« 2005年8月 | 最近 | 2005年10月 »

2005年9月 1日

サイト9周年

サイト管理

いいんだ、たとえ1ヶ月に数回しか更新してなくたって、存続していることは事実なんだから、臆面もなく開設9周年って言ってもいいんだ!

……と、いろんな方面に心の中で言い訳しつつ。

サイトをオープンした1996年当時のトップページなんかは、去年の9月1日に出したので、今日はその頃使っていたパソコンの写真でも出してみよう。FM TOWNS II MF17T(CPU 486SX 33MHz/RAM 6MB/HD 内蔵170MB+外付け500MB/OS Windows 3.1+Towns System Software V2.1 L50)……あ、マシン本体が写ってない。左手の奥に見えるのは外付けのハードディスクです。モデムも外付けだったなあ。MF17T というのはテレビ端子のついたモデルだったんだけど、結局ほとんど使ってませんでした。一時期、TVアンテナには接続せずビデオデッキだけつないでたかな。

towns.jpg

実は今年7月に数日間、実家に帰っていて、そのとき両親の要請を受けて実家に置きっぱなしになっていた私の持ち物を一掃したのです。で、思い出のこのマシンも記念撮影だけして処分。寂しいけど、今更こっちに引き取っても、置き場所ないし。

ちなみにキーボードは、今では世間ですっかり冷遇されている親指シフト配列。富士通の純正品だよん。当時は、個人でインターネットにつないだりサイトを作ったりしている人がまだ少なかったので、うちみたいなへぼサイトでも、書いたことに対する反応の返り方がすごくよくて、親指シフトのことにちらっと日記で触れたら、速攻で富士通にお勤めの方のサイトからリンクされたり、キーボードの開発に関わっている方からメールをいただいたりと、今思えばすごく「世界が狭い」かんじでした。ぜんっぜんジャンルの違うサイトをやっていても、とにかく「個人サイトを持っている」というだけで、そこはかとなく連帯感、みたいな。

あの頃は「親指シフト以外での入力じゃ仕事にならない!」とか思ってましたが、結局、いつのまにかすっかりローマ字入力に馴染んでるなあ。やはり会社勤めで普通のキーボードしかないマシンをあてがわれるとねえ。本気で高速入力するなら、やっぱり「親指シフト配列」での指の動きのほうが理にかなっているよなあ、とは今でも思っていますが。

なんかどんどん「サイト9周年」から話がずれましたが、今後ともよろしくお願いします。

Posted at 15:34 | 個別リンク用URL | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年9月 3日

『小学生日記』への思い入れのことなど

読了本 | 書籍・雑誌

3月に読んだ、hanae*ちゃんの『小学生日記』(角川文庫)について、先日(って、もう半月以上も前のことになってしまいましたが)思いがけず「駄犬堂書店」の黒犬さんからトラックバックをいただいたので、今更ながら、以前某所で書いてみたあと、なんか言い足りないような気がしてそのまま放置してあったロング・バージョンの感想文を一部修正して使いまわしてみます。今でもやっぱりなんかもっとほかに書きようあるだろ、と思っていますが。


どうも『小学生日記』がツボに入ったのは、私の個人的な記憶とシンクロする部分が大きいからかなあ、とも思い始めて、どういう書き方をすべきか迷っているですよ。特に、一番グッときた文章が、アメリカ育ちのお兄ちゃんネタ、というあたりが、ちょっとね。

このモトイという名のお兄ちゃんは、ご両親が離婚してお母さんがハナエちゃん(当時6歳)と一緒に日本に帰国したあとも、ずっとアメリカ人のお父さんのもとに残っていたんだけど、中学に上がる直前にお母さんと新しいお父さんに引き取られて、日本で暮らすことになりました。アメリカでは、勉強もスポーツもコンピュータいじりも楽器演奏も人並み以上でオールマイティな元気者だった彼が、日本では言葉の壁に阻まれ、できることを制限され、徐々にストレス溜めていきます。そのようすを、小学4年生のハナエちゃんが共感とともに克明に綴っています。母はモトイの成績が悪いと怒るけど、私にはモトイの気持ちも焦りも理解できるような気がする、と。

学校ではできるだけ日本語を使う、などと自主的に決めてがんばってきた彼が、ついに限界に達したとき、自分を叱り付ける母親をまっすぐに見つめて、
"I wasn't like this in America."
(ぼくは、アメリカではこんなじゃなかった)
と言うくだりで、私は泣きそうになりました。

