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2007年11月 2日

まぼろしの Every Breath You Take

音楽

日常生活ではもうあまり気にすることなく過ごせているのですが、ふと思いついて、音楽CDを聴きながら片方ずつ耳をふさいでみたりすると、やはり聞こえ方が左右で違うことが意識されて「ほえー」と思う耳鼻科通院中のナラノです、こんにちは。

しかし、それってつまり、両耳で聴いてるときも、今の私に聞こえているものは、ほかの人が両耳で同時に認識している音とは、微妙に違ったりしてるってことなのかなあ? とりあえず何を聴いても、24時間コンスタントにキーーーーーンと「耳鳴り」付きです。デフォルトでノイズ入ってます。

そんな私が、こんなのとかこんなのとか、歌手のファンサイト(?)を2つも作っているって、どうなんでしょう? ほかのファンの人たちに眉をひそめられたりしないかしら?

でもどっちみち、自分の耳で認識されている音が、ほかの人の耳に聞こえているものと、どれくらい同じかなんて、もともと確認のしようがないんですよね。今までだって、その時点において私の耳に聞こえるものを、私にできる範囲で、めいっぱい楽しんでいただけ。

Need U Most

さて、そんなんなで開き直ってこちらでも音楽ネタですが、ここ最近、ずっと聴いているのは、台湾を拠点に活動するマレーシア華人ミュージシャンである、品冠(ビクター・ホワン)の『Need U Most』(台湾,2007年10月)というアルバムです。

曲目が、すごいんですよ。ほぼ全部(最近のヒュー・グラント映画で使われてた "Way Back into Love" 以外)が、タイトル覚えてなくても聴けばその瞬間「ああ!」と思っちゃう、どっかで聴いたような古めの洋楽カバー。

  1. Just When I Needed You Most
  2. Way Back into Love
  3. Now and Forever
  4. Every Breath You Take
  5. Seasons in the Sun
  6. Have I Told You Lately
  7. Pretty Woman
  8. That's Why You Go Away
  9. The End of the World
  10. And I Love You So
  11. Dancing Queen
  12. Top of the World
  13. K歌情人 (Way Back into Love 中国語版)

「マレーシア人(しかも普段は中国語で歌ってる)が、そんなものを?」って思うでしょ。ところがこれがねえ、なかなか面白いアルバムになっている。

品冠さんは、私が応援ページを作っている光良(マイケル・ウォン)と、かつて一緒にデュオを組んでいた人です。すでに品冠さんについては当サイト内に熱く語っているページがあるのですが、すごく巧いし守備範囲が広いと思うんですよね。とにかく美声だし。

で、この人、前からときどき、スタンダードな洋楽を英語の原曲のまま歌ったりしていて、それが、とってもいいかんじだったのです。だから前述の「熱く語っているページ」にも、洋楽カバー集を出してくれたら絶対買うのに……って、冗談半分に書いてたんだけど。まさか、本当に出してくれるとは思わなかった! リリース情報を見てから実際にCDを入手するまで、考えるだけでじたばたしちゃうくらい楽しみでした。

「いわゆる英語圏」出身の人じゃないなんて、ほとんど意識しないくらい違和感なく歌ってるし。普段の英会話ではきっとちょっとは出ているはずの、「マレーシア英語」特有の癖や中国語訛りも感じない。ものすごく原曲を聴き込んでるせいじゃないかなあ。こういうのを聴きながら育ってきた人なんだなあ、本当にこれらの収録曲が好きなんだろうなあ、世代的に(品冠さんは1972年生まれ)リアルタイムでハマるには古すぎだろって曲は、親御さんが好きで家庭内で流れていたんだろうか……などとあれこれ想像して、にまにましてしまったりも。

基本的にどの曲も、彼独特の温かみのある歌声をフルに活かしつつ、原曲のイメージを尊重した、誠実な仕上がりになっていると思います。

ところが。そんな中で、1曲だけ、異彩を放っているように感じられたのが、The Policeの1983年のヒット曲 "Every Breath You Take"(邦題「見つめていたい」) だったのでした。

なんか……原曲と比べて、品冠さんバージョンは、びっくりするほど「あっけらかん」としているのです。こんな屈託のない "Every Breath You Take" を聴いたのは初めてかも!

