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2005年8月 9日

『リーサル・ウェポン 4』(2002.7.20 初出)

映画・テレビ

Movable Typeに移行する前の過去記事を削除したものの、現行の「虫のいい日々」内の記事からリンクして言及しているものと、映画の感想文については、削除したままだとなんとなく落ち着かないので、とりあえず少しずつサルベージしてこっちに再録してみることにしました。

このシリーズ、結局2005年になった今でも、「4」しか見てません。

『リーサル・ウェポン 4』
1998年のアメリカ映画。監督:リチャード・ドナー。出演:メル・ギブソン、ダニー・グローバー、ジェット・リー他。【Amazon.co.jp】


実は、悪役で登場しているジェット・リーことリー・リンチェイが目当てでこれだけ買ってきたので、1〜3は観ていないのです。予備知識もほとんどなし。そしたら、冒頭からいきなりコメディ調なので驚いた。なんとなくシリアスなヒーローものを想像してたので。こういうものなのでしょうか。あとで同居人A氏に聞いたところでは、この刑事である主人公(メル・ギブソン)にも過去にいろいろ悲劇があって大変だったのだということなのですが、この「4」だけ見てたら、相棒(ダニー・グローバー)と漫才ばかりしている、いけすかないおちゃらけ男にしか思えん……。レオとかいう探偵のお友達を理不尽にいぢめるさまは、まるでジャイアンのようだし。楽しいのか? ファンの人は、これ見て楽しいのか? 1 〜 3 をちゃんと見れば、その辺の疑問も解けるのかなあ。大体、主要キャラ全員、やたらテンション高くて疲れるよ……。とにかく、主人公と彼をとりまく人々にまったく感情移入ができなくてまいった。やっぱりシリーズものは、途中から見ちゃ駄目だな。ファンの人、ごめんなさい。

しかし、敵役である中国人マフィアの大物クー(リー・リンチェイ)がかもし出す静謐なカッコよさは、主人公コンビの騒々しさとの対比で、光り輝いていたと言えましょう(おいおい)。階段の上から無言でひらりと飛び降り、メル・ギブソンの動きを封じてしまったりする、あの身のこなしの、なんと優雅で美しかったことか。なんでも、格闘シーンの撮影では最初メル・ギブソンがリンチェイの動きについて来れず、やむなくリンチェイのほうが動きをスローダウンして演技したそうです。でもゆっくり動いても一瞬一瞬がピッと決まって美しいのよー。うっとり。

好きな役者さんがやってるからといって悪役に肩入れするのはイタいようだが、主人公がここまでヤななつじゃなければ、もうちょっと受け止め方は違っていたかも。怪しい中国人の経営するレストランに探りを入れに行くというのは、いいよ。たまたま部屋の隅に黙って立ってた新顔の中国人を誰何してみるのも、別にいいよ。でも英語が分かるかどうか確かめるためにっていきなり罵詈雑言あびせてみたりさ。この時点では、特に主人公に対してなんかしたわけでは全然ないのに、めちゃ失礼じゃんかさ。しかも、出て行くときには特に理由もなく(単に威嚇のために)わざわざレストランの設備を壊したうえに、一般人も食事を楽しんでいるというのにスプリンクラーを誤作動させてお店を水浸しにして帰っていく。あとで聞いたところによると、このシリーズは事件を解決するまでにいろんなものを豪快にぶっ壊しまくるのが醍醐味であるようなんですが、個人的には、こういうのは楽しくないよう。私がクーの立場でも、こんなやつら初対面で大嫌いになるって! 1〜3を見て主人公コンビに親近感を持ってると、こんなシーンでも「やったぁ!」って笑えちゃうのかなあ。うーん、うーん。

