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2007年11月 2日

まぼろしの Every Breath You Take

音楽

日常生活ではもうあまり気にすることなく過ごせているのですが、ふと思いついて、音楽CDを聴きながら片方ずつ耳をふさいでみたりすると、やはり聞こえ方が左右で違うことが意識されて「ほえー」と思う耳鼻科通院中のナラノです、こんにちは。

しかし、それってつまり、両耳で聴いてるときも、今の私に聞こえているものは、ほかの人が両耳で同時に認識している音とは、微妙に違ったりしてるってことなのかなあ? とりあえず何を聴いても、24時間コンスタントにキーーーーーンと「耳鳴り」付きです。デフォルトでノイズ入ってます。

そんな私が、こんなのとかこんなのとか、歌手のファンサイト(?)を2つも作っているって、どうなんでしょう? ほかのファンの人たちに眉をひそめられたりしないかしら?

でもどっちみち、自分の耳で認識されている音が、ほかの人の耳に聞こえているものと、どれくらい同じかなんて、もともと確認のしようがないんですよね。今までだって、その時点において私の耳に聞こえるものを、私にできる範囲で、めいっぱい楽しんでいただけ。

Need U Most

さて、そんなんなで開き直ってこちらでも音楽ネタですが、ここ最近、ずっと聴いているのは、台湾を拠点に活動するマレーシア華人ミュージシャンである、品冠(ビクター・ホワン)の『Need U Most』(台湾,2007年10月)というアルバムです。

曲目が、すごいんですよ。ほぼ全部(最近のヒュー・グラント映画で使われてた "Way Back into Love" 以外)が、タイトル覚えてなくても聴けばその瞬間「ああ!」と思っちゃう、どっかで聴いたような古めの洋楽カバー。

  1. Just When I Needed You Most
  2. Way Back into Love
  3. Now and Forever
  4. Every Breath You Take
  5. Seasons in the Sun
  6. Have I Told You Lately
  7. Pretty Woman
  8. That's Why You Go Away
  9. The End of the World
  10. And I Love You So
  11. Dancing Queen
  12. Top of the World
  13. K歌情人 (Way Back into Love 中国語版)

「マレーシア人(しかも普段は中国語で歌ってる)が、そんなものを?」って思うでしょ。ところがこれがねえ、なかなか面白いアルバムになっている。

品冠さんは、私が応援ページを作っている光良(マイケル・ウォン)と、かつて一緒にデュオを組んでいた人です。すでに品冠さんについては当サイト内に熱く語っているページがあるのですが、すごく巧いし守備範囲が広いと思うんですよね。とにかく美声だし。

で、この人、前からときどき、スタンダードな洋楽を英語の原曲のまま歌ったりしていて、それが、とってもいいかんじだったのです。だから前述の「熱く語っているページ」にも、洋楽カバー集を出してくれたら絶対買うのに……って、冗談半分に書いてたんだけど。まさか、本当に出してくれるとは思わなかった! リリース情報を見てから実際にCDを入手するまで、考えるだけでじたばたしちゃうくらい楽しみでした。

「いわゆる英語圏」出身の人じゃないなんて、ほとんど意識しないくらい違和感なく歌ってるし。普段の英会話ではきっとちょっとは出ているはずの、「マレーシア英語」特有の癖や中国語訛りも感じない。ものすごく原曲を聴き込んでるせいじゃないかなあ。こういうのを聴きながら育ってきた人なんだなあ、本当にこれらの収録曲が好きなんだろうなあ、世代的に(品冠さんは1972年生まれ)リアルタイムでハマるには古すぎだろって曲は、親御さんが好きで家庭内で流れていたんだろうか……などとあれこれ想像して、にまにましてしまったりも。

基本的にどの曲も、彼独特の温かみのある歌声をフルに活かしつつ、原曲のイメージを尊重した、誠実な仕上がりになっていると思います。

ところが。そんな中で、1曲だけ、異彩を放っているように感じられたのが、The Policeの1983年のヒット曲 "Every Breath You Take"(邦題「見つめていたい」) だったのでした。

なんか……原曲と比べて、品冠さんバージョンは、びっくりするほど「あっけらかん」としているのです。こんな屈託のない "Every Breath You Take" を聴いたのは初めてかも!

