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2005年8月12日

『世界の涯てに』

映画・テレビ

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1996年の香港作品。原題『天涯海角 (Lost and Found)』。監督:李志毅(リー・チーガイ)。出演:金城武、ケリー・チャン(陳慧琳)、マイケル・ウォン(王敏徳)他。【Amazon.co.jp】

『マジック・キッチン』を観ていたら、そういえばこれも同じ監督だったな、と思い出したので。改めて鑑賞するたびに、段々と好きになる映画。段々とハードルが下がっているのだろうか。もしかしたら、テレビの小さな画面で観るのにふさわしい映画なのかもしれない(笑)。スクリーンで見たときには、「ちゃっちい」と感じたシーンがいくつかあったんだけど、今DVDで観るとむしろ、そういったシーンをきれいに感じる。

正直、初めて劇場でこの作品を観たときには、どっちかというと否定的でした。ウォン・カーウァイで香港映画に入門したばかりだった私の目には、不治の病にかかった美貌のお嬢さまのラブ・ストーリーなんて、あまりにも「ベタ」としか思えなくて。(その後しばらくしてようやく、ウォン・カーウァイ作品だってプレゼンテーションの仕方が突飛なだけで、作中で描いている感情そのものはすごくベタなんだと思うようになっていくわけですが。)

それと、かつて現実に目の前で不治の病にかかった人がどんどん衰弱していくさまを目の当たりにしていた記憶が、最初に観た頃はまだ、消化しきれずおなかの中に残っている感があって、そのせいで作品全体を直視できずにひたすら恋愛部分をおっかけることしかできなかったような気がする。恋愛要素“だけ”を抽出すると、たしかにかなり盛り上がりの希薄な映画ではあるのだ。

香港返還前年という微妙な時期の公開だったせいか、当時は「大陸から来た男(金城武)=中国」、「スコットランドへと去っていく男(マイケル・ウォン)=イギリス」、「地元っ子のヒロイン(ケリー・チャン)=香港」というアナロジーを使ったレビューをちょくちょく見かけたはずです。でも、どうなんだろうなあ。あまり、そういうあからさまな図式に当てはめなくてもいいような?

ストーリーは、最初から最後まで、淡々と進みます。誰も熱血することなく、誰も声を荒げることなく。全体に温度が低いかんじ。けれども、一つ一つのエピソードは重い。

就職直前の診察で自分の死期が近いことを知ったヒロインのラムは、誰にも涙を見せず、今すぐ結婚しようという彼氏も振ってしまって、諦めの境地で毎日を過ごしています。今まで甘やかしてもらうことのなかった父親との心理的な距離も遠めで、心配されていることすら、よく分かっていない。

そんなとき、スコットランド人(母親は中国人)の船員テッドと知り合い、死者の魂が帰っていくという「世界の涯て」と呼ばれる場所の話をしてくれた彼に、自分の希望を投影するようになります。彼のことを、魔法使いであるかのように夢想してみたりして。

その彼が何も言わず港から姿を消した4日後にラムは偶然、失せもの捜索業を営むモンゴル出身のナーハオチュンに出会います。彼は香港を離れる寸前だったテッドを奇跡的に見つけ出してくれ、その後もその仕事ぶりに接し続けたラムは、今度はナーのなかに「魔法使い」を見るようになっていく。

でも、たとえ不可能と思われたミッションを可能にできても、どうしようもないことは厳然と存在している。本当は魔法使いなんて、いないのだという現実が、ラムを打ちのめす日がやってくる。そこから、物語は別の局面へと動き始めます。

お金持ちの家のお嬢さんであるラムの周辺と、テッドやナー(特にナー)の周辺との経済その他の格差が、くっきりと浮き彫りにされているのが印象的でした。時に現実感のない、ファンタジックに美しい画面なのに。でも、どの登場人物も、本当は他者と比べて特に不幸なわけでもなく、特にラッキーなわけでもなく、ただそれぞれの人生を背負っているだけなのだ。

舞台がスコットランドに移ってからの各シーンも、寂しい風景ばかりだけれど、美しかった。特にラスト近く、ラムとテッドが「世界の涯て」の島にわたったときの、荒涼とした誰もいないところから丘を登ると突然、「夏が来る(寒流と暖流が入れ替わる)」瞬間の海を見にやってきた人々が、わらわらと崖の淵に向かって歩いて行く場面に遭遇するシーンが、なんだか妙に「ぐっ」と来るんだよねえ。

ナーハオチュンを演じた金城武は、寂しがりやの裏返しの人懐っこさを備え、いつも前向きで現実を見失うことがないのに、ちょっと世間から浮いたような雰囲気もある異邦人のキャラが、すごく似合ってます。普通の人なのに、どこか特別。そしてそれはおそらく、どんな人でも、その人を好きでいる周囲の人々にとっては例外なく特別なのだということをスクリーン上で表現しているような、そういう特別さなのだ。

オープニングとエンディング、そして途中でも流れる、レナード・コーエンの歌声が、ぴったり。聴くたびに、この曲が収録されてるCD欲しくなる(でも今のところ買ってない)。

Posted at 2005年8月12日 00:05



All texts written by NARANO, Naomi. HOME