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2005年10月20日

『チャーリーとチョコレート工場』

映画・テレビ

2005年のアメリカ映画。原題『Charlie and the Chocolate Factory』。監督:ティム・バートン。出演:ジョニー・デップ、フレディー・ハイモア、デイビッド・ケリー、ヘレナ・ボナム=カーター、クリストファー・リー他。
【公式サイト】

ロアルド・ダールの同名小説(邦題『チョコレート工場の秘密』)の映画化。この原作は、1971年にもジーン・ワイルダー主演で映画化されています。そのときのタイトルは『夢のチョコレート工場 (Willy Wonka & the Chocolate Factory)』。

原作準拠のところや細かいお遊びはとっても楽しめました。破天荒な工場内の風景やウンパ・ルンパのお歌とダンスは素敵だし、チャーリーの薄幸っぽくも健気な良い子っぷりも可愛いし、ジョー爺さんお茶目だし。

あと、「いけすかないガキども」のうちの女の子2人が、どちらもお人形さんのような人工的美少女で目の保養でした。もう1人、超ナマイキなゲーム小僧の子も、『Second Sight 2』に出演していた時代のトム・フェルトンくんに微妙に似ているように思えて(←なんかマニアックな連想だな)個人的には高ポイント。ほかの映画のパロディ的なシーンなどが散りばめられている遊び心もマル。

しかしながら、映画オリジナル設定の部分が全部、私には駄目でした。むしろ、観る前はその部分が一番楽しみだったのに。ジョニー・デップとクリストファー・リーが親子だなんて、すごいじゃないですか。ところが実際に目にしてしまうと、拒否感だけが残りました。

別に、映画と原作の違いを楽しめない人間ではないつもりだったんだけどなあ。『指輪』映画で、原作では50歳のおじさんであるところのフロド・バギンズを20歳かそこらのイライジャ・ウッドがやったことにだって、文句つけたことない私なのになあ。なのに、ジョニー・デップが演じる、原作本の挿絵よりちょっぴり若造なワンカさん(敢えて字幕のようにウォンカさんとは言わぬ)は、受け入れられませんでした。

ジョニー・デップの演技自体は、すごくよかったと思うんですが。作品ごとに、存在そのものが全然違う人みたいになるよね、ジョニー・デップは。こういう人を、真の役者というのでしょう。うーむ。

何が嫌って、私の心の中のワンカさんは、映画の中で描かれていたような子供の頃のトラウマなんて、もしあったとしても、ゴールデン・チケット企画を考え付いて他人を自分の城に迎え入れる決心をした時点では、自力で乗り越えているはずなのです。すべてを達観して突き抜けて、心の安定を得てああいう奇矯な非常識人として完成されていたはずなのです。だから原作のワンカさんは、映画の中での彼がチャーリーの家族と最初に対面したときみたいな、ああいった態度は取らなかったでしょう?

私の心の中のワンカさんは、チャーリーごときの言葉で動揺したりスランプに陥ったり、人生の転期を迎えたりはしないのです。もう、とにかく「悔しい! ワンカさんはあんな人じゃないのに!」と歯噛みをしながら映画館を後にしましたことよ。

大体、『チャーリーとチョコレート工場』の主人公は、チャーリーなのに、なぜそこで、「ワンカさんの人生の物語」を挿入して、ワンカさんに人間的な弱点を設定したり、彼視点のビジョンを導入する必要があるんでしょうか!? ワンカさんは、ワンカさんは、少なくともチャーリーに出会った時点では、もっともっと達観した「オトナな変人」のはず!

