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2007年8月15日

Anne Rice "Christ the Lord: Out of Egypt"

読了本 | 書籍・雑誌

Ballantine Books, ペーパーバック2006年10月/ハードカバー2005年11月【Amazon.co.jp】

実は、アン・ライスを読むのはこれが初めてでした。もっと有名な作品とか邦訳が出てる作品とかいろいろあるのに、なんでわざわざコレが初アン・ライスなんだか私。だって、書店でなんとなく表紙のイエスさま(7歳)と目が合っちゃったんだよー(笑)。

そう、これはイエス・キリストの7歳から8歳までの日々(物語のこの時点ではまだ「キリスト」の自覚はありませんが)を、一人称で綴った小説なのです。

まだ自分が何者であるのかは悟っていないけれど、自らのなかに得体の知れない「力」を感じて戸惑っている、少年イエス。預言されたとおりに生まれてきた聖なる子どもでありながら、マリアとヨゼフにとっては手塩にかけて育ててきた、かけがえのない可愛い息子でもある、イエス。周囲の愛情に包まれて、まっすぐ素直に、年齢のわりには利発な子どもとして成長した、けれどもまだ他人の心の機微を慮るほどの賢しさを獲得はしていない、無邪気なイエス。

物語の冒頭では、彼の一族はエジプトのアレキサンドリアで大工業を営んでいますが、ユダヤ人の王ヘロデの死を知って、故郷に帰る決断を下します。しかしそもそもなぜ、彼らはヘロデ王が生きているうちは母国にいられなかったのか。なぜ、もともとの家があるナザレ、あるいはイエスが生まれたベツレヘムを離れる必要があったのか。

イエスの素朴な疑問に、彼の両親、おじ、おばなど周囲の大人たちは返事ができません。おそらく、彼を慈しんでいるが故に。

一方、21世紀に生きるこの小説の読者は、新約聖書の中の記述として、知っています――救世主誕生の預言が成就されたと聞いたヘロデ王が当時、自分の地位が脅かされることを恐れるあまり、どれが問題の子どもなのかを判別できないまま、ベツレヘムにいた2歳以下の幼児すべてを虐殺するという暴挙に出たことを。天からのお告げで赤ん坊だったイエスとその一族はエジプトに渡って難を逃れたけれど、彼の命が維持されることと引き換えに、ほかの多くの幼い命が犠牲となったことを。

エジプトを出て海を渡ったイエスたちは、まずは春の過越祭のためにエルサレムに向かいます。しかし政情が安定しておらず、そこでイエスは生まれて初めて、人が人に殺され血を流すさまを目の当たりにし、大きな衝撃を受けます。この光景を見ているからこそ、のちになって、自分が生まれたが故に行われた幼児虐殺の事実を知ったイエスは、それをまざまざとリアルに思い浮かべられてしまうだろうということは明らかで、ますます心が痛みます。

なぜなら、この物語の主人公である7歳のイエスは、とてもやわらかい心を持っているから。そしてそのやわらかい心で、周囲の自然の美しさ、家族の愛情、日々の堅実な生活の大切さ、教師たちから新しい知識を学ぶ喜びなどを、一生懸命に吸収している真っ最中だから。そういった部分の描写が、とても細やかなのです。

彼が自らの宿命を悟る日は、必ずやってくるけれど(でないと新約聖書自体が成立しないし)、それはいったい、どんなふうにして知らされるのか、それを知ったとき、感受性の強いこの子はそのプレッシャーをどのように受け入れていくのか……ということを考えると、読んでいてものすごくドキドキしてしまいました。これ、クリスチャンな人(私は違う)が読むと、どうなんだろうなあ。ライス自身は、厳格なカトリック家庭で育ち、一時期は教会を離れ、歳を取ってからまたキリスト教に回帰した人なのだそうです。

物語は、8歳になったイエスが、神の子でありながら、人の世に赤ん坊として生を受け、子どもとして成長をし、人間の肉体を持ちつづけねばならぬ自分の存在の意味を、少年なりの語彙で結論づけるところで終わっています。そのときもはや、彼は子どもでありながら、子どもではない。サブタイトルにあるとおり、この物語はイエスが父なる神と自分自身とのあいだで取り決められた「さだめ」を見出すこととなった、彼だけの「出エジプト記」なのでしょう。エジプトにいたあいだだけ、彼は何も知らずにいられた。

あとがきによると、ライスはまだまだキリスト関連の資料を集めつづけているみたいだけれど、そのうち思春期や青年期を描いた続編が出たりするんだろうか。このイエスのその後のお話は、読んでみたい気がする。

「イエス・キリストは実は××だった!」みたいなのじゃなく、聖書に出てくるイエスを額面どおりに受け取って、さまざまな奇跡はそのままあったことという前提のもとに書いたものが、小説として面白いというのは、ちょっと新鮮でした。

*

――と、ここまで書いたところでふと思いついて検索してみたら、来年刊行予定の "Christ the Lord: The Road to Cana" っていうのがあるみたいですね。やっぱり続き物だったのか! でもペーパーバック待ちかなあ。

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2007年8月16日

Debbie Macomber "The Shop On Blossom Street"

読了本 | 書籍・雑誌

The Shop On Blossom Street

Mira Books, ペーパーバック2005年5月/ハードカバー2004年8月 【Amazon.co.jp】

6月にAmazonのサイトで "Damsel Under Stress" を買ったとき、「この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています」と表示されたので、ちらっと紹介文を見てみたら、シアトルが舞台のお話ではありませんか。数年前にあんなことこんなことを書きましたが、今でも、シアトルという単語を見ると心が揺れてしまうのですよ。Amazonのお勧め機能はときどき侮れないね!……とか言ってて、読んだの今頃なんですけど。

ティーンエイジの頃からずっと続いた闘病生活のせいで、踏み込んだ人付き合いにはちょっと臆病なリディア30歳。病気の再発に怯えつつも、ようやくそこそこ普通の生活ができるようになった今、一念発起して、毛糸専門店を開きます。

