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2008年2月20日

ナオミ・ノヴィク『テメレア戦記I 気高き王家の翼』

読了本 | 書籍・雑誌

テメレア戦記I 気高き王家の翼

那波かおり・訳/ヴィレッジブックス(2007年12月)【Amazon.co.jp】

原書は、Naomi Novik "His Majesty's Dragon" (2006)

あのピーター・ジャクソン監督が、このシリーズの映画化オプション権を取得したというニュースを最初に知ったのは、2006年秋のこと。その後うーん、面白いのかなあ、と書店の洋書コーナーに行くたび横目でちらちら見続けていましたが、去年の暮れになってついに邦訳が。ずっとペーパーバック買いそびれててよかった(笑)。

それにしてもこれはたしかに、ちゃんと細部まで作り込んで映像化してくれたら、すっごくわくわくするんじゃないかな。迫力あるダイナミックな空中戦、生き生きとしたドラゴンたち、そしてミクロな視点からの想像力を駆使して表現された生活感。うん、本気で観てみたい。『ロード・オブ・ザ・リング』のジャクソン監督とWETAチームがやるなら、期待大(ただ、邦訳版の帯には「映画化決定」と書いてあったように思いますが、著者公式サイトの情報を見たかぎりでは、現時点ではまだ権利が売買されただけの段階であって、映画化に着手すると本決まりになったわけではなさそう?)。

ジャンルとしてはカバー折り返しの記述のとおり歴史ファンタジーであると同時に、詳細なシミュレーションに基づく「架空戦記」とも分類できるかもしれません。19世紀初頭、ナポレオン戦争の時代に、もしも人との意思疎通が可能な“ドラゴン”が存在しており、戦力として重要視されていたら……という。

さまざまな種に分かれたドラゴンたちの各属性、習性、能力、人間の管轄下に置かれた場合の役割などが細かく設定されていて、とても面白い(ちょっとゲームっぽい感じもするけど)。ドラゴンの出てくるファンタジーにありがちな古代や中世風の異世界を舞台とするのではなく、歴史で習った現実の近代ヨーロッパ世界に、いきなり“ドラゴン”という異質な要素が投入されてるだけでも新鮮ですが、細かいところで特に斬新だと感じたのは、巨大な1頭のドラゴンに搭乗するのが、複数の人間である点。「キャプテン」を筆頭にチームを組んで訓練を積んだ「クルー」なのです。なんだかまるで、この世界のドラゴンは知性を備えた生身の空飛ぶ船って感じ。うん、なんとなく飛行機よりも船だな、イメージが。自らがクルーメンバーの一員でもある、船。

その「船」という印象は、主人公(の1人)であるローレンスが、もともとは海軍将校だというところからのものかもしれないのですが。

このローレンス、なりゆきで絆を結んでしまって放り出せなくなった生まれたてのドラゴンのために、家族や婚約者同然だった女性とのつながりを断ち切ること覚悟で、それまでの地位や経歴も役に立たない、空軍の新人飛行士に転身してしまいます。とても誠実で真面目で責任感の強い、英国紳士。誇り高く義理人情に厚く、激情まかせの行動がまったく似合わない、常識的で理性的な大人です。なんか、冒険ファンタジーでここまで落ち着きのある主人公って、あんまりいない気がするよ(偏見?)。ほかの作品であれば賢明な年長の脇役として、熱血な年若き主人公を静かに強力にサポートしてくれてそうなキャラクター。

しかしながら。一貫してローレンス視点で進むこの物語には、実はローレンスに比肩する主人公ポジションで、ちゃんと“年若い少年”キャラも用意されているのです。それが、ローレンスが卵からの誕生に立ち会い、のちにキャプテンとして搭乗するドラゴン、テメレアです。

テメレア……ほんっとうに、言動が健気でかわいいんですよ! 牛とか丸ごとガツガツ食べちゃう巨大な肉食ドラゴンだけど! 卵の中にいるあいだにも周囲の音などを聴きながら成長しているので、殻が割れて生まれ出た瞬間から人間と同じ言葉をしゃべります。彼が徐々に自らの生きる世界のことを学び、心と体を成長させてゆくさまが鮮やかに描かれていて、保護者であるローレンスと一緒に、ほのぼのしたり感激したり。

利発で読書好き(巨体すぎて自分では本のページをめくれないのでローレンスが読んであげる)で、ちょっとむこうみずとも言えるけどとても勇敢で、ローレンスをひたすらに慕っているテメレア。公的には英国軍人ローレンスの「戦利品」だったテメレアは、原題および邦訳サブタイトルが示すように、イギリス王家に所属することになっていますが、そのあまりにも一途で純粋なローレンス本人への忠誠心が、いつか軍によって課せられた責務とのあいだに齟齬をきたして、ふたりを苦しめることになるのではと、読んでて少し不安になってしまうほど。

しかしこの第1巻のラストではまだ、ふたりの絆が本当にゆるぎないものとなり、周囲のドラゴンたちの誰にも似ていなかったテメレアの出自が明らかとなる過程を経て、今後さらに彼らがこのヨーロッパ全土を巻き込んだ戦争に翻弄されていくであろうと、読者に予感させるに留まっています。

Posted at 2008年2月20日 11:34



All texts written by NARANO, Naomi. HOME