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2007年6月25日

小倉千加子『ナイトメア 心の迷路の物語』

読了本 | 書籍・雑誌

岩波書店(2007年3月)【Amazon.co.jp】

毎日新聞のサイトの連載(2005年7月〜2006年3月)を改稿・加筆したもの。ウェブ連載のは、断片的に読んだ記憶があるな。

「ナイトメアの話をしてもいいでしょうか?」という一文を皮切りに、語り手である“私”のところに次々と届き始めた、とある女子学生からの手紙。便宜的にこの本のなかではナイトメアと呼ばれる彼女に向き合ううちに、日本の今の社会で生きる、ある種の若い女性が感じているであろう普遍的な「息苦しさ」みたいなものが浮き彫りになってくる。しかし彼女の抱える問題の根本に、“私”にも理解可能だった社会的・構造的な視点で説明できるものだけでなく、ある個人的な要素も存在したと判明したときに、“私”はそれまでのようには、彼女に向き合えなくなっていく。

うーん、なんなんだろう、これは。仕事柄、若い女性に接することの多い小倉さんが、社会のなかに歴然として残っている「女の子」の概念に自分を合わせることができず苦しんでいる女の子たちを救いきれなかった懺悔、あるいはそういったテンプレートの罠に嵌ったまま自分自身であることを放棄している女の子たちを引っ張り出せなかった悔しさを、フィクションとして表現することによって昇華してみた、ようなもの?

巻末に、「本書はフィクションであり、実在の人物、団体とは関係ありません。」って書いてあるんだけど、多分ベースになった、ナイトメアについての手紙を書いてきた女の子は、実在したんじゃないかな? というのは、昔読んだ、小倉さんの古いエッセイに、それらしき記述(「ナイトメア」についての手紙を送ってきた女子学生への言及)があったはずなのだ。でも、結局それを「お話」として書いてしまった、ということなのか。

まあ、どっちでもいいです、私は。上記のように他の著作を拝読してある程度背景が分かっていると、どうしても雑念は入ってきてしまうのだが、それでも私は、尾崎翠の晩年の過ごし方が実際にはどうであったかで作品の評価を変えてしまったり(同著者の『シュレディンガーの猫』)、モンゴメリの死因を執拗に考察してそれを作品の解釈に絡めてしまったり(同著者の『「赤毛のアン」の秘密』)するようなタイプの読者ではないので、フィクションと称して提供されているものは、フィクションとしてなるべく純粋に受け止めるのが理想って思っていますよ。

Posted at 2007年6月25日 12:32



All texts written by NARANO, Naomi. HOME