同時にスタートした編み物教室には、生徒が3人。リッチでハイソな生活してるけど南部の田舎からやってきたお嫁さんを受け入れられずに苦しんでるジャクリーン(50代)、充実していたキャリアを諦めて不妊治療に専念することにしたキャロル(30代後半)、将来の夢があるのに日々の生活に追われてそれどころじゃないワーキングプア状態のアリックス(20代)。

世代も生活レベルも悩みの種類もそれぞれバラバラな女性たちが、それぞれの思いを胸に抱えながら、最初の課題「赤ちゃん用のブランケット」に取り組みます。

バラバラな4人(特に高級住宅地住まいでお上品なジャクリーンと、安アパート住まいで柄もあまりよろしくないアリックスなんて、最初はまさしく「水と油」)が、ちょっとしたエピソードを積み重ねながら、徐々に互いに対する警戒心を解いて友情で結ばれていくのが嬉しい。

そして、4人のそれぞれの悩みも、最初に当人が思い描いていた形ではない場合はあれど、それぞれ解決して、みんな前向きに生きていけるように。現実ではそんな都合よくいくことって、あんまりないのかもしれないけれど、読んでてハッピーになれるんだから、いいじゃんね?

青春時代を病室で過ごして、一心不乱に編み棒を動かすことで精神的に救われてきたというリディアの、編み物や各種の毛糸に対する愛のこもったうんちくや、リディアが語り手になっている章の冒頭に引用される編み物についての引用文が素敵。私自身は、むかし一時期ハマったのも鉤針編み(crocheting) で、リディアが教えている棒針編み (knitting) のほうには思い入れないんだけど、読んでるあいだは、棒針も面白そうだなあ、と本気で思ってしまった。著者自身も、すごく編み物が好きみたいですね。

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2007年8月17日

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

映画・テレビ

2007年、アメリカ映画
原題:Harry Potter and the Order of the Phoenix
監督:デイビッド・イェーツ
脚本:マイケル・ゴールデンバーグ
出演:ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ・ワトソン他


7月14日に先行上映で観てきたんだけど(正式な上映初日は7月20日でした)、コメント今頃です。

相変わらず、キャスティングが適材適所ですごいよね、このシリーズ。お上品〜な立ち居振る舞いと裏腹な底意地の悪さがすっごいむかつくアンブリッジ(イメルダ・ストーントン)、原作描写でイメージしていたのよりずっと美人なのに、ふあんふあんとした口調も表情もまさしくルーナ!なイバナ・リンチちゃん、出番は少ないのに、おそろしくインパクト強かったヘレナ・ボナム=カーターのベラトリックス・レストレンジ。このエピソードから新登場のキャラも、もうこの映画を観てしまったら、次に原作本を読み返すときも、きっとこの姿で浮かんできてしまいますよ。

ただ、もともとのストーリーが複雑さを増してきているのに、映画は同じような尺で作らなければならないので、しかたのないことかもしれないんだけど、シリーズが進むごとに、「動く挿絵」として割り切って観れば楽しい……というような留保つきの鑑賞になってしまっている度合いも高まっているというか。

個々のシーンは、それぞれ素晴らしいクオリティで映像化されているので、そこで原作愛読者は、いつのまにか自動的に原作からいろいろ脳内補完してしまって、結局のところ純粋な「映画」そのものとしては味わってないというか。

でも、むしろそれでいいのかなあ、という気もします。たとえそういう楽しみ方であったとしても、楽しめているのだから、この映画を観た意義はあったのだ。

そして、原作を7巻ずっと読み続けているあいだ、登場人物たちのことを本当の知り合いのように感じて親近感を抱きつつその成長や変遷を見守ってきたのと同様に、映画のレギュラー出演者たちに対しても、「ああ、育ったねえ」などと、親戚のおばさんのような一方的な親近感と感慨を抱いてしまうのでした。

だからきっと、次もこの次も、私はこのシリーズの新作映画を、いそいそと観にゆくことでしょう。

それにしても、ルーナ(役のイバナ・リンチちゃん)かわいいなあ。

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傷だらけの男たち

映画・テレビ

2006年、香港映画
原題:傷城/Confession of Pain
監督、製作:アンドリュー・ラウ
監督、脚本:アラン・マック
脚本:フェリックス・チョン
出演:梁朝偉(トニー・レオン)、金城武、シュー・ジンレイ(徐静蕾)、スー・チー(舒淇)他

日本での公開日は、2007年の7月7日でした。そして私は、その7月7日、つまり初日に、張り切って映画館に行ってきたのでした。なのに今まで感想を書かずにきちゃって、なんだかちょっと、我ながらファンとしてどうなのよって気持ちでいっぱいです。

言い訳させてもらえるなら、これ、エンドロールまで観た瞬間に「ああ、絶対にまた観に来なくちゃ」って、思ってしまったのですね。あれこれ再確認したいところがあって。だからここに感想を書くのも、せめてもう一回、観てからにしようと思っていたのです。なのに、日々の生活に追われていたら、いつのまにか上映、終わってる! うわーん! 早くDVDが出てくれないかなあ。

というわけで、いまさらながら、映画館から帰ってきた直後の殴り書きメモと、脳内のおぼろげな記憶に頼って、この映画について思うことを、つらつらと書いてみますよ。気になってたところが確認できずじまいなので、後日DVDで観たらまた違うふうに考えてしまうかもしれないのですが。

*

さて、ちょっぴり邦題が恥ずかしい本作品は、大ヒットした(そして私もものすごく思い入れしている)『インファナル・アフェア』の製作チームの新作。『ディパーッテッド』としてハリウッドでリメイクされた『インファナル……』に続き、これもレオナルド・ディカプリオ主演でハリウッドでリメイクされることが決定しています。男優2人のダブル主演というところも、『インファナル……』を彷彿させなくもない。でも、映画全体のトーンは、最後まで観てから振り返ると、かなり違ってました。

