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2005年7月 2日

『ダニー・ザ・ドッグ』

映画・テレビ

2005年、フランス・アメリカ/ヨーロッパ・コープ提供(映画内の言語は英語)。原題:"Danny the Dog"(米国公開時タイトル:"Unleashed")。監督:ルイ・レテリエ。脚本:リュック・ベッソン。出演:ジェット・リー、モーガン・フリーマン、ケリー・コンドン他。【公式サイト】

『スター・ウォーズ Ep.3』の先行上映に群がる人々を横目で見つつ、鑑賞してまいりました。久々の李連杰(ジェット・リー)主演映画。最初にネット上で製作発表の記事を見てから、ずいぶん待たされたなあ。

ちょうど、これの撮影が進行中らしかった頃、日本ではやはりジェット・リー主演の『ブラック・ダイヤモンド』が公開されていたのですが、当時のインタビューで彼は「ハリウッドでは自分の意見が聞いてもらえない。今度は“暴力ですべてが解決することはない”ということが分かる映画を作りたい」みたいなことを言ってて、たしかに『ブラック・ダイヤモンド』はジェット・リーが悪いやつをガンガンぶちのめして蹴り上げてやっつけて、ハイめでたしめでたし……なお話ではあったのでした。

というわけで、その彼がハリウッドを離れリュック・ベッソン率いるヨーロッパの製作陣と組んだ新作映画は、とりあえず“暴力が解決策にはならない”映画なのであろうとは思っていました。でもでもでも……! いや、たしかにストーリー的にはそうなんだけど、アクション・シーンは、今までのどの映画よりもリアルに痛そうでしたよ!

『ブラック・ダイヤモンド』よりさらに前にハリウッドで撮ったジェット・リー主演映画『ザ・ワン』では、DVDのコメンタリーで製作スタッフが「MPAA(映倫みたいなの)のR指定を受けないようにするために、雑魚キャラはみんな打撃を受けても死んでないという設定にしたんだ」みたいなことを語っていて、ものすごい「なんか違うだろ」感があったのですが、今回は「人間は強く叩くと壊れちゃいます」というのが、気分が悪くなるほどはっきりと実感できる映像と音声でした。まあ、その反面、乗ってる自動車が弾丸でボコボコにされてもひっくり返っても決して死なないラスボスがいたりもするわけですが、あの人が死んじゃうとストーリーが成立しないからね。

なんだか最近、クレジットを見なくても「ああ、この振り付けをやったのはもしかして!」と思ってしまうユエン・ウーピンの演出によるアクションも、幼い頃から「犬」として育てられて攻撃性むき出しのときのファイト・シーンでの身体の動きと、逃げ出して人間としての生活を知ってしまってからのファイト・シーンでの身体の動きが、はっきりと違うのに感心。

子供の頃に誘拐され「闘犬」として育てられた男が、盲目のピアニストとの偶然の出会いをきっかけに人間性に目覚め……なんて、かなりベタベタかつ荒唐無稽な設定なんですが、相変わらず、「きょとん」としたイノセントな表情が似合いまくりですジェット・リー。歯医者さんの待合室でホンモノのわんこに遭遇して首をかしげるときの顔に萌え。この「いたいけ」さと、戦闘時のギャップが、切ないんだよねえ。

モーガン・フリーマンのピアノ調律師も、養女の女の子も存在感ありました。ストーリー的には、納得いかないところありまくりなんですが(大体、あのラスト、あれで何もかも解決なんてありえねー!)、俳優さんたちの力技で強引に納得させられたような。

ところでこの映画、なんかやたらとあちこちで「ジェット・リー初のキスシーン」みたいなことが言われているんですが(パンフにもそう書いてあった)、初じゃないじゃん! パンフに収録のインタビューでジェット・リー本人が言及してる過去映画の「ほっぺにキス」っていうのは、『D&D 完全黙秘』でのアニタ・ムイとのシーンのことかなと思うんですが、そんなんじゃなく、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地争覇』(1992年)とか『冒険王』(1996年)では、ロザムンド・クァンと、mouth to mouth のキスシーン(一瞬だけど)あるよね? それどころか、『スウォーズマン 女神伝説の章』(1992年)ではブリジット・リンとベッドシーンまでやったよね? あれは、清純派のリンチェイとしては「なかったこと」にしてるんですか? それとも、私が幻を見たんですか? あ、もしかして、「今の奥さんと再婚してから初の他人とのキスシーン」っていう意味ですか!?