この手の音楽に造詣が深いわけではないので、あくまでも自分の個人的な印象ですが、原曲を改めて聴いてみると、主旋律のメロディラインだけならシンプルかつ明るめで、前へ前へと着実に押し出されていくような流れになっているのに、その一方で「あなたの一挙手一投足を見ている」という趣旨の、ストーカー的な要素の含まれる歌詞、無機質さをも感じさせる淡々と小刻みな低音によるリズム、美しいけどそこはかとなく不穏なものが漂うアルペジオで繰り返される弦の音、何か強い感情を敢えて抑制した雰囲気を持つ(そしてだからこそ魅惑的でもある)スティングの微妙にハスキーなヴォーカル――とにかく、全体的には決して、単純な明るい純愛ソングには聞こえないんですよね。一筋縄では解釈できません、という複雑なかんじ。当時のMVだって全編モノクロで、メンバーも厳しい表情で、なんだか寒々とした映像。

何より、ウェブをちょこっと検索してみれば、この曲を作ったスティング自身が、その際「監視と支配 (surveillance and control)」を念頭に置いていたと語っているインタビュー記事を読むことができます(参照)。

なのに、曲によっては「コピーバンドかよ!」と突っ込みを入れたくなるほど原曲リスペクトだったりもしているこのアルバムにおいて、品冠さんは原曲にあったリズム刻みの無機質さもアルペジオの神経質なかんじもさくっと無視した、いかにも南国のあっかるい日差しに似合いそうな、じゃらんじゃらんと毒気のないアコースティック・ギターに乗せて、聴き手を包み込むように優しく、あくまでもさわやかに楽しげにシンプルに "Every Breath You Take" を歌ってしまっているのです。

なんちゅーか、スティングが歌うと「お前が誓いを破ったのも俺は見ているぞ」に聞こえる部分が、品冠さんの声だと「約束を破られたってぼくはきみを見捨てないよ」に聞こえる(笑)。

けれども実は、初めてこの品冠さんバージョンを聴いたとき、メロディへの親和性だけでない、なんともいえない懐かしい感覚が湧いてきてしまったのでした。

そして、これってなんなんだろうと思いつつ、何度も聴いているうちに、ふと気付いたこと――そういえばこのアルバムに収録されている、ほかの歌って私、みんな早くても10代後半、思春期突入より後になってから初めて聴いてるんですね。自分が生まれる前に作られたような古い曲も、映画で使われてたのを耳にして知った、とか、どっちかというと「お勉強」的な出会い方で。

だけど、"Every Breath You Take" だけは、違うんです。この曲がリリースされた1983年、私は、ようやく親と先生が与えてくれるもの以外にも音楽ってあるんだ、と気付き始めたばかりの、奥手な13歳でした。

大ヒットした曲だったので、リアルタイムで世間に膾炙し始めた時期の記憶はあるけど、積極的に意識して聴いたわけじゃない。ラジオから、テレビから、街を歩いているときにその辺の店先から聞こえてくるのを、ぼんやりと認識していた。そんな受け身な聞き方でも、なんとなく断片的に歌詞内容は頭に入ってきます。繰り返されるメロディは、知らず知らずのうちに、鼻歌になっちゃったりもします。

そんなふうに漫然と聞いていた私の中での "Every Breath You Take" のイメージは、まさしく今、品冠さんが歌っている、こういうかんじじゃなかったか。

キャッチーでポップな表層部分だけに、アンテナを反応させて。あの頃は多分、そういう部分しか、受け止めていなかった。常に常に、いつどんなときでもある特定の人から見られ続け把握されていることが、閉塞感や息苦しさにつながる場合があるなんて、考えたことすらなかった。そりゃあ好きな人のことなら何でも知りたいよね、ずっとずっと見ていたいよね、そういうのって素敵だよねって、何の疑問もなく単純にほわほわしている、オコサマだった。

もしかして、少年時代の品冠さんも、そうだったのかなあ……と思ってしまうのは、妄想しすぎだろうか。The Policeが活動していたイギリスの曇り空とは無縁の、燦々と太陽がまぶしいマレーシアの青空の下で。練習し始めたばかりのギターを抱えて。ごくごく純粋な気持ちで、ずっと見つめていたい誰かとの出会いに憧れて。かっこいい曲だなあ、takeとかmakeとかbreakとかstakeとかって、1行ごとに脚韻を踏んでるのが理解できちゃう自分が嬉しいなあ、英語の歌って面白いんだなあって、無邪気に夢中で。

少なくとも私は、品冠さんが歌うこの曲を聴いていて、どうやら知らないあいだに、あの頃の自分の感覚をよみがえらせてしまっていたみたいです。

そして今になってみれば、そんなふうに、曲の裏に込められた「毒」の部分に気付くことなく、ものごとの健やかな面しか認識できずにいた当時の幼い自分が――けっこう、いとおしかったりしてしまうんだな。ちょっと、きゅーんとなってしまいそうなほどに。

最初からスティングはいつだって、ハスキーな抑制された声で「監視と支配」を歌っていたのだろうけれど、英語を第1言語としない国に住む13歳の女の子だった私の耳に聞こえていた "Every Breath You Take" は、現在の大人になった品冠さんが朗々と歌ってくれているような、一途でシンプルなラブソングだったのだと思う。聴いてみて、初めて気付いた。ありがとう、ありがとう、品冠さん。


なんだか、品冠ファンからも、スティングないしポリスのファンからも怒られそうな気がしてきましたが。

Posted at 2007年11月 2日 12:39



All texts written by NARANO, Naomi. HOME