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2004年11月23日

『天使の涙』

映画・テレビ | 王家衛

1995年の香港映画。原題『堕落天使』、英題『Fallen Angels』。監督:ウォン・カーウァイ。出演:レオン・ライ、ミシェル・リー、金城武、チャーリー・ヤン、カレン・モク他。初めて日本で劇場公開されたときに一度、その後はビデオやDVDで数回鑑賞。【Amazon.co.jp】

突然ですが、一回だけ、香港に行ったことがあります。1995年の秋、職場の慰安旅行でした。観光バスの窓から、当時まだ日本公開されていなかった『堕落天使』の看板が見えました。同年の夏に『恋する惑星』を観て衝撃を受けたばかりだったそのときの私にとっては、「香港といえばウォン・カーウァイ!」でしたから、本気で悔しゅうございました(笑)。おじさんたちと観光するより、あれ行きたーい……って。広東語まるっきり分からないヤツが、香港で字幕なしのを観たって仕方ないのに。

しかしながら実際に観てしまった今、私がウォン・カーウァイ映画の中で一番、どう受け止めていいものやら分からないでいるのが、この『天使の涙』です。観れば観るほど、受け止め方に迷う。決して嫌いではないんですけれど。

この映画が『恋する惑星』に盛り込めなかったエピソードから発展した作品だということを知って以来、これと『恋する惑星』が、まるっきり違う映画になってしまっているのは何故だろうかと、繰り返し考えています。もちろん、さまざまな設定や小道具やロケーションやセリフに、『恋する惑星』の片鱗はあります。でも、おそらく最初に観たウォン・カーウァイ映画がこっちだったら、観るなりどっぷりハマることはなかったと思うんだよなあ。

なんかね、映画全体が、まるで夢の中を、もがきながらさまよっているみたいに、自分から遠いんです。「ここはどういう世界なの?」というチャーリー・ヤンのセリフを、そっくりそのまま、いただきたいくらい。そこが面白いと言えば面白くもあるんですが。

この『天使の涙』のオモテのキーパーソンである殺し屋のレオン・ライって、ウォン・カーウァイ映画のすべての主役級キャラの中で、一番、輪郭がはっきりしていないこと、ないですか? 結局のところ、どういう人なのか。何考えてるのか。何が望みなのか。それを一番、自分でも分かっていないっぽい。すごくもどかしいのです。執着しているものが、まったく何もなくて、なんでも捨てることができてしまう。「だれにでも過去が」なんてモノローグを吐いておきながら、一番「過去」の存在を感じさせない。そして「未来」は、とても遠いところにあって、いつも疲れたような顔をしている彼の手でつかめるとは到底思えない。

(ついでに言うと、なんの先入観もなかった初見の頃と違って、レオン・ライ主演『ラブ・ソング』なんつー名作を知ってしまい号泣体験を経た今は、どんなにクールなレオン・ライを見ても、ぜーーーんぶ「人のいい純真な田舎者の兄さんが都会で頑張ってます」と思えてしまうよ……(ファンの人ごめんなさい)。でも絶対、あっちのほうが「当たり役」だよねえ?)

では、彼以外の主要キャラはどうかと言うと、誰もかれもみんな「妙」でぶっとんでるのに、やっぱり、そのアクの強さゆえに、私にとっては、非常に現実感が薄いのです。カレン・モクの金髪娘とか、正直、あのキーッという声やクネクネしたしぐさがカンに障ってすげー苛々するんですけど(女優カレン・モクは好きよ)。

この監督の作品って「すれ違い」の物語ばかりではあるんですが、この映画では、それが突出しています。主要キャラたちは、「対話」さえ満足にできない。一方では、一度も顔を合わせることなく電話やFAXと「部屋の掃除」のみを介してつながっている殺し屋とエージェント。もう一方では、言葉が喋れず、ほかの人の言うこともどこまで理解しているのか怪しいモウこと金城武。とにかく、ずーーーっと一貫して、「かみ合わない」、「届かない」という思いがあって、すごく観ていて居心地が悪い。でも多分、そこがこの映画のキモなんだろうなあ、とも感じる。

さて。この映画のウラのキーパーソン(と、勝手に定義)である、金城武。なんだかんだ言っても、この作品を特異なものにしているのは、彼の存在ではないかと思います。ほかの登場人物は、もしかしたら別の俳優さんでもやれたかもしれない。でもこの口の利けない「モウ」という青年は、この時期の金城武以外では、絶対に成立しなかったキャラだと私は確信しています。

殺し屋のエピソードと、モウのエピソードは、ほとんど交錯しません。この2人が同じシーンに登場するのは、ただ一度、それも居酒屋の客と店員という、ほぼ通りすがりの関係。でも、同時進行なんだよね。なんていうか、金城くんの物語は、淡々と一本線をたどって進んでいくレオン・ライの物語の上に、ポンと乗っかって、交わることなく、あっちに行ったりこっちに行ったり、また戻ってきたりしつつ、浮遊している。その浮遊感は、当時「まだ海のものとも山のものともつかない」役者であり、今もまだ「自分がどこの国の人なんだかさえ分かっていなさそう」な彼にしか出せなかったんじゃないかと。