3年前に恋人が自殺したショックで、刑事を辞めて私立探偵になり、アル中状態で飲み歩きながら死んだ恋人の自殺の原因を探りつづけているのが金城くん。

金城くんの元ボスで、現在も何かと金城くんを気にかけつつ、富豪の娘との新婚生活を満喫しているベテラン刑事が、トニー・レオン。

トニーの義父である富豪が屋敷内で惨殺されたことで、順風満帆だったトニーの家庭生活にも翳りが見え始めます。事件の表向きの解決に納得のいってないトニーの妻が、金城くんに事件捜査を依頼し、金城くんは調査に乗り出しますが、必然的に、長年敬愛してきたトニーをも容疑からはずすことはできません。

事件の真犯人は、わりと序盤のほうで、観客にはあっさりとバラされてしまいます(犯行シーンがそのまま出てくるし)。あとは、いつどうやって金城くんがその結論に辿りつくのか、犯人は金城くんの捜査が進むようすを確認しながら、どんなふうに何食わぬ顔を続けているのか。そして、犯行の動機は、観客にも最後の最後まで提示されない。ミステリの区分で言うなら、「ホワイダニット」ってやつですね。

その辺の、ミステリ映画としての伏線のめぐらせ方は、少なくとも最初に観たかぎりでは、かなり手堅いというか律儀な作りです(一緒に観た同居人A氏は、謎解きシーンでミステリチャンネルのテレビ番組「安楽椅子探偵」を連想して笑っちゃった……とか言ってました。ほっとけ!)。

ただ、映画そのものの主眼は、登場人物たちの抱える「傷」にあるのだと思う。すべての主要な登場人物が、心の奥に傷を持ったまま、それを忘れることを選ばず、執拗に舐めまわすようにして生きている。邦題にある「男たち」だけじゃなく、お嬢様として恵まれた生活をしてきたはずのトニーの妻(徐静蕾)や、金城くんが酒場で出会うさばさばした女の子(舒淇)にだって、きっと心の奥にしまいこんだ傷がある。「傷ついた街」を意味する原題のとおり、香港の街並みそのものが、彼らの目を通したとき、どこか殺伐として傷ついているかのように見える。

そしてその傷を抱えた状態にありながら、それでも前に進める者と、進めない者がいる。その対比が、さりげなく、しかし鮮やかに描かれる。そういうお話です。

うわわわわ。どうしよう、これ。

去年の『ウィンター・ソング』のときは、「映画としての面白さ」が「金城くん萌え」を上回ってしまった……みたいな感想だったんですが。

今回は「映画としての面白さ」と、「金城くん萌え」が拮抗して、見終わったあとの感情が収集つかなくなってしまっていました。心の中で嵐が吹き荒れてオーバーフロー状態、みたいな。この映画の金城くん、どのシーンでも哀愁があってめちゃくちゃカッコいいんですよ! 無精ひげを生やしたロレツのあやしい酔っ払いのくせに!

そしてまた。対比的な位置付けのキャラであるトニー・レオンがすごすぎて、「格の違い」をまざまざと見せ付けられた……という面でも、衝撃的でした。金城くんなんて、トニーの前では、役者としてはほんとにヒヨッコなんだなあ……ということを実感してしまって、そういう意味では、ファンとして心の痛い映画でもありました(すみません、でもこれが正直な気持ち)。

金城くんも、ものすごい頑張ってるし、ものすごい美しく撮ってもらっているんです。最近観た金城くん映画の中では、ピカイチくらいに光っていたと、声を大にして言いたい。うん、この金城くんは、本当にすばらしい。『ウィンター・ソング』で、今までと一線を画しているなあ、なんて思った記憶が、かすんでしまうほど、この金城くんはさらに一皮むけている(単に私の好みがこっちってだけかもしれませんが)。

でも、だからこそ。こんなに金城くんがパワー全開なのに、それでも結局は、トニー・レオンが場面をさらっていくのか……というのが、もどかしいったらもう。うぐぐぐ。

トニー・レオンは最初、「私立探偵」役でオファーを受けていたのだけれど、脚本を読んで、自分は「ベテラン刑事」のほうをやると言ったのだそうです。このキャスティングは、悔しいけど正解だったと思う。

最終的に金城くんが担当した、アル中になってどん底まで落ちたかと思わせつつ根っこのところでは健全なものが保たれていて、チャンスさえ与えられれば前を向くことができる「私立探偵」のような役、トニー・レオンなら、こっちにキャスティングされても、きっと完璧にこなすと思うのですよ。容易に想像できる。

でも、一見、光の当たるところで生きようとしているように思えても、究極的には精神の奥底に潜む歪んだものを拭い去ることができてない「刑事」の役どころを金城くんに振られても、きっと金城くんは、実際に仕上がった映画におけるトニー・レオンのような、淡々とした表情のなかに、ふとすさんだ陰がよぎって……みたいな凄みは出せなかっただろうなあ、もっと、あからさまで表面的なかんじに仕上がっちゃったかもしれないよなあ……って、どうしても思ってしまうのだ。大体、トニー・レオンが当初の予定どおり私立探偵をやっていたら、対峙するポジションに金城くんが置かれることなど、なかったでしょう。

金城くんは今も昔も、どんな役をやっても、どっかどうしても、「まっすぐ」で「ピュア」なものが、否応なしににじみ出てしまう俳優であるような気がしてねえ。そこが、金城くん自身の魅力になってもいるんだけど。

いやでもしかし、金城くんとトニー・レオンじゃ、タイプもキャリアも年齢も違うからな。金城くんも、今までの歳の取り方は決して悪くないと思うので、今のトニー・レオンの年齢(45歳)になる頃には、きっともっと演技の幅を広げて成長していることでしょうし、そもそも、すべての俳優がすべての役をこなす必然性だってないんだよね。なんでもこなせることよりも、one and onlyであることのほうが、ずっと大事なんだよね。

ただとにかく、トニー・レオンはすごい、と改めて思いましたよ。

なんせ金城くん自身が、最初から対等に張り合おうなんて思ってないことは明白だし。映画を観終わったあと、パンフを読んだらさー。金城くんってばインタビューのページで、トニー・レオンとの共演体験について訊かれて、相手を大絶賛しちゃってるに留まらず


