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2008年1月29日

松谷みよ子『自伝 じょうちゃん』

読了本 | 書籍・雑誌

自伝 じょうちゃん

朝日新聞社(2007年11月)【Amazon.co.jp】

「モモちゃん」シリーズや『ふたりのイーダ』などで知られる児童文学者の自伝。『週刊朝日』2006年9月1日号から2007年3月16日号に掲載されたものを一部削除し、加筆訂正。

ご多分にもれず私も、幼児の頃は「モモちゃん」などのお世話になって育ったわけですが、1926年生まれの松谷さんは自分の親よりずっと年上だったんだなあ、ということに、これ読んで初めて気付きました。

のちに政治家としても活躍した弁護士一家のところの、末っ子のお嬢さんとして生まれ、しかしお父さんを11歳のときに亡くし、やがて戦争が始まり、食べるものにも困るようになり――といったいきさつが、淡々と、しかし瑞々しい文章で語られます。情景が、すごく遠いところなのにはっきりと目に浮かぶような、不思議な感じ。

読み進めるうちに、幼い頃から親しんでいた松谷さんの童話の中の一節を思わせるエピソードに気付いて、なるほど、これが作中でああいうふうに活かされたのか、と懐かしく思ったり、逆境に置かれたときの、友人たちや師事していた坪田譲治さんからのサポートに心が温まったり。そして同時に、ご家族とのあれこれに、切なくなったりも。

この本の内容だけでは分からないけれど、年齢から考えても、松谷さんのお姉さんとお母さんは、どちらももうご存命ではないのかな? このおふたりが読むかもしれないのであれば、書けなかったのでは……というような記述が、ところどころにありました。

本書は松谷みよ子さんの視点で書かれているので、ご家族にはご家族の言い分があるのかもしれないけれど、これを読むかぎりでは、お父さんが生きていらした頃に高度な教育を受けて育ったお兄さんやお姉さんと比べて、末っ子であったみよ子さんは、仕方のないこととはいえ、イヤな表現をすれば、かなり“貧乏くじ”を引いているように思います。

戦時下および戦後の頃など、華も教養もあるけど生活力が弱いお姉さんやお母さんよりも、まだ十代あるいは二十歳そこそこのみよ子さんのほうが、ひたすら家族のために頑張っていた感が。徴兵されていたお兄さんさえ、戦争が終わって戻ってきたとき、家が焼失したあとの東京に一家がふたたび基盤を築けていなかったことについて、まずは末っ子のみよ子さんを責めるのです。そしてみよ子さんは、その期待に応えようとまた頑張ってしまう。なのに、身体を酷使しつづけたみよ子さんが病に倒れて入院しているあいだに、お姉さんたちはみよ子さんを家に戻って来させないための算段をしていたりするのです。

それだけ、厳しい時代であった、ということなのでしょう。著者は、この頃のことを、静かに振り返って受け入れていらっしゃるようではありますが、それでも何か複雑で微妙な哀しみがないはずはないと、考えずにはいられません。家族って難しい。そして、そんな厳しい時代でも、親身になって動いてくれる恩師や友人に囲まれていらしたのは、それだけの何かが、松谷さんにあったんだろうなあ、とも思います。そういえば、ママやモモちゃんやアカネちゃんが大変なときに、見返りを要求することなくせっせと助けてくれるのも、“おいしいもののすきなくまさん”のような、血縁関係のない友人たちでしたね。

戦時中は、ためらいもなく女子挺身隊に応募し、御国のために命を投げ出すことを厭わない“軍国の乙女”であったというのも、その後の松谷さんの作品を思い返すと感慨深いものがありますが、裏返せば、ひたすら真摯に混じりけのない理想を追求する純粋な女の子だったのだろうな。

「モモちゃん」シリーズでも“パパを残してのお引越し”という形で触れられていた離婚については、最後のほうでさらりと言及されているのみですが、そこまで追いつめられていく過程は、淡々と書かれているだけに、胸が痛みました。その後のことは、『小説・捨てていく話』(筑摩書房)という本に書かれているそうなので、いつか受け止めるパワーのあるときに、読んでみたい。

Posted at 2008年1月29日 20:55



All texts written by NARANO, Naomi. HOME