私自身が日本を離れていたのは、小学校時代の3年間のみだから、帰国子女というほどのもんではありません。日本語より英語のほうが楽だと思ったことなど、生まれてこの方、一度もないし。ところがそんな私でも、日本の小学校をやめてアメリカの小学校に入ったときと比べて、アメリカの小学校をやめて日本の小学校に編入したときのほうが断然、精神的にきつかった。今でも、帰国直後の数ヶ月は、記憶から抹消したいと思っているくらい。

アメリカという国には、今ではいろいろと複雑な思いを抱いていますが、少なくともコドモにとっては、治安のことはさておき、精神的にはのびのびと暮らしやすいところだったんじゃないかと思います(地域にもよるのかな)。単に年齢が低いほうが、環境の変化に適応しやすいってだけだったのかもしれないんだけど。

とにかく私程度でああだったんだから、アメリカ生まれのモトイくんが中学から突然、日本の学校に通うのって、どれだけ大変だったことだろう。

そしてまた、ハナエちゃんの文章が、本当に小学生離れした的確な表現力に基づいて書かれているのだ。「モトイは悔しがった」とかじゃなく、「モトイの顔は真っ赤になり、メガネの奥から涙がこぼれるのが見えた」って書くんだもん。ここで、どきゅーんと撃たれましたよ私は。状況を伝えるためのちょっとしたエピソードの選び方なんかも巧い。モトイの気持ちは理解できる、とハナエちゃんは書くけど、ここに出てくるお母さんの言動を読んでたら、お母さん側の気持ちも、ハナエちゃんは子供なりにちゃんと理解しているのだなということが分かるのです。

ものすごく、「周囲の空気を読んでいる」子だなあ、と思った。作文の題材となる自分のリアルな周囲に対する観察力と、自分の作文を直接目の前にはいない読み手がどう受け止めるかという想像力とを、兼ね備えてて。

だってさー、たとえばネット見てても、その部分が致命的に欠けてる文章書く人、大人にも大勢いるよ? 自分を棚にあげて言うけど。

ハナエちゃん自身は、塾の選抜試験に合格するほど成績よくって、親子関係も良好で、仲のいいお友達もいて、モデル等のお仕事もきちんとこなしてて、なのに、文章読んでると、すごく感覚が「普通の子」でもあって。ハーフの帰国子女としては、ものすごくうまく適応してる例でしょう。萎縮して周囲に合わせてるわけじゃなく、背伸びして優等生なわけじゃなく、自然にこうなったんだなってかんじの。

ただ、それが実は「自然に」ってわけでもないのかもしれない、むしろ努力の賜物なんだな、と確信したのは、本書の終わりのほうの文章に、こうあるのを読んだときでした。


「わたしが日本に帰ってきて最初に『しちゃいけない』と思ったのは、『showyになること(人前で自慢するみたいなこと)』だった。べつに悪いことだと思ってなかったけど、何となく日本ではダメなんだな、ってすぐにわかった」


そう思った当時の彼女は、6歳。それから彼女は、「日本人らしくしよう」と考えて、でもその反面、アメリカで暮らしているときには意識して「アメリカ人らしくしよう」と思ったことなんかないのに、どうして? とそんな自分に疑問も感じて。で、そもそも、みんなそれぞれ違ってることが当たり前だから、アメリカには「アメリカ人らしさ」という概念自体がなかったんだな、という分析までして。

ハナエちゃんの言う「showyになっちゃダメ」っていうの、ああ、すごく分かる……と思ったのです。日本のコドモ社会って、「浮いてる」人に対して、時々おそろしく不寛容なことなかったですか。平穏な学校生活を送るには、平均値でいることが一番、みたいな。それと本人がshowyになってるつもりなくても、ただマジョリティと違っているだけで、showyだと判断されちゃうってとこ、あったと思う。加えて、コドモには自力で逃げていける場がものすごく限られているんだよな。オトナは自分の居心地のいい場所をある程度、自分で求めて動くことができるんだけど。

この本のなかの小学生時代のハナエちゃんが、モデルをやったり文章を書いて商業誌で発表したりと、周囲の子供たちのなかでは突出した個性を発揮していると同時に、ちゃんと小学生社会のなかにも居場所を持っているように見えるのは、こうやって6歳のときから(無意識の部分も大きいかもしれないけど)、常に周囲の事象を分析し、自分と社会との「バランスのとり方」を模索してきた結果なのかもしれません。そう思うと、なんだかものすごく、この子がいじらしく、また尊敬に値すると感じられるようになってきたのでした。

