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2007年4月 3日

墨攻

映画・テレビ

2006年、中国・日本・香港・韓国
原題:墨攻/A Battle of Wits (公式サイト)
監督/脚本/製作:張之亮(ジェイコブ・チャン)
キャスト:劉徳華(アンディ・ラウ)、アン・ソンギ、范冰冰(ファン・ビンビン)、呉奇隆(ウー・チーロン)

酒見賢一の小説の漫画版(作画:森秀樹/脚本:久保田千太郎)の映画化。

上映初日だった2月3日に観たんですが、今頃の感想文です。すみません。

紀元前370年頃、戦国時代の中国。趙国と燕国の堺に位置する梁城は、趙により燕への進攻の要とみなされ、危機に晒されていた。住民わずか4000人の梁に対し、攻めてきた趙の軍勢は10万人。

そこへ現れたのが、革離(アンディ・ラウ)という男。「非攻・兼愛」を説く墨家という思想集団に属する彼は、攻め入られて助けを求める人々のために各地に出向いて働く、守備戦術のエキスパートだった。戦いの総指揮を任された彼の多彩なアイディアで、梁城はなんとか敵の攻撃にも持ち堪える。

しかしいったん希望が見えてくると、梁の支配層は、革離(というか墨家)の「戦いの目的は、自らが生存の危機に晒された場合の防衛のみ。こちらから理不尽な侵略・殺人をしてはならない」という思想を、「婦女子の道徳」、「国の繁栄を妨げる考え方」として見下し、さらには革離が民衆に熱狂的に支持されはじめたことを危惧して排除にかかる……。

やー、なんか、期待値を大幅に越えて、すっごい面白かった!
脚本が、予想以上にしっかりしていて驚いた。全体的に画面は地味〜なんですけど。でも、ストーリーの主旨からすると、これは整然とした美しい画面であってはいけないんだ。

そう、これは、とても面白いんだけど、苦いお話でもある。

前半の、革離が梁を守り抜くところでも、その巧みな戦術を繰り広げるさまの面白さに引き込まれる一方で、彼が自分の仕掛けた戦術に嵌って死んでいく趙の軍人たちを目の当たりにして悩みはじめたり、降伏して武器を捨てた敵まで殺戮してしまう梁のやり方にショックを受けたりと、単純明快なヒーローになりきれない部分が描かれて、遠くのほうに暗雲が見えてるかんじ。

で、後半からは、せっかく知力の限りを尽くして守ってあげた梁から革離は手酷い裏切りを受け、守備であろうが侵略であろうが「殺し合いによって国や人同士の力のバランスを変えていくこと」そのものの矛盾や理不尽が噴出して、やり切れない話になっていく。また、墨家の思想である「兼愛=平等に愛すること」を実践してきた革離が、ある特定の人に惹かれてしまったとき、取るべき道はどこにあるのか。

結局、思想家である革離にも、すっきりとした答えは本当には見えてなかったんじゃないかな。でも、己の道徳に従って、目の前のことをやっていくしかないんだ。

アンディ・ラウは、ほんと、40代に入ってからのほうが、ギラギラしたところがなくなって、断然いいかんじだよなあ。すっきりしてる。小汚いボロ服を着込んでヒゲを生やし、私利私欲を捨てた流浪の思想家が、こんなに似合って、しかもカッコいいなんて。

しかし、ヒロインに笑いかけるときの表情だけが、ボロボロのドロドロな格好をしていても、なんか突然「スマートでダンディでなおかつ熱い、いつものアンディ」オーラ全開になっちゃうのは、どういうわけだ(笑)。私の目に見えてるだけか?>オーラ。

あとで、改めて原作小説を読んだら、小説での革離はもっとずっと冷徹なキャラだったのですが、アンディならやっぱり、これくらいの甘さが残っていてほしいような。というわけで、これはこれで、悪くないのではと、思います。

それと、革離の考えに共鳴する(そしてそれゆえに、のちに上から睨まれて悲惨なことになってしまう)弓矢の名手、子団を演じていた、ウー・チーロンという台湾の俳優さん。どっかで見た顔……と思ったら!!!

昔、日本ではニッキー・ウーという名前で認識されていた人でした!!! 

1990年代に金城武と映画で何度か共演していた人で、独特の雰囲気が印象に残っていました。台湾で徴兵されてキャリアが途切れているあいだに身体を壊して引退したと以前どこかで読んで、残念に思っていたのですが、数年前から復帰していたのですね。知らなかった! 気付いたときは、心から「よかったなあ」と思いました。これからもがんばってほしいな。

Posted at 2007年4月 3日 11:43



All texts written by NARANO, Naomi. HOME