この手の音楽に造詣が深いわけではないので、あくまでも自分の個人的な印象ですが、原曲を改めて聴いてみると、主旋律のメロディラインだけならシンプルかつ明るめで、前へ前へと着実に押し出されていくような流れになっているのに、その一方で「あなたの一挙手一投足を見ている」という趣旨の、ストーカー的な要素の含まれる歌詞、無機質さをも感じさせる淡々と小刻みな低音によるリズム、美しいけどそこはかとなく不穏なものが漂うアルペジオで繰り返される弦の音、何か強い感情を敢えて抑制した雰囲気を持つ(そしてだからこそ魅惑的でもある)スティングの微妙にハスキーなヴォーカル――とにかく、全体的には決して、単純な明るい純愛ソングには聞こえないんですよね。一筋縄では解釈できません、という複雑なかんじ。当時のMVだって全編モノクロで、メンバーも厳しい表情で、なんだか寒々とした映像。

何より、ウェブをちょこっと検索してみれば、この曲を作ったスティング自身が、その際「監視と支配 (surveillance and control)」を念頭に置いていたと語っているインタビュー記事を読むことができます(参照)。

なのに、曲によっては「コピーバンドかよ!」と突っ込みを入れたくなるほど原曲リスペクトだったりもしているこのアルバムにおいて、品冠さんは原曲にあったリズム刻みの無機質さもアルペジオの神経質なかんじもさくっと無視した、いかにも南国のあっかるい日差しに似合いそうな、じゃらんじゃらんと毒気のないアコースティック・ギターに乗せて、聴き手を包み込むように優しく、あくまでもさわやかに楽しげにシンプルに "Every Breath You Take" を歌ってしまっているのです。

なんちゅーか、スティングが歌うと「お前が誓いを破ったのも俺は見ているぞ」に聞こえる部分が、品冠さんの声だと「約束を破られたってぼくはきみを見捨てないよ」に聞こえる(笑)。

けれども実は、初めてこの品冠さんバージョンを聴いたとき、メロディへの親和性だけでない、なんともいえない懐かしい感覚が湧いてきてしまったのでした。

そして、これってなんなんだろうと思いつつ、何度も聴いているうちに、ふと気付いたこと――そういえばこのアルバムに収録されている、ほかの歌って私、みんな早くても10代後半、思春期突入より後になってから初めて聴いてるんですね。自分が生まれる前に作られたような古い曲も、映画で使われてたのを耳にして知った、とか、どっちかというと「お勉強」的な出会い方で。

だけど、"Every Breath You Take" だけは、違うんです。この曲がリリースされた1983年、私は、ようやく親と先生が与えてくれるもの以外にも音楽ってあるんだ、と気付き始めたばかりの、奥手な13歳でした。

大ヒットした曲だったので、リアルタイムで世間に膾炙し始めた時期の記憶はあるけど、積極的に意識して聴いたわけじゃない。ラジオから、テレビから、街を歩いているときにその辺の店先から聞こえてくるのを、ぼんやりと認識していた。そんな受け身な聞き方でも、なんとなく断片的に歌詞内容は頭に入ってきます。繰り返されるメロディは、知らず知らずのうちに、鼻歌になっちゃったりもします。

そんなふうに漫然と聞いていた私の中での "Every Breath You Take" のイメージは、まさしく今、品冠さんが歌っている、こういうかんじじゃなかったか。

キャッチーでポップな表層部分だけに、アンテナを反応させて。あの頃は多分、そういう部分しか、受け止めていなかった。常に常に、いつどんなときでもある特定の人から見られ続け把握されていることが、閉塞感や息苦しさにつながる場合があるなんて、考えたことすらなかった。そりゃあ好きな人のことなら何でも知りたいよね、ずっとずっと見ていたいよね、そういうのって素敵だよねって、何の疑問もなく単純にほわほわしている、オコサマだった。

