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2007年8月15日

Anne Rice "Christ the Lord: Out of Egypt"

読了本 | 書籍・雑誌

Ballantine Books, ペーパーバック2006年10月/ハードカバー2005年11月【Amazon.co.jp】

実は、アン・ライスを読むのはこれが初めてでした。もっと有名な作品とか邦訳が出てる作品とかいろいろあるのに、なんでわざわざコレが初アン・ライスなんだか私。だって、書店でなんとなく表紙のイエスさま(7歳)と目が合っちゃったんだよー(笑)。

そう、これはイエス・キリストの7歳から8歳までの日々(物語のこの時点ではまだ「キリスト」の自覚はありませんが)を、一人称で綴った小説なのです。

まだ自分が何者であるのかは悟っていないけれど、自らのなかに得体の知れない「力」を感じて戸惑っている、少年イエス。預言されたとおりに生まれてきた聖なる子どもでありながら、マリアとヨゼフにとっては手塩にかけて育ててきた、かけがえのない可愛い息子でもある、イエス。周囲の愛情に包まれて、まっすぐ素直に、年齢のわりには利発な子どもとして成長した、けれどもまだ他人の心の機微を慮るほどの賢しさを獲得はしていない、無邪気なイエス。

物語の冒頭では、彼の一族はエジプトのアレキサンドリアで大工業を営んでいますが、ユダヤ人の王ヘロデの死を知って、故郷に帰る決断を下します。しかしそもそもなぜ、彼らはヘロデ王が生きているうちは母国にいられなかったのか。なぜ、もともとの家があるナザレ、あるいはイエスが生まれたベツレヘムを離れる必要があったのか。

イエスの素朴な疑問に、彼の両親、おじ、おばなど周囲の大人たちは返事ができません。おそらく、彼を慈しんでいるが故に。

一方、21世紀に生きるこの小説の読者は、新約聖書の中の記述として、知っています――救世主誕生の預言が成就されたと聞いたヘロデ王が当時、自分の地位が脅かされることを恐れるあまり、どれが問題の子どもなのかを判別できないまま、ベツレヘムにいた2歳以下の幼児すべてを虐殺するという暴挙に出たことを。天からのお告げで赤ん坊だったイエスとその一族はエジプトに渡って難を逃れたけれど、彼の命が維持されることと引き換えに、ほかの多くの幼い命が犠牲となったことを。

エジプトを出て海を渡ったイエスたちは、まずは春の過越祭のためにエルサレムに向かいます。しかし政情が安定しておらず、そこでイエスは生まれて初めて、人が人に殺され血を流すさまを目の当たりにし、大きな衝撃を受けます。この光景を見ているからこそ、のちになって、自分が生まれたが故に行われた幼児虐殺の事実を知ったイエスは、それをまざまざとリアルに思い浮かべられてしまうだろうということは明らかで、ますます心が痛みます。

なぜなら、この物語の主人公である7歳のイエスは、とてもやわらかい心を持っているから。そしてそのやわらかい心で、周囲の自然の美しさ、家族の愛情、日々の堅実な生活の大切さ、教師たちから新しい知識を学ぶ喜びなどを、一生懸命に吸収している真っ最中だから。そういった部分の描写が、とても細やかなのです。

彼が自らの宿命を悟る日は、必ずやってくるけれど(でないと新約聖書自体が成立しないし)、それはいったい、どんなふうにして知らされるのか、それを知ったとき、感受性の強いこの子はそのプレッシャーをどのように受け入れていくのか……ということを考えると、読んでいてものすごくドキドキしてしまいました。これ、クリスチャンな人(私は違う)が読むと、どうなんだろうなあ。ライス自身は、厳格なカトリック家庭で育ち、一時期は教会を離れ、歳を取ってからまたキリスト教に回帰した人なのだそうです。

物語は、8歳になったイエスが、神の子でありながら、人の世に赤ん坊として生を受け、子どもとして成長をし、人間の肉体を持ちつづけねばならぬ自分の存在の意味を、少年なりの語彙で結論づけるところで終わっています。そのときもはや、彼は子どもでありながら、子どもではない。サブタイトルにあるとおり、この物語はイエスが父なる神と自分自身とのあいだで取り決められた「さだめ」を見出すこととなった、彼だけの「出エジプト記」なのでしょう。エジプトにいたあいだだけ、彼は何も知らずにいられた。

あとがきによると、ライスはまだまだキリスト関連の資料を集めつづけているみたいだけれど、そのうち思春期や青年期を描いた続編が出たりするんだろうか。このイエスのその後のお話は、読んでみたい気がする。

「イエス・キリストは実は××だった!」みたいなのじゃなく、聖書に出てくるイエスを額面どおりに受け取って、さまざまな奇跡はそのままあったことという前提のもとに書いたものが、小説として面白いというのは、ちょっと新鮮でした。

*

――と、ここまで書いたところでふと思いついて検索してみたら、来年刊行予定の "Christ the Lord: The Road to Cana" っていうのがあるみたいですね。やっぱり続き物だったのか! でもペーパーバック待ちかなあ。

Posted at 2007年8月15日 21:34

コメント

こちらからこんにちは。
アン・ライスは、Interview with the Vampire の人ですよね?
ちょこっと知っている方が、いくつかライスの著作を読んで、この人は必ずやBL系の素質のある作家だというような感想を言っていたので、そうなのかと思っていました。わたし自身は読んだことがないのですが。
カソリック系の色彩の濃い作家さんなのですか?

投稿者 まりさん : 2007年8月16日 23:13



まあ、まりさん、こちらでもこんにちは。
アン・ライス、本文でも書いたとおり、私も今回が初めてなので、全体の傾向としてどうなのかは、直接は知らないんですよ。でもたしかに、これまで話題になってきた作品は、ちょっと背徳っぽいお耽美入ってるというか、美青年萌え要素がありそうとというか、そういうイメージなんですが。

今回読んだ本のあとがきによると、アン・ライスが18歳のときに棄てたはずのキリスト教に舞い戻ったのは1998年(57歳)のことで、クリスチャンじゃなかった頃に書いた自作(ヴァンパイア・シリーズもそう)については、「神様から離れたことによる罪の意識が反映されていた」とか自己分析していらっしゃるので、同列に論じてはいけないものなのかもしれないですね。

面白そうなんですけどねー、転向前の作品も(笑)。

投稿者 ならの : 2007年8月17日 09:58





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