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2005年5月30日

三砂ちづる『オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す』

読了本 | 書籍・雑誌

光文社新書、2004年9月刊。【Amazon.co.jp】

ネット上で去年の一時期、非常に盛り上がっていたので「買うのはヤだけど、ちょっと怖いモノ見たさで読んでみたい気もする」と思って、ずっと前に図書館に貸し出し予約を入れてたんですが、連絡があるまですっかり忘れていました。回ってくるまでに半年以上かかっている。おんなじように予約を入れた人がたくさんいたんですね。

男の人も読んでいる場所で内容を紹介するのはちょっとはばかられるようなネタが多いのだが、興味のある人はネットで概要を探してみてください。上でリンクしたAmazon.co.jpのページをご覧になっても、大体のことは分かるかと思います。

すでにあちこちで引用されているのは見ていたけど、やっぱり未婚の人に対して

結婚において相手をこと細かく選ぶようでは、だめだと思います(中略)そんなふうな余裕は、本当はもうないはずなのです。誰とでもいいから結婚したほうがいい。

と説いてみたり、子供がいなくて働いている人に対して

醒めた目で見てみると大した仕事をしているわけではない、というようなことも、けっこうあるのではないか

と言ってみたりするのって、実際に前後の文章と一緒に読むと、さらに破壊力アップ。

不妊治療を受けている人たちについて

不妊外来を行なっている病院の医師が、『純粋に医療的な理由で不妊の人はじつは少ないかもしれない」と言っておられるにもかかわらず、子どもができないことに、なんとか医療的解決を求めようとするのです。

なんて突き放したように解説しているのも、きっついなあ。だったら、どうせいっちゅうねん。そしてその「言っておられる」医師っていうのは、どこの誰ですかっ。「少ないかもしれない」っていうのは、何パーセントくらいですかっ。(←逆ギレ?)……いやその、「そういうこと」もあるんだろうということは分かるよ。でも、この本全体にわたって、「〜なのだそうです」とか「〜らしいのです」みたいな、断定を避ける表現や、データとしての客観性を提示してくれてない主張がものすごく多くて、なんだかイラついてます(苦笑)。

とにかく、著者が推奨する人生パターンをなぞれている人たち以外のすべての層の人々を、いや〜な気持ちにさせる本、というかんじなのだ。上のAmazonの、本書に好意的なカスタマー・レビューでは、「そういうふうに解釈する人こそがオニババ」とか言われていますが。

誰とでもいいから……って、マジですか。そして「大した仕事」じゃなければ、自然な身体の要求に反してしゃかりきにやることないって? そりゃあ、ほとんどの場合、仕事というのは、「絶対に私じゃなければ!」ってものじゃないですよ。ほかの人間でも代替可能なものかもしれませんよ。でも、やってる本人にとっては、大切なものだったり、辞められないものであったりする場合だってあるので、やはりこういう言われ方はつらい。それを言う、著者の三砂さんご自身は、決して「誰でも代替可能」なお仕事をしておられるわけではないところが、余計に残酷。

「身体の訴えを無視して生きてちゃ駄目よ」っていう理屈自体を、否定する人はいないと思う。でも、あまりにも乱暴なのでは。カラダのためには、心の欲求なんか無視してしまえ、どうせアナタのそれは錯覚に過ぎないのだから……って話だよ、これは。そこまで割り切らなければ「健全さ」が手に入らないものなのだとしたら、そんな健全さは、なくてもいいや。錯覚上等!