本書の「あとがき」で、好きな本をいろいろ挙げるなかで、ある絵本のキャラクターの
「I'll always be me, and I like that.」
というセリフを引用しているのを読んだら、もう「その調子でがんばれよー」と応援するしかないじゃんという気持ちです。


(ハナエちゃんの芸名は hanae* と表記するらしいんだけど、日記の中では本人が「ハナエ」表記をしているので、そっちで書かせていただきました。)

(最初に書いた時期:2005年4月上旬)

Posted at 02:39 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年9月14日

『銀河ヒッチハイク・ガイド』(映画版)

映画・テレビ

2005年のアメリカ・イギリス映画。原題:The Hitchhiker's Guide to Galaxy。監督:ガース・ジェニングス。出演:マーティン・フリーマン、モス・デフ、サム・ロックウェル、ズーイー・デシャネル、ウォーウィック・デイヴィス、アラン・リックマン(声)他。【公式サイト】

伝説の古典お馬鹿SF『銀河ヒッチハイク・ガイド』(←リンク先は原作本の感想)、ついに映画化! というわけで、映画化情報を知って以来、期待と不安にどきどきしながら公開を待っていたわけです。ええ、公開初日の9月10日に、行ってまいりましたよ!

えーとね、ほんっとに、お馬鹿映画でした。もちろん(2時間程度でまとめなくちゃいけないわけだから)原作そのままではなく、随分内容をすっきり分かりやすい話に整理したなあという印象だけど、ちゃんと原作どおりに、お馬鹿でハチャメチャでチープでした(褒め言葉)。

原作を日本語で読んだときにも、この皮肉っぽい、結局は人生そのものが馬鹿話の連続だよねーなどと思わせてくれるコメディ・センスはいかにもイギリス作品……と思ったのだけれど、俳優さんたちがイギリス英語で演じてくれると、ますますそれを実感。このお話、もともと小説になる前にラジオドラマとして発表されたそうだけれど、それも聴いてみたかったなあ。

個人的に、映画版ではオープニングにハートをつかまれた! たしかに原作にも書いてあるエピソードなんだけど、あれを冒頭に持ってこられてあんなふうに演出されると、「こ、これ何の映画だっけ?」と“目が点”状態に。でも好きだー! DVDが出たらこのオープニングだけエンドレスで再生したいくらい。

宇宙で一番うしろ向きな精神を持つロボット、マーヴィンの造形は、前にも書いたんだけど、なんだか川原泉のマンガに出てくる宇宙人みたいで、原作読んでイメージしてたのとはまったく違ってたので、最初はどうなることやら、と思っていました。でも、これはこれでアリかなー。アラン・リックマン(ハリポタのスネイプ先生)がしぶーい低音の声でウツウツと語ってくれるし。かわええ!

けれどもね、おしまいに画面中央に「For Douglas(ダグラスに捧ぐ)」という文字が浮かんだときには、ちょっとホロリとしちゃったよ。うわーん、こんな阿呆映画で泣いたりしてごめんなさいー。でも原作者(この映画の脚本のベースとなった映画用脚本を自分で書いてた)の故ダグラス・アダムスさん(2001年に49歳で急逝)にも、完成した映画を観てほしかったよねえ。

原作本の新潮文庫版を(2冊も)持っているのに、ついつい新訳の河出文庫も買っちゃったぜー。 河出版、まだパラパラめくっただけだけど、映画の字幕は、固有名詞の発音表記が一部、より英語に近い読みになっているのを除けば、今回の映画化にあわせて発売されたこの河出版よりも、どちらかというと現在絶版の新潮版に近いんだろうか? 決めの言葉も「あわてるな!」だし。河出版は「パニクるな!」になっていてびっくりした(笑)。

それにしても、日本では今ひとつ、盛り上がってませんよねえ、この映画。英語圏では興行トップを取った週もあったりと、かなりの盛り上がりっぷりだったのに。 BBCのサイトでは、公開前から専用の応援ページなんかも出来てたりしたし。