もしかして、少年時代の品冠さんも、そうだったのかなあ……と思ってしまうのは、妄想しすぎだろうか。The Policeが活動していたイギリスの曇り空とは無縁の、燦々と太陽がまぶしいマレーシアの青空の下で。練習し始めたばかりのギターを抱えて。ごくごく純粋な気持ちで、ずっと見つめていたい誰かとの出会いに憧れて。かっこいい曲だなあ、takeとかmakeとかbreakとかstakeとかって、1行ごとに脚韻を踏んでるのが理解できちゃう自分が嬉しいなあ、英語の歌って面白いんだなあって、無邪気に夢中で。

少なくとも私は、品冠さんが歌うこの曲を聴いていて、どうやら知らないあいだに、あの頃の自分の感覚をよみがえらせてしまっていたみたいです。

そして今になってみれば、そんなふうに、曲の裏に込められた「毒」の部分に気付くことなく、ものごとの健やかな面しか認識できずにいた当時の幼い自分が――けっこう、いとおしかったりしてしまうんだな。ちょっと、きゅーんとなってしまいそうなほどに。

最初からスティングはいつだって、ハスキーな抑制された声で「監視と支配」を歌っていたのだろうけれど、英語を第1言語としない国に住む13歳の女の子だった私の耳に聞こえていた "Every Breath You Take" は、現在の大人になった品冠さんが朗々と歌ってくれているような、一途でシンプルなラブソングだったのだと思う。聴いてみて、初めて気付いた。ありがとう、ありがとう、品冠さん。


なんだか、品冠ファンからも、スティングないしポリスのファンからも怒られそうな気がしてきましたが。

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2007年11月26日

原武史『滝山コミューン一九七四』

読了本 | 書籍・雑誌

滝山コミューン1974

講談社(2007年5月)【Amazon.co.jp】

著者が小学6年生だった1974年って、私はまだ4歳。だから世代はちょっと違うんですが……あった、あったよ、私の小学生時代にも、これに近いコンセプトのクラス運営! 多分あの頃はもう、ここまであからさまじゃなかっただろうけど!

あれは、生徒たちに自主的に自立したコミュニティを形成させようという、「学級集団づくり」という教育法として確立された理論に基づく指導の名残りだったのですね! 今の小学校では、どうなっているんだろう?

原さんが少年時代に通っていた小学校は、時代的背景、生徒の大半が同じ「滝山団地」住まいで家庭環境が似通っていたこと、PTAの力が強く母親の協力が得られやすかったこと、熱意とカリスマ性のある若い先生(全共闘世代)の就任などの条件がそろって、この「学級集団づくり」が非常に純粋なかたちで実現していたのでした。

ある一人の先生が3年連続で担任して着実に理想を具現化していったクラスが中心となり、その先生の指示により件のクラスの生徒が各種委員長に据えられるなどして、学校全体がいつのまにか「まとまり」を持つようになり、均一化していきます。周囲に迷惑をかけるな、はみ出たことをするな、「みんなのため」に決まったことに疑問を挟むな……。児童たちは、自分の班が「ビリ」にならないよう常に互いに競争し、ほかの班をビリにするために攻撃しなければならない。一方では集団遊戯などの導入により生徒間の連帯感が高められ、他方では子供を子供が糾弾することが集団の自浄作用として推奨される。

あくまでも「民主主義」、「児童たちの自主性をはぐくむ」という名目ではあるんだけど、うっかり周囲の空気に同調せず自分自身の脳みそで考えをめぐらせてしまった子供にとっては、かなり辛い状況。現に、早熟な「浮いた」子供だった著者は、委員会で疑問点を提示するなど目立った行動をとったために、ほかの優等生な子供たちの「自主性」による、教師を介在させない(しかし「学級集団づくり」の思想的には、教師側の思惑どおりである)呼び出し、吊るしあげを食らい、取り囲まれて自己批判を要求され、その後もほかの学年の生徒から石を投げつけられたりしています。