というかさー。今の時代、不可抗力(「なりゆき」含む)でそうなってしまったにせよ、選択的にせよ、ある程度の年齢を超えて子供のいない女の人や、身体に歪みを感じるほどのストレスを受けながら日々の生活を営んでいる女の人というのは、わざわざ学者先生に言われるまでもなく、その状態によって生じる(社会的・身体的双方の)リスクは織り込み済みで、自分だけの事情を噛みしめて自力で折り合いをつけている(つけようとしている)のではないかと思うのだが。あの『負け犬の遠吠え』にだって、子供産んでない人はちゃんと健康管理しましょうというようなことが書いてあったはず。これ読んで初めて「まあ、大変! 子供がいないのって不自然なことだったのね! オニババになっちゃうわ!」とか「父親なんて誰でもいいから子供産まなくちゃ!」って思う人は、あんまりいないのでは。ただ、若い娘さんを持つ世代で、「よくぞ言ってくれました!」と思うおじさん、おばさんは多いかも。事実、こういうこと言われて育ってきたもん、私は。

見聞したことを述べるフィールドワーク部分は面白いんだけどなー。著者の考えを述べる部分に来ると、語り口まで下世話に変わってしまって。同じことを言ってても、語り口が違えば、印象も変わったんじゃないかなー。惜しい。あと、「これから過激な意見を出しますよー!」と力みつつ、微妙にいろんなところに予防線を張っているかんじが、かえってカンに障るわー。たとえば、前出の「誰とでもいいから結婚しろ」発言の直後に、とってつけたように「そりゃ暴力男は駄目かもしれないけどね」みたいな言わずもがななことをわざわざ言い出すあたりとかに、そこはかとなく「いさぎのよくなさ」を感じるわー。

って、長々と感想を書いちゃったこと自体が、戦略に乗せられたようで悔しいぞ(笑)。

ついでに書いておくとですね。『負け犬の遠吠え』にせよ、この『オニババ』本にせよ、「いまどきの女性」を対象としたベストセラー本が、なーんか自分から遠いのは、エネルギーの多くの部分が、シュミ活動や実生活で関わりのない相手(二次元キャラ含む)への“萌え”で昇華されてしまうような「オタク女子」の存在が無視されていると感じるせいかもしれない……というようなことを、ふと思いついてみたりしました。この辺、まだ考えを整理できてない。

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2005年5月31日

2005年5月に読んだ本

読了本 | 書籍・雑誌


ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『魔法使いハウルと火の悪魔―ハウルの動く城〈1〉』(徳間書店,1997年)
アニメ版を観る前に読んでおきたかったので、上映終了間際に慌てて読んだ。色々な要素がからんでごちゃごちゃとした印象だったのが、終盤近くになってどんどんつじつま合っていくかんじが好き。アニメ版は原作とちがーう! という話は(多分)また今度。【Amazon.co.jp】

まついなつき『愛はめんどくさい』(メディアワークス,2001年)
現在は幻冬社で文庫化されてるみたいですね。お姑さんについての本と銘打ちつつ、読後に強烈な印象を残すのは著者の夫……っていうのは、なんとも。【Amazon.co.jp】

パトリシア・A・マキリップ『影のオンブリア』(ハヤカワ文庫FT,2005年)
久々に訳書が出たマキリップ。ぐーっと引き込まれて、そのままずっと迷路の中をさまよっているようなかんじでした。世界の構造そのものが物語であり、それが何かの拍子にぐるりと様相を変えてしまうような、そういう話が私は好きなんだなあ、と思った。あるべきところに落ち着いても、やはり満たされないものが残る、そしてそれがかえって心地よい、不思議な読後感。【Amazon.co.jp】

三砂ちづる『オニババ化する女たち』(光文社新書,2004年)
別途、感想書きました。【Amazon.co.jp】


『のだめカンタービレ』第12巻(講談社,2005年)
ストーリー全体のなかば(多分)にして、主役2人の恋愛面での関係にひとまず結論が出てしまったことを、喜ばしく思います。最終回でようやく恋愛成就、みたいにしてしまうと、ストーリーの目指す先が恋愛だった、みたいになってしまって、このお話だとちょっと違うと思うの。とはいえ、個人的には、この巻を読んだ感想はひたすら「黒木くん! 黒木くん! 黒木くん!」なのですが。やはり木管楽器(を吹く人)は、よいなあ。【Amazon.co.jp】

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