そうそう、クライマックスの、最後の対決シーンも、めちゃくちゃ卑怯な勝ち方でした>主人公。そもそも、小柄で華奢な東洋人のクーたった一人に、体格のよい白人と黒人の大男コンビで向かっていくこと自体がちょっと絵としては美しくないね。逆にヒーローがたった一人で複数の悪人に立ち向かったりするんならカッコいいんだけどね。しかも《ねたばれ→》素手で戦う相手を、背後から先の尖った鉄棒を突き刺したり銃弾を撃ち込んで攻撃《←ねたばれ》かよ! こんなんでも、主人公に親近感さえあれば観客は「勝ってよかったね。悪いやつが死んじゃってよかったね」と思えるのでしょうか? ついでに言うと《ねたばれ→》主人公の片割れがクーの大切なお兄さんを拳銃で撃ち殺して《←ねたばれ》しまった後の、クーがそれまでの冷静沈着な態度をかなぐり捨てて悲嘆にくれるシーンがあまりに熱演だったので、うっかり彼が悪役だということを忘れそうでしたわ(笑)。その傍らで主人公コンビが「あーあ、やっちゃったー、怒らせちゃったー、あははははー」ってかんじで無神経に漫才していて、めちゃくちゃむかついたぜ! 本当にいいのか、こんな主人公で!? ハリウッド映画に疎い私でもタイトルだけは知ってたくらいの名作リーサル・ウェポンって、実はこんなむかつくシリーズだったのか!?(ファンの人、重ね重ねごめんなさい。私の感想にはリンチェイ様びいきの視点がものすごく入ってて偏ってるはずなので、気にしないでいてくださるとありがたいです。)

それにしてもDVD付録の出演者インタビュー映像で「今まで25本の映画に出たけど、悪役は初めてなんだよー」などと言いながらでへへへ〜と破顔するリンチェイ様のかわいらしさったらもう。これで当時35歳……。

(2002.7.20)

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2005年8月10日

『マジック・キッチン』

映画・テレビ

2003年の香港ラブコメ映画。原題:『魔幻厨房 (Magic Kitchen)』。監督:李志毅(リー・チーガイ)。出演:サミー・チェン(鄭秀文)、ジェリー・イェン(言承旭)、アンディ・ラウ(劉徳華)他。

先月、台湾アイドル・ユニット「F4」特集の一環として都内で公開されていたのですが、観に行けなかったので、英語字幕付きDVD。日本公開版はF4のメンバーであるジェリー・イェンの北京語音声を残して、ほかのキャストの声が吹き替えとのことでしたが、私はアンディ目当てなので、広東語音声(ジェリー・イェンが吹き替え)で鑑賞。ちなみに、エンドロールで流れる主題歌も、広東語モードではサミー・チェン、北京語モードではジェリー・イェンが歌ってました。

ヒロインのヨウ(サミー・チェン)は、私房菜館(マンションなどの一室でおもてなしをする予約制の隠れ家的レストランのことをこう呼ぶらしいです)のオーナー・シェフ。彼女の弱点は、お店で出している好評料理がすべて、天才シェフだった母親のレシピ・ブックそっくりそのままだということ。ヨウ本人は、母の死後に譲り受けたお店を引き続き切り盛りできるだけで満足しており、自分で何か工夫を付け加えようなどという気概はありません。

しかしヨウのアシスタント、クーリー(ジェリー・イェン)は、ヨウに料理人としての積極性を発揮してもらいたくて、日本の料理番組(「料理の鉄人」みたいなやつ)への出演依頼を受けるように熱心に勧めています。その料理番組について説明を受けるために訪れた東京で、ヨウは思いがけず、ずっと忘れずにいた昔の恋人チュアンヨウ(アンディ・ラウ)と再会。チュアンヨウとは、正式なお別れもしないまま、不運に不運が重なったために疎遠になっていました。実はヨウの母親の言葉を信じるならば、彼女の家系には代々、「女性は男運の悪い料理人になる」という呪いがかけられていたのです……。

主人公の恋愛運の悪さが語られる部分での、アンディ&サミーのどたばたが、コテコテだけど軽妙かつ安定感のあるノリで息ぴったりでした。と、なると、どうしても映画初出演のジェリーは貫禄負けしちゃってちょっと可哀想だったかも。初々しさはあったけどね。