って、突っ込むのは多分、野暮というものなんでしょうね……。

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2005年7月 4日

『ザ・ワン』(2002.12.2 初出)

映画・テレビ

Movable Typeに移行する前の過去記事を削除したものの、現行の「虫のいい日々」内の記事からリンクして言及しているものと、映画の感想文については、削除したままだとなんとなく落ち着かないので、とりあえず少しずつサルベージしてこっちに再録してみることにしました。

先日、久々の李連杰(ジェット・リー)主演映画『ダニー・ザ・ドッグ』を観て来たので、今は李連杰映画の感想を優先的に拾っております。

『ザ・ワン』
2001年のアメリカ映画。原題「The One」。監督:ジェームズ・ウォン。出演:ジェット・リー他。【Amazon.co.jp】


今日の話題は李連杰主演の B 級ストレートな SF 映画『ザ・ワン』なのだ(一応「SF」な話題?)。11/20 の発売日当日に DVD がアマゾンから届いていたのに、余裕がなくてしばらく鑑賞できずにいたもの。いやはやもう、わたくし今度こそ悟りを開きました。「リンチェイ映画を観るときは日本の配給会社が付けた紹介文やキャッチコピーを信じてはいけない」と。「『レオン』よりせつないリュック=ベッソン最新作」とか言っといて単なる行け行けゴーゴーなカンフー映画だったり(いや好きだけど)、「激しい恋に落ちる」とか言っといて単なる姉弟関係だったり(いや好きだけど)した過去にもまして詐欺っぽい今回の惹句「125 人のジェット・リーのバトル・ロワイアル」。だって映画が始まった時点でもう 122 人は死んじゃってるし! もう 1 人あっけなく倒れちゃってメインは 2 人だし!

かと言って、つまらないわけでは決してないのである。なんせそれぞれがパラレルワールドに属しているリンチェイさま同士の対決という設定ですから、「いいもん」も「わるもん」もリー・リンチェイ。つまりどっち側の状況が描かれる場合も、画面に出ているのはリー・リンチェイ。リンチェイ萌えのパラダイス。この場面のうるんだお目々がカワイイとかこの場面の凶悪に笑う口元がカワイイとかこの場面の犬とのツーショットがカワイイとか以下エンドレス。

と、いうようなお馬鹿な感想はさておき。アクションもなかなか面白かった。悪リンチェイと善リンチェイがそれぞれ異なった流派の武術(八卦掌と形意拳)で闘うという触れ込みだったのだが、「そんなのシロートが見て分かるのかなあ」って思ってたんだよね。でも実際に見たら、ラストバトルなんか、はっきり違う 2 つの動き方が噛み合ってるシークエンスが、すっごいきれいだよ! あと、直接対決する前にそれぞれが単独で演武をするシーンもかっこよかったあ。

ただ、惜しむらくは、そこ以外はさほど見るべきものがない。パラレルワールドにいた自分自身を倒して力を吸収して怪力になったさまを CG で表現とか、別に要らんなあ、と思ってしまった。それより、ピリッとした演武をもっと! もともとこの映画の脚本はリンチェイではなくて、ザ・ロックとか言う人(よく知らんのだが、プロレスの人ですか?)を念頭に発案して、キャスティングがリンチェイに決まった時点で手直ししたものなのだそうで、それが最終段階まで「呪い」のように効いているのではないかと。見せ場の作り方とか主人公の在り方とか、なんとなく全体に「ちぐはぐ」な印象を受ける。というか、DVD のコメンタリーで監督(かな?)が語っていた、リンチェイに決まる前の主人公のキャラ設定のほうが断然ストーリー的には面白そうだというところがイタい……。

個人的には、『マトリックス』の続編に出ているリンチェイを見たかったなあという気持ちがちらりとあることも事実だが(彼は『マトリックス』のオファーを蹴ってこの『ザ・ワン』を選んだのだ)、本人にとっては、こっちで主役を張るほうがギャラだって断然よかっただろうし、なんか異様に嬉しそうにコスプレしてたから、まあいいか……という気分。さっ、次行こう、次。

(2002.12.2)

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2005年7月 5日

それはまた別の話(2002.12.3 初出)

