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2005年6月12日

『ハウルの動く城』

映画・テレビ

2004年、スタジオ・ジブリ製作のアニメ映画。監督・脚本:宮崎駿。主演(声):倍賞千恵子・木村拓哉。原作はダイアナ・ウィン・ジョーンズ『魔法使いハウルと火の悪魔―ハウルの動く城〈1〉』(徳間書店)。

上映終了間際のゴールデン・ウィーク中に観てきたんですが、なぜか今頃になって感想文です。

行く前に原作本は読んだものの、アニメ版はどこがどう違う、というような予備知識は、ほとんどないままの状態でした。ビジュアルで一番びっくりしたのは、火の悪魔カルシファーかな。かわいすぎる(笑)。

動く城は、すごく面白い造形でしたね。どこがどうなってんだか分からない構造が、きちんとパーツを噛み合わせながらぎーぎーと動いていく冒頭シーン、かっこよかったなあ。原作読んだときには、あそこまで「メカっぽい」ものは想像していなかったんですが。城の上から見下ろす風景のスケール感や、全体にノスタルジックな街並みだって、いかにも「宮崎アニメ」なんだけど、やっぱり好き。

そして、あのハウル!! なんなんですか、あの美青年っぷりは!! 最初に出てきたときには、心の底からびっくりしたよ。宮崎アニメで、あそこまで「あからさま」に美青年なキャラって、初めて見たよ!(造形的には「千と千尋の神隠し」のハクと印象ダブるんですが、ハクは見た目がコドモなのでノーカウントってことで)。なんかもう、笑ってしまうくらい、照れちゃうくらい、美青年演出だったよ。あははは。

あの初登場シーンで、いきなり謎の追っ手はやってくるわ、空中散歩でエスコートされるわのハラハラドキドキ展開。これはもう、「ぎゃー」と叫ぶしかありません。錆びついていたオトメ心を直撃ですよ!

えー、なんなんだろう。なんだかものすごくツボにはまってドキドキしてしまいました。空中を歩くシーンが。

あとさ、あとさ。卵を片手で割るシーン! 男の人がさー、大きな手でパカっと器用に卵割るのって、なんかイイなあと思いませんか。私だけですか。あとで原作読み直したら、原作でもここは片手割りで、卵の数まで原作準拠なんですが、映像で見るとやっぱり素敵。

大体、後半からはヒロインのソフィーが首元までぴっちり覆ったドレス着てるのに、ハウルが襟ぐり広く開いたシャツって……それ絶対に狙ってるって!(←何を?)

そう、ビジュアル的には、絵柄の微妙な古さまで含めて、ハウルすごい素敵なんです。ただ、ストーリー的には、やっぱり原作ハウルが好きだなあ、と思ったことでした。

というか、この映画全体が、原作とは、思いっきり別物かも。

映画パンフにね、児童文学作家の佐藤さとるさんが文章を寄せていて、そこに「非日常の世界には、その特殊な世界のリアリティーを支える、特殊な約束事がある」ということを書いていらっしゃるのです。「作中に使われる魔法で、なにが出来てなにが出来ないか、きっちり決めて厳しく守られなければいけない。そうしないと作品がぐずぐずになり、観客を納得させられない」とか。

もちろん、このあとこの文章は、アニメ版「ハウル」ではそれが出来ている、という方向に進むんだが、個人的にはなんかこの冒頭部分を読んだとき、とっさに「それって、皮肉?」と思ってしまったんだよね。

私としては、「あからさまな説明を省いて観客の想像に委ねた」なんて解釈では納得できないくらい、すっきりしないんですけど。原作での「約束事」がいくつか、アニメ版では存在しないことにされてるのに、その約束事の結果としてもたらされる要素はそのままアニメ内でも使用、みたいなとこがあって。 で、それとは別に、「宮崎アニメ世界でのお約束」はしっかり適用されちゃってるので、なんだかちぐはぐな印象を受けるのではないかなあ。

あと、原作では、一番強烈に心に残るのは、あくまでもヒロインである「ソフィー」の物語なわけですよ。ものすごく乱暴に要約するなら、コンプレックスに捕われてて、積極的に自分の意志で動くことのできなかった女の子が、非日常に投げ込まれて突き抜けちゃって解放されて、ついでに有能でカッコいい(でもちょっとナルシーでヘタレ)な恋人もできました、コレと今後も一緒に暮らすのはなかなか大変そうだけどワタシも強くなっちゃったからオッケー、どんとこい! みたいな。

