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2005年6月13日

『ロミオ・マスト・ダイ』を擁護してみる(2002.6.30 初出)

映画・テレビ

Movable Typeに移行する前の過去記事を削除したものの、現行の「虫のいい日々」内の記事からリンクして言及しているものと、映画の感想文については、削除したままだとなんとなく落ち着かないので、とりあえず少しずつサルベージしてこっちに再録してみることにしました。

この感想文を書いたときには、この映画のヒロインを演じるアリーヤちゃんが、2001年に飛行機事故で亡くなっていたことを知りませんでした。すごくカッコよくってかわいくって、これからどんどん活躍しそうなエネルギーを感じたのに。

『ロミオ・マスト・ダイ (Romeo Must Die)』
2000年のアメリカ映画。監督:アンジェイ・バートコウィアク。出演:ジェット・リー、アリーヤ、ラッセル・ウォン、アイザイヤ・ワシントン他。【Amazon.co.jp】


本当は今ではジェット・リーとお呼びすべきなのであろうリー・リンチェイ(李連杰)様が 125通りのコスプレ(え、違うの?)をなさっているらしい最新主演作「ザ・ワン」を観にいきそびれたまま、どうやら各地で上映が終わりつつあるようで。短いなあ、上映期間。いや、もともと普通はこういうものだったか。「ロード・オブ・ザ・リング」がずいぶん長い間上映されてたので、感覚がずれてしまってました。

悔しさのあまり突然ですが、このあいだDVDが1500円になっていたので買ってきた「ロミオ・マスト・ダイ」(2000 年、米)について書いてみることにします。リンチェイ様ハリウッド映画初主演作。見終わった瞬間「ああ、これでは不満を持つ人が多かろう」と感じたのですが、実はけっこう好きだったりするので、勝手に熱く語ってみる次第です。なお、掲題にある「擁護してみる」というのは、作品としてはちょっとなあ、と感じてしまった自分に向かっての擁護であって、この映画になんらかの評価を下している他の方々に反論するものではありません。長文警報発令中。興味のない人は次回更新までごきげんよう。また、一応ストーリーの核心部分は伏せますが、演出方法や本筋とは関係ないちょっとしたエピソードに関する具体的な言及はあるので、そういうのをネタバレと感じる人も読まないほうがいいかと。

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「ロミオ・マスト・ダイ」。そもそもこれ、宣伝文句にもキャッチコピーにも偽りありなんだよな。もしも今後この映画を観る可能性のある方がいたら、心の平安のためにもDVDのケース等に書いてある惹句はすべて脳内から消すべしと心に留めておいてください。少なくとも「超絶バイオレンス・アクション」というのは、期待しない方向で。

大体さあ、もともとは武道家でいらっしゃるリンチェイ様の格闘シーンを撮るのに、いちいちアングルをめまぐるしく変えたり、動作がはっきり分からないようなアップを多用したりするとは、どういう了見よ? もったいなさすぎ。リンチェイ様の身体の動きやフォームの美しさを堪能できるように、アングルを固定した引き気味のショットがもう少し欲しいところ。「もっと見せて!」と思った瞬間にカメラが切り替わってしまうのだ。あ、リンチェイ様と比べて敵役の決めポーズが決まらなさすぎるので、はっきり構図の分かる撮り方ができないんだな、もしかして。そうかと思えば、ワイヤー・アクションのときだけ妙に間延びしていたりするので、わざとらしいったら。「風雲 ストームライダーズ」のような伝奇モノや、「マトリックス」のような SF モノならいざ知らず、超常現象なしの現代アメリカを舞台にハッキリと「上から吊ってます」と分かる撮り方をしてどうする。いや「風雲…」でもかなり笑っちゃったけど。技術的なことはよく知りませんが、こういうときこそ、アングルをくるくる変えたりしてごまかすべきでは。さらに言えば、いっそ要らんでしょ、ワイヤー……。素人に「なんか違う」と思われてしまう時点で、これがアクション映画としては吸引力のない作品であることは明らかです。

