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2007年8月30日

遠い誰かのファンであること、そしてそれを表明すること 《2》

音楽 | サイト管理

同じタイトルの《1》は、4月に書いたこれ

10日ほど前に、今月観たマレーシア映画の感想をさらに書くと予告したのに、いまだに書けていないのですが、先にマレーシア華人ミュージシャン光良のコーナーに2005年の『童話』というアルバムの感想文を追加しました。自分のサイト内に新しく光良の特集ページを作って、今日がちょうど1年目です(この人のソロCDは4枚あるのですが、1年かけてようやく、4枚分のコメントがそろったよ……カタツムリの歩みのごときコンテンツ増加速度だ)。

それでこの際なので、今日書くことは《1》だけで放置されてた昔の記事の続き、ということにしてみたわけです。実はもうすでに、前回の終わりから何をどういうふうに続けるつもりだったのか、よく分からなくなっていますが。

まあアレですよ。こんなふうに、臆面もなく好きな芸能人の特集ページなんて作っちゃっていますが、やはりその一方では、「いい歳して、そんな知らん人に一方的に思い入れしちゃってどうするの?」というような、自己ツッコミは常にあるわけですね。

ただ、たとえばこんなふうにマレーシア人のファンになってしまったことがきっかけで、今までまるっきり守備範囲外だった面白いマレーシア映画に出会えたりもして、自分の目に映る世界は、ささやかながら広がっているのは事実。そんなこんなで、自分自身だけの都合を言うなら、いろいろとストレスの種に満ちているこの日々の生活のなかで、たとえ現実逃避であったとしても、気持ちを浮上させてくれる、楽しくハマれる対象に出会えてよかったよかった……と、さしあたりは思っておこうかなあ、なんて。

で。《1》のときに、アレッド・ジョーンズの応援ページを作るのと光良特集ページを作るのとでは、同じく日本ではあまりメジャーでない歌手についてのものであっても、根底にある意識が違ってた、みたいなことを書いたのですが。

まず、アレッドくんに関心をもったのって、もともとは彼の存在を知る前から、彼の出身地であるウェールズに興味があって、最初にバックグラウンドありき、だったのですね。それが光良だと、なんの背景知識もなくいきなり、純粋にご本人とその仕事に惹きつけられちゃって、あとから背景知識をあさっているので、言ってみれば「流れが逆」みたいな気はすごくしています。

サイトでの扱いに関して言えば、いちばん違うのは、語弊のある表現かもしれないけど、光良ページは、あんまり「応援しよう」とか「広めよう」とか思って作ってないってことかもしれないなあ、と。あのページを作ったときは、すごく利己的な気持ちだったのです。

私がこの人の歌を聴きたい。そして私がこの人について語りたい。誰かに知ってほしいわけじゃない。誰かに教えてあげたいわけじゃない。日本でもうちょっと彼の知名度が上がってくれたら、たしかに嬉しいけど、それは彼のためを思ってじゃなく、ただ自分が情報を得やすくなったり直接国内で歌が聴けるかもしれないチャンスがほしいだけ。

そりゃあ、その他のページだって、究極的には自己満足で作っているんですけれども。でも光良ページは、ほんっとうに、他人様の視線というものをまったく考えずにファイル作っちゃったなあ、と。

ってなわけで、これらのコンテンツについて最初に反応があったときには、実はものすごく驚きました。青天の霹靂(笑)。同時に、なんだかものすごく、申し訳ない気持ちでした。なんとなく。だって、とにかく、自分が、語りたかっただけなのですよ。誰にともなく。

でもまあ。こういう、好きだ好きだと言いつつ具体的にはまったくファンらしい活動ができていない、お馬鹿で非力なファンも存在しますよって表明することで、「自分だけじゃなかったのね」あるいは「自分のほうがこの“ならの”って人より状態としてはマシ」って思ってくれる人が、一人でもいらっしゃるならば、それはそれで、けっこう嬉しいことかなあ、とも思ってみたり。私自身にとっても、自分が作ったページに反応くださる方がいらっしゃったおかげで、「ひっそりとおうちでCDを聴いているファンは私だけじゃない」って具体的に認識できたのは、すごく心強いことだったし。

関係ない人から見ればやっぱり、「なにやってんだか」ってかんじに違いないのですけれど。

おっそろしくとりとめのない文章になっちゃいましたが、とりあえずこの辺で。

Posted at 2007年8月30日 09:21



All texts written by NARANO, Naomi. HOME