Q. トニーが心で演じる芝居は刺激になりましたか?

A. それはあったね。(中略)トニーの芝居を見れば、それはもう素晴らしいと思うよ。彼と脚本について話し合う時、絡みの芝居の時、僕は彼の目を直視できないほどさ。とにかく魅力的で、尊敬もしているし、あの穏やかな雰囲気がすごく好きなんだ。

Q. 彼を見るだけで、「うわぁ」という感じなのですか?

A. そうだよ。まともに見られないんだ(笑)。どうしてかわからないけど。


って。まともに目も合わせられないくらい、まぶしい存在なんですか! アンタそんな、お腹を見せて全面降伏しているワンコみたいなことを……(苦笑)。

実際、映画の中でも、ほんと「トニーの懐を借りて演技してます」ってかんじに見えたシーンがいくつもあったんだよなあ。役柄上も金城くんはトニーの「元部下」だし、年下だし、友人同士でありながらも言ってみればトニーのほうが目上の存在なわけなので、それはけっこう、いいかんじでもあったんだけれど。

ちなみに、トニーのほうは、同じページのインタビューで、金城くんの印象を訊かれて


A. とにかく面白いんだ。話をしているのを聞いてるだけで面白い。「もうご飯は食べた?」と聞かれて、「食べたい」と答えるんだ。食べたのか、食べていないのかを聞かれてるのに「食べたい」だよ(笑)。


という、お答えでした。それって、ひとことで言えば“天然不思議ちゃん”ってことなのでは? どっかズレてる後輩を、「しょうがないなあ」と見守るオトナなトニーさんの図が浮かんでしまうよ。でも、微笑ましいな、そんなやりとりと、そこで鷹揚に好意的にウケてくれるトニーさん。

まあとにかく、これ、映画としては、かなり好みの部類です。スタッフがスタッフだけに、期待値はかなり高かったのですが、失望することなく鑑賞できました。

でも『インファナル・アフェア』に比べると、地味な印象かな。PG-12で、けっこう残虐なシーンもあるんだけど、『インファナル・アフェア』シリーズみたいに、ばーんと派手な展開、どーんと落とされるような衝撃はない。あとからじわじわと効いてくるような映画。

あと、2人の主演男優が物語上も演技上も同じレベルで張り合っていた『インファナル……』のようなシャープさや緊迫感、登場人物たち(そして観客)を容赦なく追い込んでいく息が詰まるような閉塞感がない代わりに……なんていうんだろう、その逃げ道が許されている物語の構造的な「ゆるさ」が、かえって、観る者にとっても「風穴」、「救い」になっているというか。

そして、街中が疲弊しきったかのように見える「傷城」の世界にあって、その「救い」となる風穴の部分を担っているのは、明らかに金城くん演じる私立探偵のポン、そしてポンが浮上するきっかけを作ったフォン(舒淇)なんだよな。上述の、どんなに薄汚れて見える役柄を演じても、どこか物質的な意味に限定されない育ちのよさ、性根のまっすぐさが出てしまう金城くん自身のキャラが、うまく活かされているかんじがしました。だから、あのとってつけたような(笑)、映画全体のトーンからはあからさまに浮いてるラストシーンは、やはり必要だったのだと思うよ。

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2007年8月18日

細川貂々『ツレがうつになりまして。』

読了本 | 書籍・雑誌

ツレがうつになりまして。

幻冬舎,2006年3月刊 【Amazon.co.jp】

有能なサラリーマンだった著者の旦那(ツレ)さん。しかし社員の大幅削減による超多忙生活が半年ほど続いたある日、真顔で「死にたい」と……。ストレスにより脳内の伝達物質が減少したことで引き起こされた「うつ病」でした。

ほのぼのとした、かわいらしい絵柄でユーモア交じりに話が進む漫画本なので、するっと読めてしまいますが、実際には夫婦どちらにとっても、シャレにならない日々だったんだろうな、ということが、途中で挿入される、うつの当事者「ツレ」さんの短いコラムからうかがえます。

もともとは、著者である「テン」さんのほうがどちらかというとマイナス思考気味で、精神的に強いツレさんに理詰めで励ましてもらうことが多かった、というのは、まさに今の自分にも当てはまるところがあって、ギクリとしたり。私は、もしこういう状況に置かれて、自分の言動がパートナーの病状に影響する、みたいなことになったら、果たしてテンさんみたいに、ポジティブ思考に自分を持っていけるかしら?……と思うと、すごく怖くなりましたよ。

その一方で、病気になってしまったツレさんのネガティブ思考が、テンさんとツレさん双方の言葉と絵で具体的に説明されるのを読んでいると、かなり鮮明にその心の動きが追体験できてしまったりもして、つらかった。自分にも起こりうることなんだよなー。テンさん側から考えたり、ツレさん側から考えたりで、視点がぐるぐる。

Amazonでこの本のページを見ると、たくさんのカスタマー・レビューが付いており、読んでいると、この病気に苦しむ人が、本当に多いのだな、決して特殊なものではなく、ごく普通の人がかかり得るものであって、状況によっては誰もが等しく発症のリスクにさらされているのだな、ということが分かります。専門的な内容が充実している、というような本ではありませんが、いざというときの心構えのために頭の片隅にちらっと基礎知識を入れておくにはちょうどよいかんじかも。

あと、この人たちは本当にいい夫婦だなあ、と思いました。ペットのイグアナくんもかわいい。

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2007年8月19日

細い目(日本語字幕版)

映画・テレビ

2004年、マレーシア映画
原題:Sepet
監督:ヤスミン・アハマド
出演:シャリファ・アマニ、ウン・チューソン他

7月31日から8月4日までの期間、アテネ・フランセ文化センターにおいて国際交流基との共同主催で、「ヤスミン・アハマドとマレーシア映画新潮」という企画があって、本作を含むマレーシア映画がたくさん紹介されていたのです。