映画・テレビ

Movable Typeに移行する前の過去記事を削除したものの、現行の「虫のいい日々」内の記事からリンクして言及しているものと、映画の感想文については、削除したままだとなんとなく落ち着かないので、とりあえず少しずつサルベージしてこっちに再録してみることにしました。

前回の更新で拾った『ザ・ワン』感想文のつづきです。規制をクリアするための暴力描写の扱いについて。


前回感想を書いた『ザ・ワン』の DVD に付録として付いてた製作者コメンタリーを聴いていて、気になったのがアメリカの「R 指定」とか「PG 指定」とかの基準だ。『ロード・オブ・ザ・リング』もたしか、PG13(13歳以下の子供は親の強い同意がなければ鑑賞不可)だったっけ。この『ザ・ワン』でも、規制に引っかからないように暴力的なシーンをかなり削ったということだった。たとえば、主人公が銃で撃たれるシーンがあるのはいいけど、銃弾の衝撃を受けた瞬間をクローズアップして見せては駄目、なんて決まりがあるらしい。撮影開始から公開前までの期間にも徐々に規制が厳しくなっていって、撮ったけど最終的には使わなかったシーンがたくさんあるそうだ。

で、最初のうちは「ふーん、そういうところにも配慮するのねえ」と感心しながらコメントを聞いていたんだけど、段々、なんかすっきりしないものを感じるようになって。たとえば、「無駄な人死に」の排除の仕方。フィクションであっても、無駄に人が死ぬのはよくない、という考え方は分かる。でもだからって、「雑魚キャラはどれだけ酷い暴力を受けても死なない」ということにしてその問題をクリアしてしまうのは、ちょっと違うんじゃないか? 監督さんたちがコメンタリーで「銃弾を全身に受けた警官たちは、PG 規制を考慮して、怪我はしたけど死んでないことになってるんだよ!」みたいなことを得々と語るのを聞いてると、なんだかなあ……と思ってしまったのだ。

「人間の身体はある程度以上の力を加えるとつぶれてしまうんだよ」って現実は「残虐である」として排除して、「重要性の低い登場人物はたとえオートバイ 2 台の間でサンドイッチになっても死なないのでなにやってもオッケー」というような映画を「子供に見せても大丈夫な映画」として承認するんだなあ、それが現代のアメリカ映画の倫理規制ってやつなんだなあ、血さえ流れなければ「クリーン」という扱いになるんだなあ、なんて。おらの言いたいこと、分かってくださいますだか?(←サム@瀬田貞二訳『指輪物語』の口調で)

そもそも「子供に残虐なシーンを見せない」という前提と「バイオレンスをモチーフの 1 つとして使った映画を全年齢対象で製作する」という目的には、大きな矛盾がないだろうか。そんなことをやってても、中途半端なぬるい作品が量産されるだけなのでは。「人が撃たれるシーンは必ずロングショット、かつ肝心な部分は隠す」とか忠実に守っていたら、メリハリのある画面作りも大変だろう。見る側としては R や PG に分類されることが怖いならああいう極端なシチュエーションを出すな、出すなら分類を怖がらずに行け、と言いたいんだけど、それじゃ駄目なんだろうか。作る側から言えば、年齢制限が付いてしまうと興行的にマズかったりして、スポンサーからクレームが付いたりして、映画を世に出すこと自体ができないなんてこともありうるんだろうなあ。

で、突然ですが、ものすごく心配になったのが、先日の金城武の主演映画『リターナー』のこと(すみません結局は金城ネタに行くのです)。アメリカの配給会社が買ってくれたとかいって喜んでましたけど、あれ、あのままアメリカに持ち込んでも絶対、R 指定じゃないの? 少なくとも PG 13 は行くでしょ。戦争のシーンなんか、人間の内臓見えてるし。ものすごい勢いで人死ぬし。問題は、映画全体としては『リターナー』がかなり "ジュブナイル臭" の漂う作品であることだ。私が観に行ったときも、観客の半分くらいは小学生だった(後の半分は金城ヲタと特撮ヲタ?)。大丈夫なのかなあ。今どういう状況になってるのか知らないけど、アメリカで無事公開に漕ぎつけたとしても変な風に編集されたりして。