盛り下がり其の1
なんせ、日本では上映される場所が、全国でたったの9館。しかも関東より北、関西より南には上映館なし。

盛り下がり其の2
そのなかでも私が行ったシネコンでは、たったの57席しかない、設備の整ったプレミア・スクリーンのみでの上映……って、これは一見「冷遇」ではないようなのだが、ここって普段は、通常のスクリーンでも上映してる作品を、追加料金払ってゆったり鑑賞するための部屋だよねえ。要するに、収容人数の多いハコをつぶす価値のない、57席しかないところでの上映で十分な集客力のない作品だと見なされたのである。ちなみに、通常料金でした。プレミアム料金を取らずにお客を入れるデメリットより、通常スクリーンをこの映画のために塞ぐデメリットのほうが大きいと判断したのでしょう。

盛り下がり其の3
初日とはいえ初回上映ではなかったのに、映画館内の売店で「銀河ヒッチハイク・ガイドのパンフレットください」と言ったら、売店の人は該当するパンフがどれだか分からなくて、あたふたしていた。ほかにパンフ買った人いないのか!

盛り下がり其の4
57席しかないのに、空席がちらほら……。

盛り下がり其の5
映画がエンドロールに入った時点で、さらに人が減ってたような気がしてならない(つまり、あまりの馬鹿馬鹿しさに途中でイヤになって退席した人がいるに違いない)。少なくとも、エンドロールが始まった瞬間、そそくさと出ていった人は多数。(でもエンドロールの途中にもネタが挟まっているので、ファンは本編ラストシーンのあとも座ったままで、最後まで観ていましょう。)


とにかく、万人にお勧めはできないけど、私は楽しゅうございました。真面目な人が見たら怒りそうな作品で、あっという間に上映が終わってしまいそうな予感がするので、興味のある人はお早めに!

(ひとりごと。あのイルカさんたちに、『スタープレックス』のイルカをやってほしいなあ……。)

Posted at 02:30 | 個別リンク用URL | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年9月23日

『頭文字D THE MOVIE』(字幕版)

映画・テレビ

2005年の香港映画。原題『頭文字D (Initial D)』。監督:劉偉強(アンドリュー・ラウ)、麥兆輝(アラン・マック)。出演:周杰倫(ジェイ・チョウ)、鈴木杏、陳冠希(エディソン・チャン)、余文樂(ショーン・ユー)、黄秋生(アンソニー・ウォン)他。

先週の土曜日(公開初日)に行って来ました。客層が、クルマ好きっぽい人と原作好きっぽい人(この2つは、重なるのか?)と香港電影好きっぽい人のごた混ぜ状態で面白かった。

日本の人気レーシング・コミックを、舞台設定は日本のままで、撮影場所も日本で、香港のスタッフとキャストが映画化。日本国内での上映はほとんどが日本語吹き替え版ということだったのだけれど、敢えて字幕版やってるところを探して鑑賞。

本編のセリフの吹き替え自体は、それほど抵抗なかったんだけど、オリジナル版の主題歌を、日本の新人さんグループのデビュー曲に差し替えたエンドロールがどうしても嫌だったので。やっぱここは、主演のジェイ・チョウがこの映画のために書き下ろした北京語主題歌でしょー。

原作をまったく知らないので、ふつーに楽しめました。舞台設定が日本でも、見事にノリは香港映画でしたが。でも勝負モノ少年漫画にありがちな無駄に暑苦しく現実を超越した雰囲気とかは、けっこう香港映画と相性いいんじゃないだろうか、と思ってしまった。いや、原作を読んでないんだけどさ。

クルマのことはさっぱり分からないのですが、それでもレースのシーンは、身体に力が入っちゃったよ。すごい緊迫感。あと、ヘアピンカーブを見せるための上空からのショットで、日本の山ってきれいなんだわ、と改めて感動しました。

ただ、おうちの手伝いをするためとはいえ中学生の頃から無免許で公道を走ってた子が、そのおかげで免許の取れる18歳になった時点では年齢に不相応な運転テクニックを身につけていたという設定で、良い子は寝ているべき深夜に起き出してきてどー考えても道路交通法違反な走り方で勝っただの負けただのやいのやいの周囲に煽られてその気になっちゃってるような話を、素直に面白がってていいんだろうか?? という戸惑いが最後まで払拭できず。

いや、それを言うなら、私が中高時代に(途中まで)愛読していた同じ作者の漫画『バリバリ伝説』もそうなんだけど、あっちはわりと早い時期に公道を引き上げてサーキットでのレースの世界に入っていったから、比較的すんなり受け入れられたんだと思う。原作ではどうなっているんだろう?