そう、初々しい、としか言いようがない。日本でも話題になったF4のテレビドラマを全然チェックしてないので、私にとっては、これが「初ジェリー」。だから、本来の彼のイメージとかはまったく知らないんですが。

雇い主である年上のお姉さまに一途に思いを寄せ、尊重しつつも甲斐甲斐しくサポートし、時に包容力も垣間見せるこの作品での役柄は、ほんっとに「いいやつ」というか、「いいコ」なんだよなあ。「そんな男の子、いないって!」とツッコミを入れたくなるくらいに、年下男ドリーム炸裂ですよ! しかしこれ、ジェリー・イェンの本来のファン層であるはずの、若いお嬢さんがたのウケはどうだったんだろう?

サミーの女友達2人とのやりとりも楽しそうだった。そのうち1人は、アンディが演じる登場人物の現在の彼女なんだけど、この人(Maggie Q)が、共感はできないけど、ものすごくかっこいい。優雅で、色っぽくて、潔くて。主人公も、やっぱり彼女を理解はできないんだけど、でも多分、一目は置いてるんじゃないかな、と思えるかっこよさでした。

そしてアンディ・ラウは、とことん非の打ちどころのない、節度と余裕のある紳士な大人キャラ。アンディ目当てで観た映画なのに、あまりに優等生すぎて萌えセンサーが発動しないぞ(笑)。髪の毛はもっと長いほうがいいと思うんだけどなあ。

チョイ役で、けっこう有名な俳優さんたちが「友情出演」と称してちらほら出てくるのが楽しい。おめでたいお正月映画だったからでしょうか。

つい先日、お友達とお茶していて、サミー・チェンの話題になり、「そんなに美人じゃないよね」みたいに言われたんだけど、久々にこうやって動いているところを見ると、ワタシ的にはやっぱりけっこうカワイイような気がしてきました。そりゃあ、5年前の『Needing You』の頃の可愛さは別格ですけれども。なんかさー、カメラのアングルによって、めちゃくちゃ可愛いときと、わりとフツーなときがあるんだよな、この人は(笑)。

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2005年8月11日

『リターナー』(2002.9.2 初出)

映画・テレビ

Movable Typeに移行する前の過去記事を削除したものの、現行の「虫のいい日々」内の記事からリンクして言及しているものと、映画の感想文については、削除したままだとなんとなく落ち着かないので、とりあえず少しずつサルベージしてこっちに再録してみることにしました。

今回は、日本で作られた金城映画の中では一番気に入っている『リターナー』です。しかしこの感想文、久々に読み返してみたら、やたらめったら同じ監督の前作『ジュブナイル』を意識していますなあ。

『リターナー』
2002年の日本映画。監督:山崎貴。出演:金城武、鈴木杏、岸谷五郎。【公式サイト】 【Amazon.co.jp】


初日の 8月31日に観に行ってまいりました。うーんと、どういうふうに感想を書くべきか、ちょっと迷っているですよ。金城主演と言われているけど、この映画で一番光っているのは、鈴木杏ちゃんだと思ったな私は。同じ監督の『ジュブナイル』での彼女より、今回の彼女のほうが、ずっといい。

もちろん、金城武を久々にスクリーンで観られたことも、非常に嬉しかったのです。かっこよくなったねえ、金城。なんだかしみじみと見入ってしまいました。何年もにわたって見つめつづけている対象が、いいかんじに変わっていってくれて、「若い頃はよかったけど」などと言わずにすむのは、とてもありがたく幸せなことだ。アクションもきれいに撮れていた。すっと手足が伸びる瞬間に、独特の空気の動きというかスケール感をかもし出すのね、この人は。やはりテレビ画面より、銀幕だなあ。杏ちゃんとの掛け合い漫才(?)も息が合っていて、なかなか。振り回されて 2 枚目顔が崩れるのがまた、素敵なのです(「クソガキーっ!」ってね)。

