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2005年6月18日

『花様年華』その1(2002.6.25 初出)

映画・テレビ | 王家衛

Movable Typeに移行する前の過去記事を削除したものの、現行の「虫のいい日々」内の記事からリンクして言及しているものと、映画の感想文については、削除したままだとなんとなく落ち着かないので、とりあえず少しずつサルベージしてこっちに再録してみることにしました。

『花様年華』を初めて観たときには、ウォン・カーウァイ作品で一番好き! と思って、そう書いたんだけど、今はやっぱり、初めてこの監督の存在を知った『恋する惑星』のほうが思い入れ強いです。でも映画としての完成度が高いと思うのは、今でも『花様年華』だなあ。去年「独りウォン・カーウァイ祭り」をやっていたときに、もう一度感想文を書いています。

『花様年華』
2000年の香港映画。原題同じ。英題『In the Mood for Love』。監督ウォン・カーウァイ。主演トニー・レオン&マギー・チャン。【Amazon.co.jp】


仕事のデータ待ちの間にうっかり、週末に買った香港映画「花様年華」の DVDを観てしまったのだ。ほとんど会話だけしかしない、ラブシーン一切なしの、ストイックな恋愛映画。決して若くはなく、しがらみとプライドと配慮を背負った男女の。1回観て、そのあとすぐに、もう1回最初から観た。もう、くらくら。酔いました。すごいよウォン・カーウァイ監督。映画館で観ればよかった。今まで、この人の映画で一番好きなのは同列首位で「楽園の瑕(東邪西毒)」と「恋する惑星(重慶森林)」、ギリギリ次点で「欲望の翼(阿飛正傳)」だったけど、これからはもうぶっちぎりで「花様年華」ですわ。なんか、「ああ、私はウォン・カーウァイのファンだったんだなあ」ということを再認識しましたよ。

「天使の涙(堕落天使)」あたりだと、即興っぽいノリのよさとか、感覚で突っ切ってるようなかんじが面白かったわけだけど(でも根っこの部分にはまだ「欲望の翼」と同じような泥臭さを感じる)、「花様年華」はもう抑制に抑制を重ねて、計算に計算を重ねたような完成度。画面には動きがほとんどないのに、最初から最後まで息を呑んで見入ってしまう緊迫感。特になにをするわけでもないのに、息苦しくなるほどの濃密な空間。1960 年代の香港の、雑然と暮らす庶民の居住地が舞台なのに、一貫して薄暗がりの中にあるシーンの 1 つ 1 つが、最新の注意を払ってデザインされているような美しさ。めいっぱい刈り込んだセリフ。観客に解釈を委ねられた余白。多分、今後この映画を何度観ても、観るごとに私は自分の視点を翻すだろう。私にとってはもう、映画としてほとんど「満点」の作り。主演のふたり(トニー・レオン、マギー・チャン)も、すごいね。マギー・チャンって、あまり好きなタイプの顔じゃないんだけど、この映画では「たたずまい」がものすごく美しい。

なんとなく、「欲望の翼」を喚起される空気感がところどころにあった。色使いのせいか。はるかに洗練されているけど。舞台が同じ 1960 年代の香港だからか。「欲望の翼」の頃から、すでにクリストファー・ドイル(撮影)と組んでたっけ? とにかく、色使いが素晴らしい。音楽もよい。サントラ欲しいなあ。

トニー・レオンの、抑えに抑えたなかからふっと微妙に立ちのぼる、無表情なままでの感情表現みたいなのが、すごくリアルで胸をつかれる。この映画で、2000 年のカンヌ国際映画祭の主演男優賞をもらったらしいけど、なんか納得。西洋人にも通じるよ、この色気は。しかし芸域広いわ、この人。これと同時期に「東京攻略」の撮影もやってたかと思うと……(笑)。そうか、こんなシリアスな役をやりつつ、その合間には妙な日本語を操りながら新宿でスモウ・レスラー(?)相手に瞬間接着剤で戦ってたのね。

「花様年華」は、映画内でラジオから流れてくる歌のタイトルで、中国語では“成熟した女性が輝いている時期”を意味する表現らしいのだが、そんなこと理解できなくても、字面そのものが美しく、想像をかきたてられる。この中国語タイトルのままで日本公開に踏み切った配給会社に、感謝したい。突然ウォン・カーウァイとは関係ない話に飛ぶが、「心動」に「君のいた永遠(とき)」なんて邦題がついたときの脱力感を思い出すと、どうもなんだか。

(2002.6.25)

Posted at 2005年6月18日 23:23



All texts written by NARANO, Naomi. HOME