そんななかで原少年は、学校ではなく進学塾のほうに自分の居場所があると感じるようになり、塾に行くまでに利用する鉄道に心を安らがせるようになります(大人になった今も、そっち系の著作があったりと、かなり鉄道マニアみたいですね、この人)。そして結局、地元の公立中学に進まず中学受験をすることによって、この共同体からの脱出に成功します。しかしその後30年が経っても、「あれはなんだったのか?」と考えずにはいられない。強烈な経験であったがゆえに、苦い思い出の中にはノスタルジーも混じってしまう。

著者本人も書いているとおり、自分の個人的な体験を、学者としての目で歴史のなかのある「ひとこま」として分析するっていうのは、すごく難しいことで、実際この本も、かなり読んでて、もぞもぞと落ち着かないものがあった。同じ体験を、別の人の視点でも読んでみたいと、強く思った。

でも、その「読んでて落ち着かない」バランスの悪い部分、学術的な歴史検証の範疇を超えた部分こそが、この本にパワーを与えているような気もするんだなあ。だからこそ、ぐっと来るものがある。

子供の頃、小学校生活において「なんでもみんな同じっていいことだ!」と素直に思えなかった人には、ぜひぜひおすすめしたいよ。「そういうシステムだったのか!」って目から鱗が落ちるかも。同時に、あの頃の苛立ちや、やりきれなさが再燃するかもしれないけどね(苦笑)。

私は……どうなんだろ。自分としては、小学5年生後半から卒業までは、わが人生における暗黒時代、できるものなら記憶から完全消去したい時期、という位置づけなのですが。

ただ、その直前まで通っていたのが、アメリカの外国人受け入れ指定校(先生方が、いかに各生徒の多様な文化的背景を共存させるか、という方向に心を砕いてくださっていた)だったからなあ。いま思えば、日本人しかいない日本の小学校に編入したときのあれこれに、実際以上に「すごい同調圧力!」と過剰反応した部分はあるかも(当時はそんな言葉、知らなかったけど)。

時代的には、この本に出てくるような極端なことをやってたはずないんだよなあ。冷静に考えると、まったく「まとまり」のない集団生活というのも駄目だろうとは思うし。ただ、なんか問答無用というか、「話し合いの余地がない」と感じられたのが、イヤだったのかなあ。

とにかく、主観的には、あの頃は何気なくとった言動が思わぬ波紋を引き起こしたりして、ひたすら息苦しかった。結局、原さんのように偏差値の高い進学校に入る能力はありませんでしたが、わたくしも帰国子女受け入れプログラムのある中高一貫校へ逃げさせていただきました。帰国から月日が経ちすぎてて帰国子女対象の特別枠には入れてもらえず、一般受験でしたが、とりあえず入学さえしてしまえば、気持ちの上では楽ちんだった。我ながら軟弱なヤツだけど、あのとき受験に失敗してたら、いつか心が壊れていたんじゃないかと、今でも思ってる。たはは……。

んで、社会状況は変われど、現在の子供社会から「みんな一緒」じゃなくちゃいけないという同調圧力が払拭されているだろうという気も、まったくしていませんよ、実は。子供は、大人と違って自分が適応できるところまで完全な自力では逃げられないから、ほんと大変だ。現在、息苦しさを感じている子たちが、自分を撓めることなく「そこじゃないどこか」へ行けるようになるまでなんとか持ちこたえてくれることを、心から祈ります。

そしてオトナになった私たちは、「民主主義」とか「自主性」とかいう言葉でさえ、うっかり内実との照らし合わせを怠って漫然と受け止めているうちに、いつしか多数派でない層を一方的に抑圧して黙らせるシステムのために利用されてしまっている恐れがあるのだということを、忘れてはならないと思います。