去年、私がここに書いた英語字幕版VCDの感想をご覧になった方が、日本語字幕付きで上映されますよ、とメールで教えてくださったのでした。ありがとうございます。世間一般のサイト持ちな人は、ほかの人たちにとって有用な情報を発信するためにサイトを管理したりブログを書いたりしているのであろうに、私の場合は、サイトのおかげで見知らぬ方々から自分にとって有用な情報をいただくことのほうが多いような気がしている今日この頃です。今後ともよろしくお願いいたします(え?)。

この「細い目」のほか、同じ監督の「グブラ (Gubra)」と「ムクシン (Mukhusin)」も観てきたので、遅まきながら、これから感想を書いていくつもりです。

で、まずは私がVCDを観てとても気に入っていた「細い目」。マレー人でありながら金城武の大ファンだった16歳の女の子オーキッドが、金城映画のVCDを探して訪れたお店で、華人の男の子ジェイソン(アーロン)と出会って惹かれあう、ほのぼのラブストーリーです(途中までは)。

英語字幕で無視されていたところまで、ちゃんと字幕がついていてありがたかった。特に映画ネタとか。

たとえば、オーキッドがジェイソンのお店に映画ディスクを買いに行った出会いの場面。在庫があった金城作品は「天使の涙」と「恋する惑星」(ここまでは英語タイトルだったのでVCDでも理解できてた)、そしてなんと「報告班長3」(セリフでは中国語タイトルで発音されてたので分からなかった)。しかも、こともあろうにオーキッドは「報告班長3」を選んで買っていくのですよ!

そりゃー私でも、追いかけていって「とにかく『恋する惑星』も見とけや!」って言いたくなるわ! 作品のセレクションが絶妙すぎる(苦笑)。「報告班長3」は、金城くん出演作の中では(「トラブル・メーカー」と並んで)ダントツにぐだぐだな駄目映画だと思います(お好きな方いらっしゃったら、ごめん)。

……って、この場合、ジェイソンの動機としては、やっぱり「一目惚れしちゃったオーキッドともう一度お話したい」のほうが大きかったんでしょうけどね。

ついでにここで訂正しておくと、恋愛ボケしたジェイソンのことを「ラヴソング」のレオン・ライみたい……と揶揄するのは、キョン(と、最初の感想文では書いてた)ではなくて、ジェイソンのもう一人の友達でしたのね。

で、オーキッドが入れ込んでいてキョンと話が盛り上がってしまうジョン・ウー映画は「男たちの晩歌」か(これも英語字幕版で観たときには邦題と結び付いてなかった)。

ものっすごいお育ちのよさそうなマレー人の若いお嬢さんが、実はロマンティックな恋愛映画が苦手で男臭い香港ヤクザ映画に夢中、「ハリウッド進出後のジョン・ウーはぜんぜん駄目、『フェイス・オフ』のトラボルタよりも断然チョウ・ユンファ!」と、彼氏もそっちのけで熱く語りまくる……のは、やっぱり“笑いどころ”なんだろうなあ。楽しい。

VCDで観たときも大好きだった写真館のふたり、雨のバス亭のシーン……大きな画面で見られて幸せだー。なにがどうってわけでもない、淡々としたシーンなんですけれど、なんだかほわーんとするんだよねえ。

リベラルな両親のもとですくすくと育ったおかげか、お嬢さまなのに竹を割ったような性質で勝気で勇ましい聡明なオーキッドと、チンピラなのにセンチメンタルで繊細なロマンティストで、ちょっぴりお調子者だけどお母さんの前では素直な心優しいジェイソン、本当にお似合いの、いいコンビで。

だからこそ、その後の展開は、見ていてとても口惜しくつらいのだけれど。ジェイソンの過去の愚かさを、オーキッドがラスト直前までずっと許せずにいたのは、彼女の魅力の元である、その真っ直ぐな性格ゆえなのだし、ジレンマだなあ。

ただ、何かひとつでも、ずれた歯車がタイミングよく噛み合っていれば、ちゃんとあり得たに違いない夢のような未来は、映画を観た者の心の中に広がっていて。だから、この世界に絶望をしてはいけないよ、と語りかけられているような。そして、だからこそ監督は、最後の最後で、あの本当ならあり得ない“奇跡”を提示したのではないかな。

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2007年8月29日

華恵『本を読むわたし My Book Report』

読了本 | 書籍・雑誌

筑摩書房,2006年7月 【Amazon.co.jp】

あの『小学生日記』のハナエちゃんが、いつのまにか15歳になって、hanae*から華恵にペンネームを変えて、こんな本を出していたとは、しばらく気付いていませんでした。1年前の本なのか。現在は16歳なのですね。

初めは、ごく普通の“読書エッセイ集”だと思っていました。でも、違った。

1冊目に取り上げられているのは、『小学生日記』の後書きでも言及されていた、アメリカで両親と一緒に暮らしていて、まだ自分では文字も読めなかった頃に初めて買ってもらった絵本。そこから時系列に沿って、幼稚園に通っていた頃に大好きだった絵本、両親の離婚に伴って日本に引っ越してきた最初の夏休みに読んでもらったお話、小学校で下級生に読み聞かせた本などなど、華恵ちゃんの過ごしてきた時間が、本への思いと一緒に語られます。

『小学生日記』を読んだとき、私はこの、日米ミックスでアメリカ生まれで途中から日本で暮らし始めた彼女が、日本の小学生社会の中に自分の居場所を作っていくにあたって、かなり自覚的にいろいろな思いをめぐらせていたのではないかという感想を抱きましたが、やっぱり、この子はタダモノじゃない。周囲と自分に対する洞察、それを他人に共感できるように表現する言葉の見つけ方。彼女の立場・年代だからこそ持てる視点から考えたことが、そうじゃない人間にも、きっちり伝わってくる。

「子供は心が柔軟で適応能力があるから環境が変化しても心配ない」なんて、オトナはあっさりと言いがちだけど、そんな簡単に片付くもんじゃないよね(と、25年ほど前の帰国子女は思うのだった)。

