« マイケル・J・フォックス『ラッキーマン』 | 最近 | 長門有希の100冊 »

2005年1月28日

荷宮和子『アダルトチルドレンと少女漫画』

読了本 | 書籍・雑誌

廣済堂出版、1997年6月刊。【amazon.co.jp】

副題は「人並みにやってこれた女の子達へ」。

言ってることは大体分かる(と思う)のだけれど、引き合いに出される漫画のセレクトが微妙に「私がリアルタイムで読んで精神的に救われてきた」ような作品からずれているので、どうも核心部分とのあいだに薄皮一枚挟んだような読後感。これは、私の側の問題だな。

いろいろ共感できるところはあるし、女の子のメンタリティを一番、ストレートに反映可能な文化は少女漫画なのでそれに対する考察が有効というのにも頷ける。そしておそらく私はどっちかというと、この著者の言う「人並みにやってこれた」がゆえに問題を外に出さずに抱えっぱなしのまま大人になった部類に入るだろうと思うけれど、どっかでカチンと来るんだよなあ。なんていうんだろう、この人の「仮想敵」と見なした相手に対する一方的な語気の荒さみたいなのが、気になる。多分、この人はこれ書いたとき、こうやって喧嘩腰になってないと世間に「負けちゃう」ような気がしてたんだろうなあ、みたいな、いたたまれない気持ちになってしまうのだ(余計なお世話ですね)。

そんなこと言いつつ、この本に触発されてついつい『はみだしっ子』とか引っ張り出してきて拾い読みしちゃったんですけど(しっかり読み返すと仕事ができなくなるので我慢)。

あと、この著者は現代の世の中で、女の子が普通に人間として生きていこうと思ったら、つらい思いをして当然、猫も杓子もアダルトチルドレン的な要素を抱えていて当然、という論点で話を進めているんだけど、どうも私には、「そりゃ、私自身は少女漫画のターゲット世代だった頃、オンナノコとして、いろいろしんどいこともあったけどさあ、今でもちょっとゆがんでるけどさあ、そこまでヒドイことなしに、普通に親世代の言う「世間並み」の幸せを素直に追求して満足できてたオンナノコや、それなりに(「良い子のフリをして「人並みにやってこれた」わけじゃなく、自分でもやもやを消化して)折り合いつけて暮らせていたオンナノコも、周囲にはけっこういたような?」という気分が抜けない。

ただ、この人は、最近のほかの著書で見るかぎり、自分の感覚を、自分が属するグループ(1960年代生まれ、男女雇用機会均等法直後、バブル全盛期に、やる気まんまんで仕事をしていた女の人)特有の問題として語りたがっているような雰囲気を感じるので、微妙にそこからズレている(就職活動していたときがバブル崩壊直後で、「女子大生就職氷河期」とか言われていたせいか、「対・社会」ということを考えると、今ひとつ自分を含めた周囲に活気がなかった)私がシンクロできずにいるのは、当然なのかも。

Posted at 2005年1月28日 13:20



All texts written by NARANO, Naomi. HOME