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2007年6月26日

三浦しをん『シュミじゃないんだ』

読了本 | 書籍・雑誌

シュミじゃないんだ

新書館(2006年11月)【Amazon.co.jp】

2001年から2005年にわたる4年半のあいだ、『小説ウィングス』に連載されていた、BL(ボーイズラブ)漫画論。熱く語ってます。ここで紹介されている作品を、私は1冊も読んだことがないのだけれど、言ってることは、なんだかすごく納得できて(させられて)しまうのがすごいよなあ。

今のウィングスっていうと、どっちかというと「そっち系」のイメージ強かったりするんですが、これはちゃんと「同好の士」以外へ向かってのブックガイドにもなってる。取り上げられてる本をまったく知らなくても、興味をそそられる。愛に裏打ちされた表現技術。これ、漫画を対象としたものだけじゃなく、小説ブックガイド版も読んでみたい気がする。世に書評は多々あれど、このジャンルを、そういう属性のない人に向かってここまで語れる人は少ないんじゃないかなあ。

さて。上記ですでにお分かりのとおり、私には今ひとつ、BL受け入れ属性がありません。ただ、非BL作品ですごく気に入って、同じ作者の作品をどんどん読んでいったら、そのなかにBL系のものも含まれていて、やっぱり同じ作者のものであるだけに、とても面白く読めた……というような経験はあるので、受け入れ属性はないけど拒否属性もない、といったスタンスでしょうか。

それで、たしかに「このジャンルだからこそ表現できる人間の心の機微」、「このジャンルだからこそ輪郭がはっきりするテーマ」みたいなものは、あるかもなあ、というのは、なんとなく分かる。そういった、敢えて一般的なお話ではなくBLを書いてます、みたいな人の作品を読むとね、ものすごいパワー、そしてものすごい真摯さを感じることがあるのですよ。だから、三浦さんのように、読書に関するアンテナの守備範囲の広い人は、とても羨ましい。

私はBLを愛好する人たちに対して「なぜ?」と思うより、むしろ自分に対して、「なぜ?」って思っているよ。「作品としては高く評価できるものも多いと感じていながら、なぜ私はこういったジャンルをすんなりと受け入れられずにいるのか」ということに、ずっと引っかかっているよ。なにか、すごい自分で自分の世界を狭めているような気がして、ときおり悔しくもどかしい。

おそらく私は、「女性(および、そこに投影される読者としての自分自身)が構造的に疎外される世界」に、追い詰められて胸が痛くなってしまうんだなあ。そしてさらに言えば、追い詰められてしまう自分自身の弱さと心の不自由さに、非常に歯がゆいものを感じている。

――って改めて書くと、なんか余計にイタいけど。

Posted at 2007年6月26日 23:39



All texts written by NARANO, Naomi. HOME