敢えて注文をつけるなら、これは著者ではなく、本そのものを作った人へのお願いなのですが、せっかく巻末に書誌情報を付けてくれるのであれば、たとえば華恵ちゃんがアメリカ時代に好きだった絵本 "Madeline" の邦訳版タイトルは『元気なマドレーヌ』(福音館書店)であり、本文中で「マデリーン」として認識されてる女の子はこちらでは「マドレーヌ」として知られていることとか、そういう情報が、もうちょっと親切だといいなあ。日本人向けに。

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2007年8月30日

遠い誰かのファンであること、そしてそれを表明すること 《2》

音楽 | サイト管理

同じタイトルの《1》は、4月に書いたこれ

10日ほど前に、今月観たマレーシア映画の感想をさらに書くと予告したのに、いまだに書けていないのですが、先にマレーシア華人ミュージシャン光良のコーナーに2005年の『童話』というアルバムの感想文を追加しました。自分のサイト内に新しく光良の特集ページを作って、今日がちょうど1年目です(この人のソロCDは4枚あるのですが、1年かけてようやく、4枚分のコメントがそろったよ……カタツムリの歩みのごときコンテンツ増加速度だ)。

それでこの際なので、今日書くことは《1》だけで放置されてた昔の記事の続き、ということにしてみたわけです。実はもうすでに、前回の終わりから何をどういうふうに続けるつもりだったのか、よく分からなくなっていますが。

まあアレですよ。こんなふうに、臆面もなく好きな芸能人の特集ページなんて作っちゃっていますが、やはりその一方では、「いい歳して、そんな知らん人に一方的に思い入れしちゃってどうするの?」というような、自己ツッコミは常にあるわけですね。

ただ、たとえばこんなふうにマレーシア人のファンになってしまったことがきっかけで、今までまるっきり守備範囲外だった面白いマレーシア映画に出会えたりもして、自分の目に映る世界は、ささやかながら広がっているのは事実。そんなこんなで、自分自身だけの都合を言うなら、いろいろとストレスの種に満ちているこの日々の生活のなかで、たとえ現実逃避であったとしても、気持ちを浮上させてくれる、楽しくハマれる対象に出会えてよかったよかった……と、さしあたりは思っておこうかなあ、なんて。

で。《1》のときに、アレッド・ジョーンズの応援ページを作るのと光良特集ページを作るのとでは、同じく日本ではあまりメジャーでない歌手についてのものであっても、根底にある意識が違ってた、みたいなことを書いたのですが。

まず、アレッドくんに関心をもったのって、もともとは彼の存在を知る前から、彼の出身地であるウェールズに興味があって、最初にバックグラウンドありき、だったのですね。それが光良だと、なんの背景知識もなくいきなり、純粋にご本人とその仕事に惹きつけられちゃって、あとから背景知識をあさっているので、言ってみれば「流れが逆」みたいな気はすごくしています。

サイトでの扱いに関して言えば、いちばん違うのは、語弊のある表現かもしれないけど、光良ページは、あんまり「応援しよう」とか「広めよう」とか思って作ってないってことかもしれないなあ、と。あのページを作ったときは、すごく利己的な気持ちだったのです。

私がこの人の歌を聴きたい。そして私がこの人について語りたい。誰かに知ってほしいわけじゃない。誰かに教えてあげたいわけじゃない。日本でもうちょっと彼の知名度が上がってくれたら、たしかに嬉しいけど、それは彼のためを思ってじゃなく、ただ自分が情報を得やすくなったり直接国内で歌が聴けるかもしれないチャンスがほしいだけ。

そりゃあ、その他のページだって、究極的には自己満足で作っているんですけれども。でも光良ページは、ほんっとうに、他人様の視線というものをまったく考えずにファイル作っちゃったなあ、と。

ってなわけで、これらのコンテンツについて最初に反応があったときには、実はものすごく驚きました。青天の霹靂(笑)。同時に、なんだかものすごく、申し訳ない気持ちでした。なんとなく。だって、とにかく、自分が、語りたかっただけなのですよ。誰にともなく。

でもまあ。こういう、好きだ好きだと言いつつ具体的にはまったくファンらしい活動ができていない、お馬鹿で非力なファンも存在しますよって表明することで、「自分だけじゃなかったのね」あるいは「自分のほうがこの“ならの”って人より状態としてはマシ」って思ってくれる人が、一人でもいらっしゃるならば、それはそれで、けっこう嬉しいことかなあ、とも思ってみたり。私自身にとっても、自分が作ったページに反応くださる方がいらっしゃったおかげで、「ひっそりとおうちでCDを聴いているファンは私だけじゃない」って具体的に認識できたのは、すごく心強いことだったし。

関係ない人から見ればやっぱり、「なにやってんだか」ってかんじに違いないのですけれど。

おっそろしくとりとめのない文章になっちゃいましたが、とりあえずこの辺で。

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2007年8月31日

2007年8月に読んだものメモ

読了本 | 書籍・雑誌

ところで明日(9/1)は、当サイトの11周年記念日です。開設当時からずっと見に来てくれてる人って、(今でも交流があってこちらで分かっている人たち以外では)どれくらいいらっしゃるんでしょうね。

まあなんにせよ、昔から見てくださっている方も、もっとあとになってからのお客さまも、ごく最近になって流れ着いた方も、ありがとうございます。サービス精神旺盛なサイトではまったくないというか、自分用の覚書としての要素のほうが強いようなかんじの運営ではあるのですが、自分以外の人間によるアクセスが皆無というのも、想像してみると寂しいものですから。

とにかく、以下が今月読んだもののメモです。暑さにめげて、本当なら遊びに行くつもりだった日でも、ずるずると引きこもって本を読んでいたりしたので、先月に引き続き、いつもと比べれば冊数が増えてます。