……もしかして、「作品の目指すところ」が変わってしまったのが、拒否感の原因なのかしら? テーマが変わったら、その他の表面的なディテールがどんなに原作準拠でも、それはもう私にとっては「原作の映像化」ではなくなってしまうということなのかしら。だって今までの経験からして、原作付きの映像作品でディテールがどんなに違っていても、作品の中核の部分がちゃんと中核のままであれば、よっぽどでないかぎり私は満足するのです。『ハウルの動く城』のときのもやもやも、結局はそれだもんなあ。最初から「二次創作」、「パロディ」だと思っていれば、受け入れられたのかも。ハウルにしてもこれにしても、映像作品としては、とても面白く鑑賞したものね。

ところで、私が行った映画館では、上映中にチョコレートの香りを流していると書いてあったんだけど、残念ながら隣の席に座った人がずーっとチキン・ナゲットやフライド・ポテトを食べていたため、そっちの匂いにかき消されてさっぱり感知できませんでした。

【10/25 追記】
原作本をざっと読み返してみました。えーと、上の感想だと、私が不満を感じたのは、ワンカさんの「いい人」の部分がなくなっているから、とも取れそうなんだけど、むしろ原作のワンカさんの「毒」が、映画では薄まっているところが私には違和感だったのかも。

映画のウォンカさんだと、「彼は子供時代に親との関係をうまく築けていないので、親に猫可愛がりされてるガキに冷淡なのはその後遺症なのよ」みたいなエクスキューズが与えられてしまっているのだ。

だからそのトラウマが解消されたときには、映画のウォンカさんはソフトでイノセントな、人の言うことに聞く耳持った人になってしまう。原作のワンカさんは、たとえばチャーリーの家族に対しても友好的ではあるけど、最後の最後まで人の言うことなんか聞いちゃいない独善的に突っ走る人だよね。

もっと、あっけらかんと、なんの屈託もなく、トラウマのせいなんかじゃなく、バッサバッサと確信犯でスポイルされた子供たちとその親を切り捨てて奈落の底に突き落としてほしかったの! ファミリー映画では無理?

まあ、原作を念頭におかなければ、よくできた映画ではあります。

Posted at 2005年10月20日 14:43

コメント

う〜ん・・・・・ダメでしたか。
私は、今年観た中では一・二を争うかな、くらい好きな映画でしたので、残念(^_^;)

ウンパッパルンパッパがイメージと激しく違う! 初め出てきた時は、心の中でギャー!っと叫んでしまいました。
コビトでも大人なのだから、あれもアリかなと。すぐ慣れました(笑)

内容は「チャーリーとチョコレート工場」というより、「チャーリーとウォンカさん」(敢て「ウォンカさん」で)という感じがしました。中身が“しっかりした家族想いの大人”の子供と、中身が“家族愛に飢えた無邪気な子供”の大人の話。
チャーリーだけが夢見る子供じゃなくて、ウォンカさんも一緒の目線で、バランスが取れていていいな〜と感じたのですが。その分ラストに納得。
確かに原作とはキャラクターのイメージが違いましたね。

それにしても、チョコレートの香りを流している映画館って素敵(^^)

投稿者 かえる : 2005年10月21日 17:49



いやその、「ダメ」ってことではなかったんです。映画単体としては、すごくよくできてたと思います。

ただ、私自身が子供の頃にあの原作を読んで、悲惨な境遇にあったチャーリーを奇跡的に助けてくれる、常識外れだけどスーパーマン的な救世主のワンカさんにものすごーーーく思い入れして憧れていたので、「子供」の部分を残していてチャーリーによって救われなければならない彼、という描写にショックを受けてしまったのでした。

原作の、砂糖菓子の船でチョコレートの川を進んでいくときに、ガリガリに痩せたチャーリーとおじいちゃんに川からチョコレートを汲み上げてくれて「おたくには食べ物が充分なかったんですか?」みたいに気遣うシーンとか、今思い出してもホロリと来るんだけど、映画の該当シーンは、ウォンカさん自分の子供時代のトラウマに思いを馳せちゃって、全然そういうかんじじゃないしなー(笑)。

まったく別物の「ああいう話」として見れば、うまくまとめてあったと思います。次に見るときには、普通に楽しめると思います。

ウンパッパな人たちは、実は私は最初から平気でした。楽しかったー。お歌も、原作の歌詞そのままだけど、ああいう曲にしますか! みたいな。大ウケ。

投稿者 ならの : 2005年10月23日 02:17





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