物語は単純。アメリカのとある都市で、中国系の悪いやつらと黒人系の悪いやつらが対立しています。そんななかで、両者のボスの息子がそれぞれ死体で発見されます。当然、両組織の間は一触即発状態に。そして中国系ボスの長男リンチェイ様(元はカタギの警察官だったが父の罪をかばっての服役経験あり)と、偶然知り合いになった黒人系ボスの末っ子アリーヤちゃん(やはり家業を嫌って一人でカタギに生活中の美女)がコンビを組んで、組織の動きとは別に弟ないし兄が殺された事情を独自調査していきます。

つまり、タイトルにもある「ロミオ」と言うのは、『ロミオとジュリエット』を踏まえているわけですね。対立するファミリー同士の息子と娘が――というやつ。しかし。ここでもう一度、DVDのケースを裏返して、あらすじ紹介を確認してみましょう。「そして二人は激しい恋に落ちる」と書いてあります。はいはいはいはい、ここも脳内で削除ね! 落ちてませんから。要するに、この映画はアクションものとしても恋愛ものとしても、かなり盛り上がりに欠ける作品であるということです。

では、一体この映画をどう受け止めればいいのか。これを楽しめるのは、どういう人間であるのか。断言します――これは、「リンチェイ様のはにかんだようなシャイな笑顔に萌え!」な婦女子(私だ、私)のための映画であると。また、十数年前に「少林寺」シリーズなどの中国武術ものでリンチェイ様の存在を知った女子(私だ、私)のなかには「ああ、今回もちゃんと髪の毛がある」というだけで、そこはかとなく安堵する者もいるかもしれません。

やー、もうこの映画のリンチェイ様、相手役のナイスバディな黒人美女アリーヤちゃんがカッコよすぎなので、ひとまわり以上年下の彼女と並んでも、まるでお姉さんについて歩く弟のよう。「アンナ・マデリーナ」において実年齢 8 歳下の金城武に説教され「お母さんみたい」とのたまうアーロン・クォックに負けない可愛さです。どうしてとっさにこういう比喩しか出ないかね私は。

本来、リンチェイ様の魅力というのは、なんだか今ひとつ垢抜けず(ごめん)小柄で顔立ちも柔和なかんじのお兄さん(いや、もうおじさんか)が、いったん戦闘シーンになると突如としてびしっと優雅なほどに所作が決まっちゃって、見るからに強そうな敵をすっきりやっつけちゃったりする、その「意外性」にあると思うのですが、もしかしたら、ハリウッド・スターを見慣れたアメリカ人の目に映るリンチェイ様は、私たち東洋人が見るよりさらに「こんなちっちゃい人が! アクションスターだなんて!」って印象が強いのかもしれません。この映画では、彼の「小柄で柔和」なイメージを、くどいほどに強調する意図が感じられるのです。

ほとんど「片言?」と思ってしまうような、のーんびり、ポツポツとした喋り方とか(実際にも、このときまだ英語はそれほど流暢ではないと思うが)。初めて訪れた街で周囲をもの珍しげに見る、一見無防備なしぐさとか。そしてなんといっても、「素」の表情がそのまま出たような、あのいかにも人畜無害そうな、あどけない笑顔! また、ただ一人の東洋人として黒人たちに囲まれる場面が多いのですが、クールでヒップな体格のよいブラザーたちと並んだリンチェイ様の、なんと外見的にナイーヴ(←ものは言いよう)なこと。ルールも分からぬまま、公園でたわむれにプレイされていたアメフトに誘われ、タックルかけられて目を白黒するところなんてもう。はたまた情報収集のため黒人御用達クラブに客として入場した彼の、なんという「いけてなさ」とリズム感のなさ。見ているこっちが、アリーヤちゃんも含めた周囲の素敵にダンスする登場人物みんなに向かって「やいやいやい、自分のテリトリーでカッコよく振る舞えるのは当たり前なんだよっ! てめーら全員、いっぺんチャイナタウンへ行け! 無様な箸使いなどを晒して気まずい笑いをとってみやがれっ! でなきゃ不公平だろっ!」と叫びたくなるほどです。

