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2008年2月27日

ジミー(幾米)『幸せの翼』

読了本 | 書籍・雑誌

幸せの翼

岸田登美子・訳/小学館(2004年11月)【Amazon.co.jp】

台湾の人気絵本作家、幾米(ジミー・リャオ)による『幸運兒(Mr. Wing)』(2003年)の邦訳版。本書を手に取ったのは、2005年に台湾で上演された、この作品を原作とするミュージカルに、光良(マイケル・ウォン)が出演していたからです。つい最近になって唐突に発売されたサントラCDを聴いていて興味が湧いてきたので。CDに付属していた冊子の写真を眺めながら中国語の歌に耳を傾けているだけでは、なにがなにやらですし。

しかし一読して、うぅ〜〜〜む……と唸ったまま、言葉もなく放心してしまいました。私にとっては、気が遠くなるほど恐ろしいお話でした。どこに何を投影するかで、読むたびに受け止め方が変わってしまうのでしょうけれどもね、こういうのは。でも、今までに読んだ幾米の絵本のなかで、少なくとも読んでる途中はいちばん、「怖い」あるいは「重い」と感じましたよ。

反面、ほかの幾米作品と同じく、やわらかい描線のユーモラスな絵に、あふれんばかりの豊かで鮮やかな色彩が駆使されていて、細部の描き込みの凝りようなんかも素晴らしく、同じページを何度も飽きずに眺めてしまうのですが。

意表を突かれたのは、序盤からずっと「彼は……」というふうにストーリーが語られていくので、てっきり主人公である《彼》視点による三人称の物語なのかと思ってたら、中盤で突然、「僕は……」と、一人称の表現が出てきて、別の語り手が存在することが明らかになる点です。しかも、そのページを隅から隅まで見ても、《僕》の姿はどこにもないのです。

さらにページをめくっていけば、やがて《僕》はおそらくこの人なのだな、と見当がつくのですが、それは主人公と人生を分かち合うことが期待される血縁者や配偶者などではなく、ただ《彼》のそばにいるだけというポジションのキャラクターなのでした。その距離感が、あとになって考えると絶妙。

誰もが羨む、分かりやすい「幸福」をそのまま体現しているかのような人生を送ってきた主人公の身に、さらに「奇跡」が起こる。けれどもそれは、決して本人が望んだものではなくて。

背中に生えた奇跡の翼は、やがて皆の期待に応えようと頑張っていた主人公から、それまでの「幸福」を構成していた何もかもを奪っていく。そしてまた、主人公に近しかった人たちから、彼の存在そのものを剥ぎ去っていく。彼は常に、異端の者。運命に抵抗することは苦しく、運命を受け入れることは孤独。それとも、そうでもないのかな? 彼と同種の者はどこにもいないけれど。それは本当は、誰でも同じ?

これは、誰とも共有してもらえない、自分だけの運命を受け入れ、かつ心静かに在ることについての物語なんだと思いました。

ミュージカル版では、クライマックス(たぶんクライマックス……中国語分からずに聴いてるから定かではない)のところに、宮澤賢治の「雨ニモマケズ」の冒頭部分が日本語で入っていました。朗読しているのは、松島誠さんという方(この人かなあ? 中国語圏での仕事もしているみたいなこと書いてあるし)。

自然と共に在り、自分にできることを淡々とやり、独りのときに涙を流し、いつもは静かに笑っている、褒められもせず苦にもされない――宮澤賢治がいうところの「サウイフモノ」を志向すること。それが、この物語の主人公が最終的にたどった道にも、通じているというのが、ミュージカル版の脚本を書いた人の解釈だったのかなあ?

あと、こういう読み方は無粋だと自分でも思うのですが、幾米の経歴を見ると、もともと会社勤めをしていた彼が絵本作家になったきっかけは、白血病になったことなのだそうです(そういえば、これのあとで初期作品の『ほほえむ魚』を読んだら、冒頭に病院スタッフやお医者さんへの献辞がありました)。そういう知識を念頭において読み直すと、突然生えてきた「翼」によって普通の平穏な生活を送る能力を理不尽に奪われてしまった主人公には、幾米自身が投影されているような気もしてきます。

ああ、それから、本書の最後のほうのページには、満席になった映画館内のシーンがあって、この映画館では『ターンレフト ターンライト(向左走・向右走)』(幾米による原作本の邦題は『Separate Ways 君のいる場所』)が上映されているようなのですが、やはり私の脳内では、本書においてもスクリーンのなかにいるのは金城くんってことにしておいた!(絵本のページに描かれてたのは、映画バージョンでは原作から改変されてて使われなかった場面だけどね!)

Posted at 2008年2月27日 10:55



All texts written by NARANO, Naomi. HOME