『バリ伝』のみぃちゃんだって、免許を取る前からバイクに乗ってたけど、彼女はお金持ちのパパが小さい頃からサーキットに連れて行ってたっていう設定だったじゃんー。やっぱ無免許で公道はいかんのではー。

頭のカタいわからんちんな感想ですみませんなあ、というかんじですが。これが歳を取るということなのかしら?

それにしても、日本のどこかに、ジェイ・チョウがバイトしていてショーン・ユーやエディソン・チャンがふらりと立ち寄るようなガソリンスタンドが本当に存在するのなら、わたしゃ卒倒しちゃいますよ! 強烈だわー。あと、夏休み中設定なのでほとんど出て来ないけど、ジェイが日本の学生服を着ているよ! と心の中でのたうちまわってみたり(笑)。

これが本格的な映画出演は初めてのジェイ・チョウ、意外とよかった。この、物語が開始した時点ではまだ「誰かと競う」という発想を持っていないマイペースの素朴な主人公は、変に正当派美形の映画スターじゃなくて正解(ジェイ・チョウはちゃんと正当派美形だ、と思っている人がいたらごめんなさい)。一見、淡々としてるんだけど、実はすごい底力ありますよ、という。ただそれって……本業のミュージシャンとしてのご本人のイメージとも、かぶるんだよなあ。だから「演技力」という点では、よく分からん(笑)。まあとにかく、自然体でキュートでしたよ。

主人公の父親役のアンソニー・ウォンは、相変わらず存在感ありました。駄目親父なのに、やたらカッコいい。ここの豆腐屋親子のやりとりは好きだったなあ。

脚本は、長い原作をどの程度、盛り込んだのか知らないけど、「青春のほろ苦い1ページを切り取りました」みたいなかんじにまとめてありましたね。鈴木杏ちゃんのヒロインなんか、すごい中途半端な扱いだよなあ。これで終わったらマジで「通過点」、主人公が次のステップに進むための「踏み台」。続編作るのかしら?

ライバル役の、ショーン・ユーとエディソン・チャン。同じ監督の「インファナル・アフェア」シリーズでは、この若手2人なら断然ショーン・ユーが有望株、と思っていたのですが、この映画では、エディソン・チャンが素敵でした。悪徳警官でも吸血鬼でもなく身体をクニャクニャさせながらラップを歌ったりもしない彼を見たのが初めてだったせいかもしれません(おい)。どのシーンでも表情が決まっていて美しかった。「あれ、この子って、こんな可愛かったっけ?」と焦ってしまいましたもの。しかしこのライバルたち、敵であるはずのジェイに塩を送りまくりでしたが、そんなお人よしなことで大丈夫なんでしょうか?

そしてパンフに掲載されている原作者インタビューで、しげの秀一が主演俳優の名前さえ覚えておらず、「普通っぽいのがよい」だの「イケメンではない」だの言ったあと、彼の業績についてなんのフォローもしていないのを読んで、「ジェイはルックスよりも作曲と歌唱の才能でのしあがったアジア・ポップス界のトップ・アーティストなのに! 日本以外のアジア全域でこの映画が大ヒットしたのは、ジェイ・チョウ人気のおかげなのに!」と、なんとも言えない微妙な気分に。

驚きなのは、日本で発売されている映画サントラCDにさえ、ジェイの歌が入っていないこと。「オリジナル版テーマソング」として、日本バージョンの主題歌と一緒に収録するくらいのことはしてもいいんじゃないか? 挿入歌の「一路向北(All the way north)」なんて、言葉分からなくてもすごくいい曲だと思ったけどなー。そんなにも、「これはもともとは中国語圏の映画です」ということを、一般のお客さんに意識させないようにしたいのか?

特にものすごくジェイのファンというほどでもなく、「わりと好きかも」レベルでちょこっとCD(もらいもの含む)を持ってるだけの私でも、日本での扱われ方を見ていてこんなにイラッとするんだから、真性のファンの人たちは、どんなにじれったくもどかしい気持ちでいることだろう。それとももう、割り切っちゃってるのかな?

