中で砂漠を吹き抜けていた風が、そのまま心の中にまで吹き込んできて、寂しさを広げていくかんじ。

反面、もしかしたらウォン・カーウァイ作品の中で、一番ミーハー的に楽しめる映画かもしれないとも、今回、観直してみて思いました。とにかく、きれいなんだもん! そして、キャストが豪華なんだもん! 淡々としたセリフしかないのに、きったない格好しててもオーラが強烈なレスリー・チャン、凛々しい男装姿や剣さばきを見せるブリジット・リン、『天使の涙』のときとはまったく違う清楚なたたずまいのチャーリー・ヤン、同じようなコスチュームをまとった同じようなヒゲの剣豪なのに、なぜか2003年の『HERO』のときよりも断然「枯れ」てて渋いトニー・レオン、登場シーンは少なくても印象鮮やかなマギー・チャン……。特にブリジット・リンとチャーリー・ヤンは、これの後しばらくして引退しちゃったから、出演作自体が貴重だよなあ。

ちなみに終盤のマギー・チャンとレオン・カーファイの会話が、私にとってのこの映画のクライマックスです。その場にはいない主人公・欧陽峰の存在が、それぞれ別の意味で二人に重くのしかかっていて、ぞくっとします。

Posted at 2004年11月 8日 23:45



All texts written by NARANO, Naomi. HOME