ストーリーにはかなりお約束的な要素が強い(しかもタイムパラドックスだの考え始めると突っ込みどころがいろいろ)のだけれど、全体の雰囲気は悪くない。詰め込みすぎず欲張らず 2 時間弱で提示できる範囲で物語を作りました、みたいな(もっとも、パンフを見ると、映画に盛り込めなかった設定や場面が、けっこうあるようだ)。安直に説明しすぎでは、と思えた部分もあったけれど、SF的な発想に馴染みのない層や『ジュブナイル』から入ったお子さまファンを取り込もうとするなら、これくらいでちょうどいいのかも。

そんなこんなで、私としては、この映画を好きか嫌いか、と尋ねられたら、まず迷いなく「好き」と答えます。どちらかといえば、だけどね。絶賛はしない。宣伝で言われているような日本映画に革命、とかそういうのでは決してないと思うけど、なにも考えずに2時間、受身になって楽しむには、悪くない。そう、「悪くない」のだ。おそらく、『ジュブナイル』が好きだった人は、この映画も好きになると思う。駄目だと言う人もいる一方で、好きな人は、ものすごく好きで絶賛しちゃってますよね>『ジュブナイル』。(ちなみに金城武は「絶賛派」で、今回のリターナーのオファーが来るよりずっと前から山崎監督のファンであったらしいが。)

そう。当たり前だけど、とにもかくにも「山崎貴監督作品」なんですよ。『ジュブナイル』がネット上で流布していた「ドラえもん最終回」の確信犯的な焼き直しであったように、多分この人の創作の原動力は、「今までに接した好きなものを、自分でも作ってみたい」なんだろう。いや、大概の創作って、そもそもそういうものなのかもしれないけど。ただ、それをこの監督は、あまり咀嚼したり誤魔化したりせずに、ごろんとナマのまま出してきてしまうのだ。そこが、好き嫌いの別れるところなんじゃないだろうか。「黒コートをひるがえして疾走するヒーローってかっこいい → じゃあ自分の映画の主人公も黒コートだ」とか、「変形する戦闘機って面白い → じゃあ自分の作品にも出しちゃえ」とか。香港映画にもよくあるパターン。ただ、香港映画のような暑苦しいほどの開き直り強引パワーはなく。一生懸命、理屈を考えているっぽいところが、日本人らしく微笑ましい(笑)。

気持ちはとっても、よく分かるんだよ。一介の金城ファンである私だって、関係ない映画や小説に出てくるキャラを見てふと「あ、金城もこんな役を演じたら新鮮で面白いかも」なんて考えちゃうこと、あるもの。あるいは、素敵なメンズの洋服を見て「あ、こういうの着てほしいなあ」なんて。はたまた、ある特定のマンガ作品の熱烈なファンが、その「好き」というエネルギーを昇華するために同じ世界設定と登場キャラを使って自分でオリジナルなストーリーを作って同人誌で発表したりするのも、世間にはよくある話。それと根っこは同じことなんだよね。ちょっとスケールがでかいだけで。

だから、くどいようだが、気持ちはとーっても、よく分かる。「ああ、コレがやりたかったんだよね! 分かる、分かるよ!」って。何度も思った。そういう意味では、すごく作り手の「愛」を感じる。だから、いろんな部分が「お約束」であることまで含めて、この映画はこう作るしかなかったんだと思う。どこをどうとっても「いかにも」なのよ。笑いの部分も泣かせの部分も(とか言いつつ、つい引き込まれて目頭が熱くなってしまった場面もあったんですが)。『ジュブナイル』と同じように、各シーンがどこか懐かしい。お約束なんだけど、でもそれが踏襲されると、なんだか嬉しくなってしまう。