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2007年11月30日

2007年11月に読んだものメモ

読了本 | 書籍・雑誌

実はこれを書いている今は、すでに12月6日の夜だったりするのですが、今までどおり、記事の日付は11月末日にしておきます。


Debbie Macomber "A Good Yarn" (Mira Books, 2005年)
 前に読んだ "The Shop On Blossom Street" の続編。毛糸専門店も軌道に乗って、またまた新しく編み物教室を開講することにしたリディア。今度の課題は前作のブランケットよりもちょっと高度になって、「靴下」です。靴下って、私が子供の頃、母親が棒針5本とかで編んでた記憶があるのですが、本書の中では輪針2本が使われているみたいです。そっちのほうがシンプルらしい。そして集まった生徒はティーンエイジャーから老婦人まで、前作よりもさらに世代ばらばら。やはりリディアを含む登場人物の女性たちそれぞれのプライベート・ライフに問題が発生しており、編み物を通じて徐々に世代や立場を越えた友情が育ち、それと共にみんなそれぞれのかたちで前向きに……とパターンは前作と同じなのですが、「ああ、そういう状況でそういう気持ちって、ありそうだよなあ!」という描写が的確で、ぐいぐい読んでしまいます。【Amazon.co.jp】


秋本尚美『家とオトコと猫 ずるずるオンナが家を建てたら…』(扶桑社,2007年5月)
 漫画家の著者が、一念発起して自分の家を建て、それがきっかけとなって腐れ縁的に同居していた男性とお別れし、幸せな結婚に至るまで。この手の本を読むたびに、負け惜しみでなく(本当に、負け惜しみでなく)、「私は一から自分が住む家を建てるようなことにならずに済んでよかったなあ」と思う私です。なんちゅーか私は、「そこまで細かく自分で考えなくちゃいけないなら、アリモノのハコでいいや……めんどくせー」と投げ出してしまうタイプなんだな(実際、いま暮らしている中古住宅を買う前の一時期、何も建ってない土地を買いかけてて、設計の相談も進みかけていたんですが、あのときは「これからやるべきこと」を考えただけで絶望のあまり気が遠くなりそうでした)。
 秋本さんが生活感のないスタイリッシュなお部屋を追求していくさまが、自分とはまったく発想が違っていて面白かった。収納スペースのドアの取っ手や電気のスイッチが視界に入ることすら許せない、生活感を抑えるためなら使い勝手が悪くなってもOKって、すごくない?(というか、ワタシ的にはすごい。)とはいえ、漫画家さんなので、そのくらいの美意識があってこそなのかもしれませんね。【Amazon.co.jp】


米澤穂信『氷菓』(角川スニーカー文庫,2001年10月)
 再読。古典部シリーズ第1弾。「省エネ主義」の主人公が、姉の命令により活動内容不明な「古典部」に入部し、巻き込まれタイプの探偵役として、学校生活の中でのちょっとした謎を解いていくうちに、重く苦いテーマにぶちあたる。同じ著者の「甘いものシリーズ」(正式名称はなんなんだ?)で“小市民”をめざす男子高校生といい、この年代特有の自意識みたいなのを、本人視点から書くのが上手いんだよなあ。青春です。【Amazon.co.jp】


米澤穂信『愚者のエンドロール』(角川スニーカー文庫,2002年7月)
 再読。古典部シリーズ第2弾。前作よりも、作品全体の構成に遊びを感じる。【Amazon.co.jp】


米澤穂信『クドリャフカの順番』(角川書店,2005年7月)
 古典部シリーズ第3弾。1作目で、文化祭のために文集を作らなくちゃという話が出て、2作目で文化祭のための出し物のお手伝いをして、ようやく! とうとう! 文化祭本番。しかし古典部は、ある「大問題」に直面していた……。これは、とにかく「高校の文化祭」の描写だけで楽しい楽しい。今回は主要キャラが順番に語り手となっており、いろいろ考えちゃって大人の目からはもどかしいことになっているのは主人公の省エネ少年・折木くんだけじゃなく、それぞれがいろいろ抱えているんだなあ、ということが分かります。それもまた、ティーンエイジャーの特権なのだけれど。【Amazon.co.jp】


米澤穂信『遠回りする雛』(角川書店,2007年10月)
 古典部シリーズ第4弾。入学当初から次の春までを扱った連作短編集。つまり、1作目から3作目と時期的にはかぶるのですが、それがまた、徐々に折木くんの意識が変わっていくさまが改めて読めて楽しい。この4作目にきて、いきなり千反田えるの存在感が増してきました。彼女が背負うものについての説明がはっきりあったから、というのもあるけど。これからどう成長していくんだろうなあ少年少女!【Amazon.co.jp】