アニメでは、そこに原作にはない「戦争」という要素を持ち込んだことで、ストーリーの比重がハウル側に動いてしまっているのだ。

ソフィーとハウルの関係性ひとつ取っても、原作では物語のクライマックスへの流れが「ハウルのために単身で敵地に乗り込んだソフィを、ハウルがあとから追いかけてくる」ことで成立するのに対して、アニメ版では「ソフィを守るために出て行ったハウルを、ソフィが追いかけていく」形になってしまっているのですね。

その、私としては、女の子が先に暴走していたほうが、カタルシスあるんですけど。原作者も女性だから、やっぱりそのほうが書いてて楽しかったんじゃないかしらね?

一方、宮崎駿監督は、(63歳の)男の子なので、ハウルが自分から暴走して、女の子にそれをフォローしてもらうという形じゃないと、納得できなかったのかなあ、と。

なんか、原作の本筋は「ソフィーが解放される物語」だったはずが、アニメでは「ハウルが自分の大事なものを守る勇気を持つまでの物語」になっちゃってるというか。どーーーも、カッコよすぎるんですよ、アニメのハウル。ハウルとカルシファーのなれそめ(?)にソフィーの存在を絡ませるアニメ独自設定を入れたことも、ハウルの言動の受け止められ方を変えていると思うし。

原作の、あんまりヒーロー的じゃないようでいて、やることちゃっかりやってる飄々とした狂言回しのようなハウルが、キャラクターとしては好きだわ。というか、実際に一緒に暮らすなら、大変そうだけど原作ハウルがいいわ(笑)。アニメのハウル、本当に本当に素敵なんだけどねえ。

別に、「ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の映像化」ではなく、「宮崎アニメ」として見ればいいことなんだけど。原作のエッセンスを映像で伝えることを最初からあんまり重視せず、宮崎さんが「自分の表現したいこと」を表現するために原作を素材の一部として利用している、という印象でした。

Posted at 2005年6月12日 00:56

コメント

大変ご無沙汰しております。お変わりありませんか?
ハウルも長いですよねぇ。
もう1回くらい見てもいいかなぁなんて思い始めた今日この頃です(笑)
しかし三姉妹をつれていくには先立つものが無く、1回でやめてくれ状態なので、ビデオ待ちになるのかなぁなんて思ってみたり。

投稿者 碧 : 2005年6月13日 12:55



碧さん、こんばんは。ご無沙汰しております。しばらくすっかり、更新もサボってネット上引きこもり状態だったので、まだ覚えていてくださって嬉しいです。

たしかに、全員で映画館に行くと、「そのお金でDVDを買ってお釣りが来るよ!」っていう金額になっちゃいますねえ。
でも私も、あの風景がばーーっと広がるシーンとか、もう一度、大画面で観ておきたい気がするなあ。すごく爽快だった。

投稿者 ならの : 2005年6月13日 19:17



遅れに遅れての反応でスミマセヌ〜。
でも「あああああああああー、よくぞ言ってくれました!こうゆうコトが言いたかったのよううう」と思ってしまったので、思わず書き込み。私も原作が好きですー。もっと別物なら別物として楽しめたんですが(>アニメ)、あまりに中途半端に同じで、でも大事なトコが抜けてて。原作で思いっきりソフィーに思い入れてしまったんで、アニメはちょっと「え?」と思っちゃいました。
でも動く城の造形はイイですよね。私も自分のイメージとは違いましたが、あれはあれで好き。あと「大きな手でぱかっと卵を」にぐっとくるのはならのさんだけではないですよー。私も私も!

投稿者 To-ko : 2005年6月23日 23:44



To-koさん、こんばんは。反応してくれてありがとう!
そうそう、原作ソフィーに思い入れしてると、あのアニメのソフィーの扱いには、肩すかしを食らうというか。先に、原作読まずにアニメを観てたら、また感想違ったのかなあ。でも今度は、原作でがっかりしたりして(笑)。私としては、先に原作を読んでおいてよかったと思ってます。

映像的には、好きなシーンいっぱいあったので、DVD が出たら、(むずかしいかもしれないけど)なーーーーんも考えずに、ただただ楽しむことを心がけつつ再鑑賞してみたい。

「大きな手でぱかっと卵を」に賛同者がいて嬉しいです。わはは。

投稿者 ならの : 2005年6月25日 00:19





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