しかし一方で、だからこそ、なんとなく居心地が悪い、そこはかとなくチープさを感じる、という面もあって。これも『ジュブナイル』と同様。「ああ、コレがやりたかったのね!」と思うことで、観る側が一瞬、映画の世界から出て「素」に戻ってしまう。幸い、『ジュブナイル』ほど「かゆい」とは思わなかったけど。『ジュブナイル』でのような、中途半端かつぬるい恋愛要素がなかったせいかな。この映画のミリ(鈴木杏)とミヤモト(金城)の関係は、ちょっとよいね。ミヤモトは、10も年下のミリを「女の子」と捉える以前に、「相棒」としてかなり対等に見ちゃってるのだ。

長くなりました。とりあえず結論としては、『ジュブナイル』を楽しめた人と、かっこいい金城武および鈴木杏が見たい人には、おすすめです。特に金城は、今度スクリーンに登場するのが一体いつになることやら分からんので(涙)、ファンはこの機会を逃さず堪能しましょう。そして観るなら、細かい理屈は一切考えず、ひたすら入り込んで無心に楽しむのが吉。全体的な映像はなかなか雰囲気があってよいです。ちょっと現実味を抑えたような色調とか。

うーむ、思ったより「萌え萌え日記」にならんかった。今抱えている仕事が一段落したときにまだ上映していたら、少なくとももう 1 回は観に行くつもり。2回目はストーリーが分かっている分、心置きなく「金城くん素敵♪」モードで鑑賞できるかも。ええ、どんなに「よくあるパターン」が出てきても、見事それを美しく演じてくれているのが金城武であるかぎり、私は「そうそう、こういうシーンを金城で見たかったのだよね」と納得することができる。それは、たとえば特撮好きの人にとっては、宇宙船のシーンであるかもしれないし。監督となんらかの「ツボ」が同じところにあれば、素直に楽しめるのでは。

(2002.9.2)

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2005年8月12日

『世界の涯てに』

映画・テレビ

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1996年の香港作品。原題『天涯海角 (Lost and Found)』。監督:李志毅(リー・チーガイ)。出演:金城武、ケリー・チャン(陳慧琳)、マイケル・ウォン(王敏徳)他。【Amazon.co.jp】

『マジック・キッチン』を観ていたら、そういえばこれも同じ監督だったな、と思い出したので。改めて鑑賞するたびに、段々と好きになる映画。段々とハードルが下がっているのだろうか。もしかしたら、テレビの小さな画面で観るのにふさわしい映画なのかもしれない(笑)。スクリーンで見たときには、「ちゃっちい」と感じたシーンがいくつかあったんだけど、今DVDで観るとむしろ、そういったシーンをきれいに感じる。

正直、初めて劇場でこの作品を観たときには、どっちかというと否定的でした。ウォン・カーウァイで香港映画に入門したばかりだった私の目には、不治の病にかかった美貌のお嬢さまのラブ・ストーリーなんて、あまりにも「ベタ」としか思えなくて。(その後しばらくしてようやく、ウォン・カーウァイ作品だってプレゼンテーションの仕方が突飛なだけで、作中で描いている感情そのものはすごくベタなんだと思うようになっていくわけですが。)

それと、かつて現実に目の前で不治の病にかかった人がどんどん衰弱していくさまを目の当たりにしていた記憶が、最初に観た頃はまだ、消化しきれずおなかの中に残っている感があって、そのせいで作品全体を直視できずにひたすら恋愛部分をおっかけることしかできなかったような気がする。恋愛要素“だけ”を抽出すると、たしかにかなり盛り上がりの希薄な映画ではあるのだ。

香港返還前年という微妙な時期の公開だったせいか、当時は「大陸から来た男(金城武)=中国」、「スコットランドへと去っていく男(マイケル・ウォン)=イギリス」、「地元っ子のヒロイン(ケリー・チャン)=香港」というアナロジーを使ったレビューをちょくちょく見かけたはずです。でも、どうなんだろうなあ。あまり、そういうあからさまな図式に当てはめなくてもいいような?