Posted at 22:41 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年9月30日

2005年9月に読んだ本

読了本 | 書籍・雑誌

結局、先月からの読みかけ本の消化はあまりできなかった。


山口雅也『チャット隠れ鬼』(光文社,2005)
残念ながら、思ったほど楽しめませんでした。山口雅也という名前を見て、新奇なものを期待しすぎたのかもしれない。【Amazon.co.jp】


嶽本野ばら『下妻物語・完〜ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件〜』(小学館,2005)
なぜに突然、殺人事件(笑)。最初の『下妻物語』のラストがあまりに鮮やかだったので、続編ねえ……と読みたいような読みたくないような気持ちでした。うーん、やっぱり、前のやつほどには楽しめなかったような気がする。しかし映画を観てしまったあとだと、どうしても桃子ちゃんの脳内ビジュアルが深田恭子ちゃんになってしまうぞ。乙女としての独自の価値観でハードボイルドに生きてる桃子とイチゴが、それでもやっぱり社会の中での自分の役割やそれぞれの道を見つけていくことになる今回の続編は、前向きでありながらもちょっと切ない。それが大人になるということなのだと分かってはいても。【Amazon.co.jp】


長野まゆみ『天然理科少年』(文春文庫,2005)
親本1996年、角川書店。長野まゆみっぽいものが読みたいときに安心して読めるいつもの長野まゆみ。……っていう感想はちょっと自分でもどうかと思うが。さすらい人な父親にくっついて全国各地を転々としているこのお話の主人公のような、幻想的な舞台設定から決して浮いてないんだけど、微妙に現実的な感覚も持ち合わせている男の子は好き。給食のメニューを参考にお父さん受けしない料理のレパートリーを増やしているところとか、ちょっとツボ。【Amazon.co.jp】


篠田顕子『愛の両がわ〜ボウス・サイズ・ナウ〜』(原書房,2004)
同時通訳者として非常に有名な方の自伝。お父さんのお仕事の関係で海外で暮らした子供時代(当時は船で2ヶ月とかかけて渡航するんだよ!)、国際基督教大学からボランティアとして参加した海外活動、そこで出会った人との国際結婚、離婚、通訳への転職、闘病……。
この人の仕事がらみのエッセイは前に読んでいて、すごい人だと思っていたのだけれど、こんなに波乱万丈な経歴だったとは。なんていうか、常に一生懸命、時には、自分に厳しすぎるほど、何事にも真面目に取り組んで成果を出してきた人なのですね。
ところで、この人が子供を産んでシアトル市に引っ越したのって、私が親の転勤でシアトルに引っ越した頃とほぼ同時期だということを初めて知ったよ。あの頃、おんなじ街にいたのか! まあ、あそこは当時から日本人が多くて、ただ日本人というだけでは同じコミュニティの住人にはならないので、うちの親とも接点はなかったと思うけど。【Amazon.co.jp】


伊藤理佐『やっちまったよ一戸建て!!』第1巻(文春文庫PLUS,2005)
親本2001年。著者の人が、半ば勢いで自分の家を建てるまでの顛末。この巻ではまだ建ってないけど。
自分たちが新居を建てる土地を探して不動産屋さんと一緒にさまよっていた頃のことなども、そこはかとなく思い出しつつ読了。あの頃、こんなのでいかがでしょう、と設計図を描いてもらっても、「激烈にめんどくさそう」としか思えなかった私です。で、結局は最初に購入しかけてた土地に横槍が入ったときに、ちょうどものすごく都合のよい場所に、かなり都合のよい間取りの中古の家が売りに出ているのを見つけたので、もうこれ買ってちょっとリフォームすればいーじゃん、となってしまったわけですが。やっぱり、あのまま新築で考えてなくてよかった。やっぱり、一からおうちを作るのって、激烈にめんどくさいんだ。わしらには無理だったよ。いや、ふつーの人は、その「自分だけの家」を作っていく過程も大変でありつつ楽しいんでしょうけど。【Amazon.co.jp】


二ノ宮知子『のだめカンタービレ』第13巻
初版付録のキャラクターしおりは、のだめでした。本当は黒木くんが欲しかった!【Amazon.co.jp】


藤谷陽子/原作・我孫子武丸『スライハンド』(マッグガーデン BLADE COMICS, 2005)
絵柄もストーリーも好みなのに……基本設定が出揃ったとたんに終了しているよ。これで続巻ナシなんてひどいや! 全然、問題解決してないじゃん! なんでこんなところで連載終わってるんですか! いつか、なんらかの形で続きが読めるといいなあ。できれば、我孫子さんの小説としてより、やっぱりこの絵柄の漫画として読みたいなあ。このビジュアルで脳内に定着したので。【Amazon.co.jp】

Posted at 05:56 | 個別リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年8月 | 最近 | 2005年10月 »


Generated by Movable Type  

All texts written by NARANO, Naomi.