入江敦彦『イケズの構造』(新潮文庫,2007年8月/親本2005年2月)
 《京都人のイケズ》を“よそさん”に解説。いろいろな事例が、これはイケズです、これはイケズではありません……と振り分けられていくのだけれど、分かるのとか分からんのとか、いろいろ(笑)。わたくし無粋者なので、昔ながらの京都で暮らしたら寿命が縮みそう……と震えつつ、自分の京都生まれの友達などを数人、脳裏に浮かべてみるに、私たちの世代から下では、こういう破壊力のある《イケズ》文化って、もうかなり廃れているのかもしれないよなあ、なんてことも思ったり。【Amazon.co.jp】


原武史『滝山コミューン一九七四』(講談社,2007年5月)
 目からウロコが落ちると同時に、なんだか妙に息苦しかった小学校高学年時代のやりきれない苦い気持ちがよみがえってきましたよ。別途、感想文を書きました。【Amazon.co.jp】


大森望・豊崎由美『文学賞メッタ斬り! 2007年版 受賞作はありません編』(PARCO出版,2007年5月)
 ここで取り上げられているような文学作品をほとんど読まない私なのに、なぜこのシリーズを読んでしまうのか(それも発売から半年遅れでウェブ上の感想ラッシュがひととおり落ち着いた頃になって)、自分が謎。おふたりのツッコミをもとに、対象になってる作品やら選評やらについて妄想するのが好きなんでしょうか私?【Amazon.co.jp】


青木るえか『主婦の旅ぐらし』(角川文庫,2004年4月)
 デビューエッセイ集『私はハロン棒になりたい』(本の雑誌社,2001年3月)を再構成して書き下ろしを加えたもの。先月読んだ、藤田香織さんの『だらしな日記』シリーズのどっちかで『私はハロン棒になりたい』について一言コメントがあり、今まで読んでいた青木さんの「主婦」シリーズとは違うもののような印象を受けて、ちょっと興味を引かれていたのでした。
 ああ、これは……真ん中に入っている、本に関連したエッセイの章が、とても面白い。しかも、ものすごく説明のしにくい面白さだ。なんというか、ミもフタもないんだけど、変に繊細、みたいな。本そのものとは全然違う方向に話が飛んで行っちゃってるのに、やたら引き込まれたり。でも、なんかものすごく「わかる!」って感じちゃったり。「森茉莉に長生きしてほしかった理由」なんて、壮絶に共感したよ(笑)。【Amazon.co.jp】


岸本葉子『がんから5年〜「ほどほど」がだいじ〜』(文藝春秋,2007年9月)
 私が知っていた、いちばん身近な癌患者は、診断直後から3ヶ月ほど入院したのち、結局は退院しなかったので、手術に成功したひとのその後のことって、最近まで実はあまり真剣に考えたことがなかった。でも、成功したらしたで、その後の生活も意識も、変わってしまうのだなあ。岸本さんは淡々と理性的に書いているけど。巻末には、各世代および岸本さんと同世代の女性が老後のことなどについて語る座談会のようすが収録されており、これもいろいろと考えることが多かった。【Amazon.co.jp】


岸本葉子『からだに悪い?』(中央公論新社,2007年8月)
 こちらは、上述の本より少し範囲を広げた、全般的な身辺エッセイのようなもの。本当に真面目なんだなあ、という印象。日々を丁寧に生きている。息を抜くことすら、きちんと考えてやってるような。こういう人もいるのだなあ。【Amazon.co.jp】