ふと思ったんだけど、日本の子供ってアメリカの映画倫理規定では絶対「R」付くような映像や画像にものすごい耐性あるよね。今の学校教育は知らんが、少なくとも私と同世代なら、子供の頃「戦争はこんなに恐ろしく悲惨なものなので繰り返してはなりません」という反戦教育の文脈で、どろどろぐちゃぐちゃスプラッタな視覚情報を何度も強制的に与えられている人が多いんじゃないか。(実は『リターナー』の悲惨な戦争シーンを見たとき、一瞬だけストーリーの流れにそぐわない妙なノスタルジーを感じてしまったのだけれど、あれは小学校時代の反戦教育の資料と似た空気があったからだと思う。)ってことは、日本の小学校教材をアメリカに持っていくと「R 指定」付いたりするのかなあ。(そういえば何年か前に、広島の原爆投下後の写真がアメリカのどっかで展示禁止になったニュースがあったような。)現代の日本の小学校でもああいう反戦教材を使っているのだろうかってあたりはよく分かってないんだけど。

どっちの方針がいいのかっていうのも、考えれば考えるほどに、よく分からない。中庸が一番? 現実にフタをして不自然なシチュエーションにしてまでクリーンなものだけ見せることにどれだけの意味があるのかという気持ちもある一方で、でき得ることならば、あんまり心の柔らかいうちに衝撃的な映像を見せすぎないほうがいいんじゃないかという気持ちもたしかにあるのだ。

しかしエンターテインメント映画のバイオレンス描写と反戦教育を一緒に並べて語るのは、それこそちと暴力的? おまけになんか、話が微妙にずれているような。とりあえず『ザ・ワン』のあのオートバイで警官をサンドイッチするシーンはいかんよ。私は李連杰映画にああいう CG 処理だけの派手な映像など求めていない!

(2002.12.3)

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2005年7月31日

2005年7月に読んだ本

読了本 | 書籍・雑誌

約2年ぶりの「ハリー・ポッター」新刊で、脳内がお祭り状態の月でした。


酒井順子『枕草子 REMIX』(新潮社,2004年)
酒井さんがいつもの語り口で解説してくれる、「枕草子」論。平安のエッセイスト清少納言には、ものすごく親近感を持っていらっしゃるようです。「架空対談」のページのなかで、彼女に

「意地悪って。みんな私の書いたことを読んで『そうそう』とか思ってるクセに、口では『意地悪』っていうのは、ずるいと思うわ」

などと言わせているのって……ぜーったい、酒井さん、ご自分のエッセイについても、そういうふうに思ってそうだよなあ(笑)。【Amazon.co.jp】


酒井順子『先達の御意見』(文藝春秋,2005)
あの『負け犬』本の前後で、酒井順子が自分より上の世代のさまざまな「先達」の人々とのあいだにおこなった対談をまとめたもの。相手は阿川佐和子、内田春菊、小倉千加子、鹿島茂、上坂冬子、瀬戸内寂聴、田辺聖子、林真理子、坂東眞砂子、そして最後に香山リカと一緒に全対談を俯瞰。たしかに、あの本のヒットがなければ、実現しなかったであろう組み合わせが多い。特定の対談が、というより、すべてを読んだうえでの香山リカによる総括(ツッコミ?)が一番面白かったです。

酒井順子は、この本の中で何度も、独身仲間との「自分たちは幸せに生きていると本心から言ってても、世間の皆さまからは一方的に“負け犬の遠吠え”のレッテルを貼られちゃうんだよねえ」みたいな会話からヒントを得て『負け犬の遠吠え』のタイトルをつけたと説明しています。インパクトが大きく、人目を引くうまいタイトルなんだけど、一人歩きしちゃった感がありますね。さぞかしいろんな方面で、本の主旨を理解してない人から「負け犬なんてひどい!」みたいに言われちゃったりしたんだろう。

酒井順子自身は、自分が独身者であるという事実を、マジで「別に不幸ってわけじゃないしぃ? いーじゃん、どっちでもー」で片付けていたのに対し、世間の皆さんには、酒井さんが思ってた以上に「結婚してこそ幸せ」という固定観念が根強く残っていた、というところでしょうか。でもヒットしたのはよかったね。おかげで、こういう本も出せるわけだし。【Amazon.co.jp】