ストーリーは、最初から最後まで、淡々と進みます。誰も熱血することなく、誰も声を荒げることなく。全体に温度が低いかんじ。けれども、一つ一つのエピソードは重い。

就職直前の診察で自分の死期が近いことを知ったヒロインのラムは、誰にも涙を見せず、今すぐ結婚しようという彼氏も振ってしまって、諦めの境地で毎日を過ごしています。今まで甘やかしてもらうことのなかった父親との心理的な距離も遠めで、心配されていることすら、よく分かっていない。

そんなとき、スコットランド人(母親は中国人)の船員テッドと知り合い、死者の魂が帰っていくという「世界の涯て」と呼ばれる場所の話をしてくれた彼に、自分の希望を投影するようになります。彼のことを、魔法使いであるかのように夢想してみたりして。

その彼が何も言わず港から姿を消した4日後にラムは偶然、失せもの捜索業を営むモンゴル出身のナーハオチュンに出会います。彼は香港を離れる寸前だったテッドを奇跡的に見つけ出してくれ、その後もその仕事ぶりに接し続けたラムは、今度はナーのなかに「魔法使い」を見るようになっていく。

でも、たとえ不可能と思われたミッションを可能にできても、どうしようもないことは厳然と存在している。本当は魔法使いなんて、いないのだという現実が、ラムを打ちのめす日がやってくる。そこから、物語は別の局面へと動き始めます。

お金持ちの家のお嬢さんであるラムの周辺と、テッドやナー(特にナー)の周辺との経済その他の格差が、くっきりと浮き彫りにされているのが印象的でした。時に現実感のない、ファンタジックに美しい画面なのに。でも、どの登場人物も、本当は他者と比べて特に不幸なわけでもなく、特にラッキーなわけでもなく、ただそれぞれの人生を背負っているだけなのだ。

舞台がスコットランドに移ってからの各シーンも、寂しい風景ばかりだけれど、美しかった。特にラスト近く、ラムとテッドが「世界の涯て」の島にわたったときの、荒涼とした誰もいないところから丘を登ると突然、「夏が来る(寒流と暖流が入れ替わる)」瞬間の海を見にやってきた人々が、わらわらと崖の淵に向かって歩いて行く場面に遭遇するシーンが、なんだか妙に「ぐっ」と来るんだよねえ。

ナーハオチュンを演じた金城武は、寂しがりやの裏返しの人懐っこさを備え、いつも前向きで現実を見失うことがないのに、ちょっと世間から浮いたような雰囲気もある異邦人のキャラが、すごく似合ってます。普通の人なのに、どこか特別。そしてそれはおそらく、どんな人でも、その人を好きでいる周囲の人々にとっては例外なく特別なのだということをスクリーン上で表現しているような、そういう特別さなのだ。

オープニングとエンディング、そして途中でも流れる、レナード・コーエンの歌声が、ぴったり。聴くたびに、この曲が収録されてるCD欲しくなる(でも今のところ買ってない)。

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2005年8月31日

2005年8月に読んだ本

読了本 | 書籍・雑誌

なーんかいつもにも増して気持ちをゆったりさせられなくて、気ばかり焦るなかでいろんな本に手を出しては途中で放置、ということを繰り返してしまいました。気が付いたら、最後まで読んだ活字の本って、1冊しかない! しかしどらさんのおかげで『百鬼夜行抄』に出会えたことは、この夏の大収穫でした。

積んどくだけよりさらに質の悪い「読みかけ本」の山を多少なりともなんとかすることが、9月の課題です。


香山リカ『〈雅子さま〉はあなたと一緒に泣いている』(筑摩書房,2005)
「雅子さま」を題材としつつ、語っているのは男女雇用機会均等法以降の世代の女性たちの抱えるストレスなどの分析。子供の頃からずっと、とにかく自力で頑張れば性別に関係なく成果が出せて報われると信じていたのに、結婚・出産が絡むと、突然自分だけの努力ではどうにもならない世界に放り込まれてしまう、というのはみんなに共通の話ではないのか、みたいな視点で。あと、親との問題とか、いろいろ。