でもお勤めしていた頃(ここがまだ「読書感想文サイト」を名乗っていた頃)は、通勤電車の中がヒマだったので、もっとたくさん読んでたんだよなあ。



桜庭一樹『青年のための読書クラブ』(新潮社,2007年6月)
 東京の名門ミッションスクール「聖マリアナ学園」のさびれた片隅に部室を有する「読書クラブ」。そこに集うのは、異端の少女たち。学園の正史には記されない出来事を、一人称を「ぼく」とする彼女たちは匿名でクラブ日誌に綴る。
 やー、ここまで“女子校”をカリカチュアライズしてくれたら、もう笑って読むしか。でもどこか、なにか、ツボを突いてくるところがある。カリカチュアによって余計に浮かび上がる、この年代のある種の女の子たち特有の自意識とか潔癖さとか滑稽さとか高潔さとか。【Amazon.co.jp】


桜庭一樹『少女七竈と七人の可愛そうな大人』(角川書店,2006年7月)
 「たいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった」少女“七竈”を中心に、周囲の大人たちや、同じく美しく生まれてしまった幼なじみの少年“雪風”、七竈の家で飼われている元警察犬のビショップなどを語り手としながら進んでいくお話。
 これは、なんとも表現しにくい面白さでした。面白かったことだけは、はっきりしているのですが。全体の文章のトーンは淡々としているのだけれど、敢えて過剰な表現、敢えて抑制された説明、敢えて奇妙なディテール、敢えてズレてる会話、敢えて感傷的な情景。で、読み終わった時点での気持ちはきゅーんとしている、という。狙ってコレをやってるというのはすごいなあ。【Amazon.co.jp】


Debbie Macomber "The Shop On Blossom Street" (Mira Books, ペーパーバック2005年5月/ハードカバー2004年8月)
 小さな毛糸専門店とその周辺を舞台とした、さまざまな世代の女性たちの生活と友情。別途、感想文を書きました。【Amazon.co.jp】


デビー・マッコーマー『木曜日の朝、いつものカフェで』(訳:石原まどか/扶桑社セレクト,2003年4月)
 原書は、Debbie Macomber "Thursdays at Eight" (Mira Books, 2001年)。同じ著者の "The Shop On Blossom Street" が気に入ったので、日本語訳が出ている作品を探してみた。しかし。うーーーーん。これ、先に "The Shop On Blossom Street" を読んでなかったら、すごく面白く読めたと思うのだわ。しかし、「さまざまな問題を抱える、異なった世代と立場の女性たちが」「ひょんなことから定期的に顔を合わせることになり」「友情を育みながら前向きになっていく」って…… "The Shop On Blossom Street" と一緒じゃん! 章ごとに視点が変わるとか、各章の冒頭に引用文があるとかってパターンまでおんなじ。しかもメインキャラのうちの1人は、毛糸屋さんだったり(笑)。
 ただ、そうはいっても、途中で放り出す気にはならないくらいには、面白いのだな。それぞれのキャラのうだうだ具合(「日記の書き方講座」で知り合ったという設定なので、作中にそれぞれの日記が挿入される)が、「うんうん、分かるよ」ってかんじで。こっちのほうが、「女同士の友情」が強調されてるかな。【Amazon.co.jp】


Anne Rice "Christ the Lord: Out of Egypt" (Ballantine Books, ペーパーバック2006年10月/ハードカバー2005年11月)
 初めて読んだアン・ライス作品。イエス・キリストの7歳から8歳までの日々(物語のこの時点ではまだ「キリスト」の自覚はありませんが)を、一人称で綴っています。別途、感想文を書きました。【Amazon.co.jp】


平安寿子『くうねるところすむところ』(文藝春秋,2005年5月)
 先月読んだ『あなたがパラダイス』が面白かったので、同じ人の本をもう1冊読んでみた。なりゆきで主婦から経営者になってしまった工務店の女社長(プレッシャーを背負って逃げ腰気味)と、勢いで転職情報誌の編集部を辞めてそこに勤めることになってしまった、30歳の女性社員(やる気まんまんだけど、ともすれば空回り気味)。やけっぱちな気分の描写のテンポのよさとか、けっこう好き。徐々に進むべき道が見えてくるあたりも、嫌味なく入ってきます。【Amazon.co.jp】


堀井憲一郎『若者殺しの時代』(講談社現代新書,2006年4月)
 上の世代が「若いことはいいことだ」という段階で思考停止しているせいで、実際に現在、若者である人たちはけっこうしんどいことになっている、それが始まったのは、バブルで世の中が騒がしくなり始めた1980年代前半ではないか、80年代に入ったあと、途中で曲がり角があって、間違った出口から出てきちゃったんだよ、でもそのままずーっと歩いてきちゃったんだよ、みたいなこと言ってる本。
 「クリスマスが恋人用イベントとして扱われ始めたのはいつからか」とか「東京ディズニーランドが若者の聖地となったのはどのあたりからか、みたいなことを、雑誌記事などを実際に調べてデータを出しているのが面白かった。テレビドラマに出てくる携帯電話の位置づけの変遷、とか。私自身は、バブルの頃は「若者」というよりは「お子様」カテゴリーな生活だったので、いまさらながら「ほほー、あの頃、(若い)オトナの人たちの世界は、そんなことになっておったのか」とか思ったりして。【Amazon.co.jp】


アニー・M・G・シュミット『ネコのミヌース』(訳:西村由美/徳間書店,2006年6月)
 児童書です。原書はオランダの作家 Annie M. G. Shmidt による "Minoes"(1970年)。文才はあるのに、知らない人に取材をするのが苦手でニュース記事が書けずにいた新聞記者のティベが、明日にはクビになるという瀬戸際のときに、ついこのあいだまでは猫だったという若い女性ミヌースに出会います。実際この人、しぐさも習性も猫そのものだし、近所の猫と意思疎通ができるみたい? ティベは猫たちが見聞きしてきてミヌース経由で教えてくれる情報の裏を取ることでなんとか記事が書けるようになったのですが、ある日、猫しか証言者がいなくて記事にできない、でも事実なら見過ごすわけにはいかない事件が……。現代日本でアニメ化されたら、絶対「萌え絵」にされちゃうに違いない、ミヌースさんの猫っぽい言動が、いちいち可愛い。ほんわか〜とした読後感。【Amazon.co.jp】