撮影中、セリフのない金城くん登場シーンの脚本には「武、入る」としか書かれておらず、あの演技の多くは自然に出たもの……というのは(金城ファンには)有名な話です。ひたすら無表情に、すべてのものを淡々とやり過ごしていくレオン・ライに対して、金城くんはとにかく、セリフがない分、表情もジェスチャーも全開で、どんなものにも体当たり。なんか今観ても、金城武の初期の仕事の頂点だなあ、と思います。ウォン・カーウァイ、金城くんの素質を最大限まで引っ張り出してくれて、ありがとう(しみじみ)。

そしてその浮遊していた金城武と、殺し屋をめぐる一本線をたどっていたエージェントの女とが、初めて「すれ違う」だけに終わらなかったラスト。そのとき最初から一貫して夜っぽい映像ばかりだった画面に、初めて白み始めた夜明けの空が映り、「永遠」という言葉が肯定的な文脈で語られる。その瞬間だけの「体温」が、いきなりリアル。ああ今、夢から醒めたなあ、というかんじ。

このエンドロール直前の数秒のために、私はやはり、ここまでの「もどかしさ」を耐えてでも、これからも時折この映画を観直してしまうに違いないと思うのです。

Posted at 2004年11月23日 19:19

コメント

大変ご無沙汰しています。何度か書き込ませて頂いたことがあります、はけると申します。ならのさん、お元気でしょうか。

この度『天使の涙』最終上映ということで、今日観て来ました。もう本当に劇場では観られないのでしょうか。なぜ最終上映なのか、それは日本だけなのか、ちっともわからないので余計に何だかじーんと来てしまって、唐突にお邪魔してしまいました。

ならのさんの感想を読むといつもよくわからなかったところが、どうしてわからなかったのかがわかって、(ややこしい)なるほど〜って思うのです。
大体私は映画というものがそもそもよくわかっていないのですが、この『天使の涙』も最初観た時は何だか本当によくわからなかった。でも何度か観ているうちに、わかろうとする必要もなく、その時の気分で何かを感じればいいかな、と思うようになりました。

この映画は2002年に初めて劇場で観て、その後も何度かビデオで観ていたのですが、今日は登場人物たちの、気持ちを伝えられない切なさがことさら強く感じられました。

私は金城君が観たくて『恋する惑星』も『天使の涙』も観たのですが、この2つの作品て最後の後味がいいなぁと思うのです。どちらも不思議な作品で、よくわからないのにどうしてかしらと思ったら、エンドロールのときにかかる曲がすごくいいんですよね。この『天使の涙』のパラララ〜♪っていう曲で、あの二人のバイクに乗った姿に希望が見えてくるというか。
『恋する惑星』のエンドロールはフェイ・ウォンの歌う『夢中人』ですが、これも本当に若々しい希望があふれてくるような曲で、最後に気持ちが明るくなります。

10年位前に金城君はウォン・カーワイ監督によってその才能を開花させたわけですね。本当に若かったということもあるのでしょうが、やっぱりこの人、体を動かすときのエネルギッシュな魅力と、静かな表情のコントラストが何とも言えず素敵だなぁと改めて思ってしまいました。

それと最後に『ラブ・ソング』、私もやられました。それだけに、そのピーター・チャン監督の『Perhaps Love』、楽しみです。

投稿者 はける : 2005年9月21日 23:38



はけるさん、お久しぶりです。古い記事にも目を留めていただいて嬉しいです。そうそう、「天使の涙」も、日本での上映権が切れちゃったんですよね。「恋する惑星」もすでに切れてますしね。金城くんの映画以外でも、同じウォン・カーウァイ監督の「欲望の翼」も、たしかそうだし。ファンとしては寂しい。

しかしそもそも、「上映権」って、何? どういう仕組み? ということからよく理解していなかったりするのですが。最終上映、ご覧になったのですね。いいなあ。私はどうしても時間が取れないまま見逃してしまいました(ファン失格?)。

ウォン・カーウァイの作品は、どれも音楽の使い方がすごく新鮮で巧いですよね。「天使の涙」も、あの最後でいきなりあの曲がかかると、さーっと空気が変わるかんじで。今でも古さを感じない作品になっているのは、音楽のおかげもあると思う。

「恋する惑星」は、あのあとサントラと、同じ曲の北京語バージョンが入ってるフェイ・ウォンのCDまで買っちゃったなあ(多分、映画で使われてるのは広東語バージョン)。


そして私も、ピーター・チャン監督の次の作品、ものすごく楽しみにしています。ずいぶんと、監督の金城くんに対する評価が高いみたいだし。

投稿者 ならの : 2005年9月23日 22:35





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