でもね、でもね。ずっと見ていると、なんだかクールなお兄さんお姉さんたちの間にあってさえ、その「いけてなさ」やトボけた雰囲気こそが、魅力に思えてくるから不思議。そして製作側の演出意図としても、絶対にそのへんを狙っていると思うのですね。だってさ、クラブシーンで「踊りましょう」と誘われて「やだよー、場違いだよー」と躊躇するリンチェイ様に向かって、アリーヤちゃんてば(たしか字幕には出ませんが)"Cute !" と言い放つんだぜい。そう、この映画におけるリンチェイ様の基本コンセプトは「キュート」、これなのだ!

そんなヒーローを中心に据えてしまった以上、当然艶っぽい場面などは存在しようはずもありません。どこかの海外サイトのレビューで「映画館でポップコーンを分け合うようなデートが似合いのふたり」というふうに皮肉を込めて書かれていましたが、たしかに精一杯好意的に解釈しても、せいぜいそのレベル。普通に見てると単なる友人関係にしか。セクシー美女を前にした30代後半のアクション映画主人公とは思えぬほのぼのさ加減ですリンチェイ様! さまざまな危険をくぐり抜けていくリンチェイ様を見守るアリーヤちゃんの表情は、明らかに「弟の安否を気遣う姉」いや「子供の無事を願うお母さん」。そしていつしか、映画を観ているこっちの目線も、そのアリーヤちゃんにシンクロしてしまうのです。だって可愛いんだもんリンチェイ様! 大詰めの戦いを経てボロボロになって生還したリンチェイ様をアリーヤちゃんが抱きとめる、普通ならロマンス的には一番の盛り上がりシーンとなるべき場面が、「アリーヤちゃんによるリンチェイ様の頭なでなで」で終わるっていうのはどうよ! ハリウッド映画の常識を覆す斬新な演出だとは思いませんか! そしてまた、10以上歳の離れた女の子に頭をなでなでされて「行きましょう」と手を引かれるリンチェイ様、すっごく自然でいいかんじなんですわ!

で、そういうことを考えていると、アクション・シーンの控えめさも、もしかしてある程度、意図的なのでは……と勘繰ってしまうんだな。つまり、最初っから眼光鋭い無敵戦士じゃ駄目なんですよ。「大丈夫かしら、はらはら」とアリーヤちゃん(およびシンクロしている観客の婦女子)の母心を刺激し、そこでリンチェイ様が、見守る側にはなんだかよく分かんないうちに状況を切り抜けて、またにこにこと人畜無害な顔して戻ってくる――というのが、素敵なんですよ。少なくとも、紹介文で誇らしげに言及されていた「X-Ray アクション(敵が致命的なダメージを受ける瞬間が、骨が砕ける CG アニメで表現される)」については、監督が DVD 付録のインタビューで「生々しさを抑えるため」に導入したと語っていました。そう、この映画における「のほほんリンチェイ様」が、殺らなきゃ自分が殺されるとはいえ非情にも他人を攻撃してしまうようなシーンに、生々しい迫真性があってはならないのです。まあ、めちゃくちゃ浮いてるけどな、この部分。それにワイヤー・アクションの演出方法の駄目さについては、やっぱり弁護のしようもない。

さて、この映画でのリンチェイ様は、はたして本当に「ロミオ」だったのか。親の目を盗んで窓からヒロインに会いにくるシーンなんてのも、あるにはあります。また映画タイトルの "Romeo must die " というのは、作中でリンチェイ様に対して投げかけられるセリフで、もちろん対立するファミリーの女の子と仲良くしている状況を踏まえているわけです。ただ実はここ、字幕では「色男は死ね」となっているのですね。なるほど、劇中のすべての色男たちが死んでしまい、いい歳して「にぱっ」とお子ちゃま笑顔で色気などまったく出す気もないリンチェイ様だけが生き残る。これはそういう映画であったのかもしれません。そう思えば看板にも偽りなし。ビバ、キュート!

(2002.6.30)

Posted at 2005年6月13日 12:53



All texts written by NARANO, Naomi. HOME