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2007年11月26日

原武史『滝山コミューン一九七四』

読了本 | 書籍・雑誌

滝山コミューン1974

講談社(2007年5月)【Amazon.co.jp】

著者が小学6年生だった1974年って、私はまだ4歳。だから世代はちょっと違うんですが……あった、あったよ、私の小学生時代にも、これに近いコンセプトのクラス運営! 多分あの頃はもう、ここまであからさまじゃなかっただろうけど!

あれは、生徒たちに自主的に自立したコミュニティを形成させようという、「学級集団づくり」という教育法として確立された理論に基づく指導の名残りだったのですね! 今の小学校では、どうなっているんだろう?

原さんが少年時代に通っていた小学校は、時代的背景、生徒の大半が同じ「滝山団地」住まいで家庭環境が似通っていたこと、PTAの力が強く母親の協力が得られやすかったこと、熱意とカリスマ性のある若い先生(全共闘世代)の就任などの条件がそろって、この「学級集団づくり」が非常に純粋なかたちで実現していたのでした。

ある一人の先生が3年連続で担任して着実に理想を具現化していったクラスが中心となり、その先生の指示により件のクラスの生徒が各種委員長に据えられるなどして、学校全体がいつのまにか「まとまり」を持つようになり、均一化していきます。周囲に迷惑をかけるな、はみ出たことをするな、「みんなのため」に決まったことに疑問を挟むな……。児童たちは、自分の班が「ビリ」にならないよう常に互いに競争し、ほかの班をビリにするために攻撃しなければならない。一方では集団遊戯などの導入により生徒間の連帯感が高められ、他方では子供を子供が糾弾することが集団の自浄作用として推奨される。

あくまでも「民主主義」、「児童たちの自主性をはぐくむ」という名目ではあるんだけど、うっかり周囲の空気に同調せず自分自身の脳みそで考えをめぐらせてしまった子供にとっては、かなり辛い状況。現に、早熟な「浮いた」子供だった著者は、委員会で疑問点を提示するなど目立った行動をとったために、ほかの優等生な子供たちの「自主性」による、教師を介在させない(しかし「学級集団づくり」の思想的には、教師側の思惑どおりである)呼び出し、吊るしあげを食らい、取り囲まれて自己批判を要求され、その後もほかの学年の生徒から石を投げつけられたりしています。

そんななかで原少年は、学校ではなく進学塾のほうに自分の居場所があると感じるようになり、塾に行くまでに利用する鉄道に心を安らがせるようになります(大人になった今も、そっち系の著作があったりと、かなり鉄道マニアみたいですね、この人)。そして結局、地元の公立中学に進まず中学受験をすることによって、この共同体からの脱出に成功します。しかしその後30年が経っても、「あれはなんだったのか?」と考えずにはいられない。強烈な経験であったがゆえに、苦い思い出の中にはノスタルジーも混じってしまう。

著者本人も書いているとおり、自分の個人的な体験を、学者としての目で歴史のなかのある「ひとこま」として分析するっていうのは、すごく難しいことで、実際この本も、かなり読んでて、もぞもぞと落ち着かないものがあった。同じ体験を、別の人の視点でも読んでみたいと、強く思った。

でも、その「読んでて落ち着かない」バランスの悪い部分、学術的な歴史検証の範疇を超えた部分こそが、この本にパワーを与えているような気もするんだなあ。だからこそ、ぐっと来るものがある。

子供の頃、小学校生活において「なんでもみんな同じっていいことだ!」と素直に思えなかった人には、ぜひぜひおすすめしたいよ。「そういうシステムだったのか!」って目から鱗が落ちるかも。同時に、あの頃の苛立ちや、やりきれなさが再燃するかもしれないけどね(苦笑)。

私は……どうなんだろ。自分としては、小学5年生後半から卒業までは、わが人生における暗黒時代、できるものなら記憶から完全消去したい時期、という位置づけなのですが。

ただ、その直前まで通っていたのが、アメリカの外国人受け入れ指定校(先生方が、いかに各生徒の多様な文化的背景を共存させるか、という方向に心を砕いてくださっていた)だったからなあ。いま思えば、日本人しかいない日本の小学校に編入したときのあれこれに、実際以上に「すごい同調圧力!」と過剰反応した部分はあるかも(当時はそんな言葉、知らなかったけど)。

時代的には、この本に出てくるような極端なことをやってたはずないんだよなあ。冷静に考えると、まったく「まとまり」のない集団生活というのも駄目だろうとは思うし。ただ、なんか問答無用というか、「話し合いの余地がない」と感じられたのが、イヤだったのかなあ。

とにかく、主観的には、あの頃は何気なくとった言動が思わぬ波紋を引き起こしたりして、ひたすら息苦しかった。結局、原さんのように偏差値の高い進学校に入る能力はありませんでしたが、わたくしも帰国子女受け入れプログラムのある中高一貫校へ逃げさせていただきました。帰国から月日が経ちすぎてて帰国子女対象の特別枠には入れてもらえず、一般受験でしたが、とりあえず入学さえしてしまえば、気持ちの上では楽ちんだった。我ながら軟弱なヤツだけど、あのとき受験に失敗してたら、いつか心が壊れていたんじゃないかと、今でも思ってる。たはは……。

んで、社会状況は変われど、現在の子供社会から「みんな一緒」じゃなくちゃいけないという同調圧力が払拭されているだろうという気も、まったくしていませんよ、実は。子供は、大人と違って自分が適応できるところまで完全な自力では逃げられないから、ほんと大変だ。現在、息苦しさを感じている子たちが、自分を撓めることなく「そこじゃないどこか」へ行けるようになるまでなんとか持ちこたえてくれることを、心から祈ります。

そしてオトナになった私たちは、「民主主義」とか「自主性」とかいう言葉でさえ、うっかり内実との照らし合わせを怠って漫然と受け止めているうちに、いつしか多数派でない層を一方的に抑圧して黙らせるシステムのために利用されてしまっている恐れがあるのだということを、忘れてはならないと思います。

Posted at 2007年11月26日 22:15

コメント

お久しぶりです。
ああ、この本読みたいんですよ!
前回探した時はちょっと手に入らなくて、まだ手元にもないんですけど。
私も小学校高学年からの数年は、しんどかったです。おかしいと感じたことに黙っていられなくて、友達とも先生ともけんかばっかりしてたな。
私は海外生活経験なしですが、帰国子女枠のある中高一貫教育の学校に高校から入ったので、そういう学校の雰囲気はとっても良くわかります。”個”が尊重されている学校での3年間は、私にとってとても貴重なものだったな、と思います。

投稿者 asako : 2007年11月27日 06:48



asakoさん、お久しぶりです!
これ、面白い……というと語弊があるかもしれないけど、非常に興味深い内容でしたよ。

著者のかたは、自分の小学生時代の日記なども資料として使っていらっしゃるのですが、それにしたってすごいわ、というほどしっかり当時の出来事や自分が感じたことを記憶してて、臨場感あふれる記述になっています。

おかしいと思ったことを、普通に(けんかにならずに)意見として表明できる環境が、当たり前であることが理想なんですけれどもね……。今でもなかなか、難しいものがあるのかなあ。

投稿者 ならの : 2007年11月27日 23:14





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