J. K. Rowling "Harry Potter and the Half-Blood Prince" (Bloomsbury, 2005)
子供向け装丁のイギリス版です。シリーズ6冊目。ちょうど3連休の初日が発売日だったので、お休みのあいだに一気読み。やっぱり好きだー。ドラコ好きには、これまでで一番、萌えポインツが多かったし(笑)。段々、最終巻である次の第7巻に向けて、事態が大きく動いていきます。【Amazon.co.jp】


矢崎存美『ぶたぶたの食卓』(光文社文庫,2005)
ぶたぶたさんの「家庭の事情」の一端が明らかにされていて、ちょっとびっくり。知りたくなかったような気も。アサリ食べたーい。【Amazon.co.jp】


穂村弘『本当はちがうんだ日記』(2005,集英社)
インパクトは、最初に読んだ『世界音痴』のほうがあったかなあ。でもやっぱり、「分かるような、分かるって言っちゃいけないような」という、いたたまれなさ(褒め言葉のつもり)は健在。【Amazon.co.jp】


ロバート・J・ソウヤー『ヒューマン〜人類〜』(内田昌之・訳/ハヤカワ文庫SF,2005)
『ホミニッド〜原人〜』の続編。前作よりも恋愛色が前面に来ている雰囲気だが、それぞれ異なったパラレル・ワールドの住人である二人なので、まだまだいろいろ問題山積みで大変ですね、というところで次巻へ。なんとなく、向こう側の世界から大使としてやってきた人々が親善目的で無償にて提供している最新技術とかが、波乱を呼びそうな気がするなー。そういうことされると、こっち側の世界での企業秘密や特許なんて概念が、無意味になっちゃいそうな。

3部作の真ん中なのに、巻末解説において「最終巻である次作のラストでは(中略)さらなる紆余曲折を経て、堂々たる大団円を迎える。」とか書いてあるのは、いかがなものか、どんなトラブルがあっても「どうせお約束の大団円」と分かっていたらハラハラドキドキ度が下がってしまうではないか……と、一瞬思ったものの、よく考えたら、これまでに読んだソウヤーの長編14作のなかで、おめでたい結末でなかったものなど1つもないので、今更でした。【Amazon.co.jp】


安野モヨコ『働きマン』第2巻(講談社 モーニングKC,2005)
こういう漫画の人気が出ちゃうっていうのはつまり、好きな仕事だけど、へろへろに疲れきってしまうときもあって、それでも「辞めていいんだよ」とか言われるより、むしろガンバレと応援してほしい女の子がたくさんいるってことなんじゃないのかなあ。「女の子なんだから、仕事なんかでがんばらなくていいんだよ」ということを言われて「ちがーう!」と思ってる人は、今の時代でも意外と多いような気がするのだ。男女問わず、いろんな立場の人にスポットライトが当たるのがよいですね。(8/9追記:掲載誌自体は、女性向けってわけではないのかな? でも、女の人のサイトで感想をよく見かけるような気がする。)【Amazon.co.jp】


吉野朔実『ジュリエットの卵』全3巻(小学館文庫,2001)
1988年から1989年にかけて、ぶ〜けコミックスで出ていた作品の文庫版。なんだか急に再読したくなって衝動買いしました。個人的に、一番思い入れの強い吉野朔実作品は、これの1つ前に連載していた『少年は荒野をめざす』なんだけど、作品として「とにかく巧い」と思うのはこっち。【Amazon.co.jp】


大和和紀『はいからさんが通る』全8巻(講談社コミックス,1975〜1977)
今月は、どうにも置き場の足りない書籍類をざっくり整理しまして、これも処分本のほうに入れてしまったのですが、手放す前に最後の再読をしました。やっぱり面白いや。【Amazon.co.jp】


榛野なな恵『Papa told me シーズンセレクション』全4巻(集英社YOUNG YOU特別企画文庫,1996)
これも、処分本に入れつつ、最後の再読。「また読みたくなったら、今度はセレクションじゃなくて普通の単行本を買えばいいや」と思ったんですが、よく考えたら、30冊近く出ているはずの普通の単行本を揃えたら、もっともっと置き場のスペースが必要になって、今回処分した意味がないのでは。【Amazon.co.jp】


ところで、えーと、6月末の読書メモへのトラックバックで、「ブックバトン」なるものを回していただいていたんですが、サイトの更新自体をずっとサボっているうちに、すんごく今更なかんじになってしまっているので、パスさせていただくことにしました。申し訳ない。

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All texts written by NARANO, Naomi.