桜庭一樹『桜庭一樹読書日記〜少年になり、本を買うのだ。〜』(東京創元社,2007年7月)
 足取り軽くどこかへ移動するときの「らったった」という表現が妙に気になる。かなり気になる。実際の使用頻度は、本全体で数回だと思うのだけれど。それは私が、固有名詞としての「ラッタッタ」を記憶している世代だからでしょうか。この読書日記に目を通して、自分が読んでみたいと思った本は、『赤い蝋燭と人魚』および『レベッカ』なんですが、別に本書の中で強力プッシュされているわけでもなんでもなく。でも、新しい本ばかりじゃなく、古い本も読まなくてはという気持ちになったという点では、触発されたと言えるのかも。あと、最近よく平積みコーナーで見かける桜庭さんの新刊『私の男』は、書店でぱらぱらとめくってみて、ちょっと腰が引けていたのですが、この日記で執筆時の気合いの入れっぷりを知って、やっぱり読んでおくべきかしら……と思い始めています。
 こういうのとか先月の『だらしな日記』とか読んでると、うっかり自分も「読書日記」が書きたくなっちゃうな。絶対、すぐに挫折するけど。【Amazon.co.jp】


以下、漫画本。


小箱とたん『スケッチブック』第1〜4巻+出張版(マッグガーデン BLADE COMICS,2003年〜2007年9月)
 なんか知らんけど、いま夫がこれのアニメ版に、やたらめったらハマっています。サントラCDまで買ってくる勢いです(村松健って、こんな仕事もしてたんか!)。アニメに付き合う根性はなかったのですが、とりあえず原作の4コマ漫画を読んでみた。ほんわり。猫社会。地方都市の高校生活。【Amazon.co.jp】


今市子『百鬼夜行抄』第16巻(朝日新聞社,2007年11月)
 「三郎さん、それでいいのっ!?」と、なんだかすごく寂しいような。でも実際問題、仕方のないことなのかなあ。【Amazon.co.jp】


二ノ宮知子『のだめカンタービレ』第19巻(講談社,2007年11月)
 みんなそれぞれ、がんばっていた。のだめも初期の頃の破天荒さが薄れてきて、作品全体が、かつてはギャグの衣でカバーされていた、才能の有無が歴然と序列化される過酷な世界に生きる若者たちの成長物語という本質部分を前面に出してきているかんじ。【Amazon.co.jp】


よしながふみ『きのう何食べた?』第1巻(講談社,2007年11月)
 1ヶ月の食費予算が2万5千円なゲイ・カップルの食生活。仕事帰りの食材購入から盛り付けまで、手際よく仕上げられていく毎日のご飯が、詳細に描写されています。連載誌が『週刊モーニング』ということなので、これは「男性方にも、お料理に目覚めてもらおう!」みたいな目的意識をもって描かれているんだろうか? ワンポイント・アドバイスみたいなの付いてるし。味付けに市販のめんつゆとか焼肉のタレとか使っちゃうし。忙しいひと向けレシピ。ああでもこれ、献立が決まっていないときに読むと、すげー影響されるなあ。これ読んだせいで、久々にイワシの梅煮を作っちゃった。
 メインの2人をゲイに設定している意味は、なんなんだろう。特に弁護士である筧史朗の、親との微妙な距離感とか、お料理しつつ、いちいち男らしさにこだわるところとか、すごく屈折してる。もちろん、よしながさんは、もともと「BL」の人ではあるんだけど、一般向けのお話だって書けちゃう人だし、そこを敢えて、一般誌でこの設定にしているってことは、これからなんか対象読者の価値観を揺さぶるような「爆弾」を仕掛けてくるんじゃないか……みたいに、ちょっと身構えてしまっています。ま、このまま淡々とお料理漫画で続いてくれても、楽しいと思うんだけど。
 ……とかなんとか言いつつ、実は筧さんが鶏モモ肉を100g39円で買っていると知った瞬間、それまで考えていたことが何もかもふっとんで、うらやましさに「ぎゃー!」と叫びたくなりました。胸肉ならともかく! モモ肉で39円は、私の家からの徒歩圏内じゃ、ありえねー! 底値でも60円台だよ! いいなあ、いいなあ(←鶏モモ好き)。【Amazon.co.jp】


よしたに『ぼく、オタリーマン。』第1巻(中経出版,2007年3月)
 一時期、ネット上で大変、評判になっているようだったので、どんなものかなあ、と。すみません、いまひとつピンと来ないネタが多かった……。これが文化圏の違いというものか!【Amazon.co.jp】

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All texts written by NARANO, Naomi.