分析されたからどうなるというわけでもないんですが、面白かったです。多分、香山リカ自身が、お勉強に仕事にと真剣勝負で成果を出し続けて来た女性として、そういうプレッシャーを感じているんだと思う。個人的には、本書の中で香山さんが、前にここでも言及したことのある『オニババ』本をかなり強い語調で批判しているのに受けた(笑)。香山さんも一応、あの本で「オニババ」とか「ろくでもない女性」とか言われてる層に入るもんね。個人的には、香山さんが本書の中で

「働く喜び」は、ある人たちにとっては何にもかえがたいものなのだ。それは、仕事の内容や収入にも、男であるか女であるかにも関係ない。

と言い切っているくだりで、すごく気が楽になったよ。まあ、そういうことをおっしゃる香山さんご本人は、誰がどう見てもご立派なお仕事をなさっているわけですが。オニババ本の三砂先生は、「第三者から見てつまらない仕事」をずっと続けている人に対して、けっこう視線が冷たかったからなあ。【Amazon.co.jp】


綾辻行人・佐々木倫子『月館の殺人』第1巻(小学館 IKKI COMICS,2005)
連載が始まったときに、綾辻行人と佐々木倫子ってすごい組み合わせだなあ、と気になってはいたんですが、いつのまにか単行本が出るほど進んでいたのですね。ヒロインのボケっぷりが、とっても佐々木倫子テイスト。これからどういう展開になるか分かりませんが、たとえミステリとしての収束の仕方が私の好みじゃなくても、マンガとしては佐々木さんが最後まで楽しくまとめてくれそうで安心(綾辻さんに失礼ですよ>私)。【Amazon.co.jp】


野間美由紀『パズルゲーム☆はいすくーる』第11巻(白泉社文庫,2005)
野間美由紀は、同居人A氏が好んで買ってくるのです。これもいつのまにか本棚に入ってた。このシリーズは頭が疲れたときにぼーっと読むのによいです。って、パズラーをそんな読み方していていいのか。【Amazon.co.jp】

西村しのぶ『一緒に遭難したいひと』1〜2巻(講談社,2005)
どらさんが話題に出していらっしゃったのを読んで興味を引かれてお借りしました。女の子(20代後半、時々文筆業)がたくましい自由人で、男の子(公務員)が堅実かつ可愛いぽややんキャラ。とにかく元気!ってかんじのお話でした。
【Amazon.co.jp】(1巻)

今市子『百鬼夜行抄』1〜13巻(朝日ソノラマ,1995〜2005)
今まで、書店で平積みされてるのを見ても要するにお化けのお話なんでしょー、としか思わず、なんとなく敬遠していたのだけど、これもどらさんにお勧めされて、どどんと貸していただきました。うわー、今まで読んでなかったなんて不覚! すっごい好み! おもしろーい! ぞくっとする部分としみじみする部分と笑える部分がほどよくあって。あと、「あ、漫画で叙述トリックって、こうすればアリなんだ!」みたいな、さりげなく凝った構成の話が多いのもツボ。主人公の男の子もよいね。お金の問題じゃなく「育ちがいい」ってかんじの子。人外のものが見えてしまう体質がゆえにお友達は少ないのだけれど、かえってまっすぐ健全に育っているというか。こういう子、好きだなあ。主人公だけじゃなく、どの主要キャラも素敵です。人も人じゃないのも。絵もストーリーも密度が高くて、味わって読もうと思うと、いくらでも時間をかけられちゃうので、仕事の合間に全巻読みとおすのはけっこう大変でした(笑)。また読みたいが、あんまり長くお借りしているわけにはいかんので、自分用にも買おう。絶対買うよ!【Amazon.co.jp】(1巻)


森薫『エマ』第6巻(エンターブレイン,2005)
発売されたばかり。ぎゃー、なんか大変なことに!【Amazon.co.jp】

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All texts written by NARANO, Naomi.