中村優子『アジアの迷宮 奇妙奇天烈雑貨づくし』(JTB,2003年3月)
 ちまちまとした雑貨は、アンテナに引っかかったものをいちいち買っているとキリがないし、置くところもなく整理も大変なので、いつしか自粛して明確に必要なもの、役に立ちそうなもの以外はあんまり買わなりました。でも、実用性度外視な雑貨の写真を見たり解説を読んだりするのは、今でも好きだなあ。【Amazon.co.jp】


大原まり子・藤臣柊子『ブランドの花道』(アスペクト,1998年12月)
 9年前の本ですが、この中でしきりに当時エルメスがブームで国内ではすごい品薄だったということが言われており、そうだったのかー、と。縁がないのでまったく気付いていませんでした(笑)。自分では、高額のお買い物はそうそうできるものではないが、モノに対して愛情を注いでいる文章を読むのは好き(上記の雑貨本もそうだけど)。大原さんなんて、1日で180万円のお買い物(エルメスの皮のお洋服2点)とは、すがすがしいほどに剛毅ですなー。すみずみまで技術の行き届いた高級品を正当に評価できる目とそれを購入できる経済力を持った人が、ハマってしまう気持ちは、分かる気はする。
 私自身は、今のところ、自分で買うものは特に高級品でなくていいかなあ。亡母のものだった30年近く前の某海外ブランドのオーソドックスなバッグなんて、たしかにとても使いやすくて革も縫製もしっかりしており、母がこれを買った年齢に追いついた頃からは、ついつい手に取ってしまったりするのだが、そんな古い商品でも正規代理店に持ち込めば壊れた金具をさくっと交換してもらえたり(しかも、こんな古いものなのに、お店の人は随分と丁重に扱ってくれましたよ)といった経験をしてしまうと、感動するよりむしろ、自分の寿命もこのカバンの寿命より短いのかも……みたいな、なんとなく物悲しく儚い気持ちに。いや、どっちにしても、自分では買えないんだけど。【Amazon.co.jp】


華恵『本を読むわたし My Book Report』(筑摩書房,2006年7月)
 あの『小学生日記』のhanae*ちゃんが15歳になって綴った読書エッセイ……というより、常に書物と共にあった彼女の成長記録とも言える内容。別途、感想文を書いています。【Amazon.co.jp】


以下、漫画本。


細川貂々『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎,2006年3月刊)
 うつ病になったダンナさんとの闘病生活を、ほのぼのとして絵柄で前向きに素人にも解説してくれてる漫画本。別途、感想文を書いています。【Amazon.co.jp】


細川貂々『イグアナの嫁』(幻冬舎,2006年12月刊)
 フリーランサーとはいえ、実質はアルバイトで食いつなぐフリーター夫婦だったツレさんとテンさんが、たまたま近所のペット屋さんに間違って仕入れられたイグアナのイグちゃんを1000円で引き取ることになってからの、ふたりと1匹生活。イグちゃんの飼育費のためにツレさんが正社員として就職をしたり、触発されたテンさんが積極的に漫画のお仕事を取りにいくようになったり、イグちゃんと暮らしながらツレさんのうつ病を乗り越えたりといったことが、やはりほのぼのとした絵柄で語られます。
 『ツレがうつになりまして。』がうつ病の説明に焦点を絞っていたのに対して、こちらはなかなか生活の方向性が定まらずにいた夫婦が、イグアナくんに見守られながら、徐々に落ち着くところに落ち着いていった記録、そして著者テンさんの側から言えば、少女漫画家としてデビューしたけれどしっくり来てなくて前向きになれずにいたテンさんが、現在の独自路線を見出していくまでの記録でもあります。
 やはり、一歩前に踏み出してみないことには、進展はないのだよなあ。私は行き詰まったとき、それができるだろうか? いや、してみないことには、何も始まらないのだ。【Amazon.co.jp】


荒川弘『鋼の錬金術師』第17巻(スクエア・エニックス,2007年8月)
 アームストロング家って、なんだかすごい。【Amazon.co.jp】


諏訪緑『諸葛孔明 時の地平線』第14巻(小学館,2007年7月)
 最終巻。ああ、この漫画の存在を知って13巻までを一気読みしたとき、「これからも楽しめそうなシリーズに出会えて嬉しい」って思ったのに、実は14巻で完結だったのか。13巻まで読んだ時点で書いた、シリーズ全体の感想はこちら
 孔明さんは最後まで、私利私欲にとらわれず大局を見通す、軍師だけど平和主義の人としてさわやかに描かれていました。この巻の最初のほうで、ようやく許婚の英さんと結婚することになるのですが、互いの意思確認ができたら次のページからは再び政治話一辺倒になって、甘い描写はほぼ皆無です。少女漫画としてはずいぶんと大胆な気がしますが、この作品には、似つかわしいような気も(笑)。【Amazon.co.jp】


獸木野生『蜘蛛の紋様 1』PALM 30巻(新書館,2007年8月)
 前々からタイトルだけは予告されていたエピソードが、ついにスタート。主役3人のうち、過去話がなかった最後の1人、カーターの生い立ちです。オーガス家には、こんな複雑な背景事情の設定があったのですね。冒頭のジョイによる小説という設定の部分、ジェームス亡きあとの遺された人たちの状況、これはいったい、どう受け止めればいいのか。シリーズ全体を最後まで読んだら、これが彼らのたどるべくしてたどった道なのだと思えるようになるのだろうか。【Amazon.co.jp】


安野モヨコ『働きマン』第4巻(講談社,2007年8月)
 ヒロインが決して颯爽と仕事をこなしているわけではなくて、いっぱいいっぱいななかで、あっぷあっぷしながら、それでも一時しのぎ的にガス抜きのネタを見つけたりしつつ目の前のことに全力を注ぎつつやっていくさまに、ぐっと来るものがあるのでした。今後どうなるのやら。【Amazon.co.jp】

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