LOVE THE MUSIC〜心に残る一枚〜
 (アレッド・ジョーンズ「天使の歌声」)

(1995年9月、友人の自費出版誌『OFF!』創刊号に「音楽コラム」を書けと言われて出したもの)


*


 中学・高校と6年間、女の子ばかりで過ごしたミッション・スクールの特殊事情だっ たのか、それとも共学校にも一部同じような風潮があったのか、私は知りません。とにかく高校生の頃、私の周りでは「美少年が好き」と公言してはばからない女の子たちが、少数派ではあるものの結構目立っていたように思います。この場合の〈美少年〉は、必ずしも明るく爽やかなアイドル系の男の子たちではなく、時に典型的なところでは(古いけど)映画「ベニスに死す」(註1)のビョルン・アンドルセンのように、怜悧でどこか頽廃的な雰囲気をもつ中性的な子だったりするんですね。


 当時封切られた映画では、男の子同士の愛を扱った「モーリス」(註2)なんかも人気がありました。最近、本屋で表紙が漫画の絵になってるティーン向け文庫本のコーナーへ行くと 〈少年の同性愛〉物が一大ジャンルを形成していたりするようですが(……言っとくけど、私はこういうことをあくまでも「知識として」知っているだけなのよっ!(註3))、そういうのを必要とする女の子たちともまた少し、あの頃の彼女たちは違っていたような気がします。


 彼女たちによって、少年たちは日常を超えた存在として遠目に「鑑賞」されています。美術品のように。そしてそれは、自分より(笑)美しい男の子なんてちょっと嫌かも、という考えの自分にはよく理解できない感性だと私はずっと思っていました。


*

 ところが、ある日突然。私は、〈アレッド・ジョーンズ〉に「はまって」しまっていたのです。アレッド・ジョーンズはその頃、〈百年に一度のボーイソプラノ〉というキャッチフレーズとともに日本に紹介された、イギリスはウェールズ出身の、なかなか見栄えのする男の子でした。ですから、例の彼女たちがアレッド・ジョーンズを聴いていても、そこには別に何の違和感もない。実際、チェックの対象には入っていたようです。しかし、この私が!


 そもそも私が彼のレコードを買ったのは、前から興味のあったウェールズの民謡が多く収録されていたからだったのですが……それまで声楽曲というものに何の興味も持っていなかった私が、人間の声を美しいと思ったのは、あれが初めてだったような気がします。 (そして、別にこれをきっかけに目覚めたというわけでもなかったのは、その後も彼のアルバム以外で声楽曲のレコードやCDを買ったことはほとんどない、ということから明らかです。)あの頃、来る日も来る日も私は、日本では最初に出た彼のアルバム「天使の歌声」(註4)〕の、一曲目に入っている「アヴェ・マリア」(メロディはバッハ/グノーの方)を聴いていました。あの時の集中力は、自分で思っても異様なものがありましたね。この曲の最後の盛り上がりの部分に向かって彼の声が徐々に昇り詰めていくと、必ず私は息がつまるほど切なくなって涙ぐんでしまったものです。また今だから言えますが、確かに私は、彼の容姿も好きでした。彼の写真が載った雑誌を色々買いました。


*

 今、改めてアレッドの歌声を聴くと私は、高校時代に同じクラスだった〈美少年趣味〉の女の子たちのことを思い出します。彼女たち、および彼女たちと仲のいい人々は大概、非常に頭も成績も良くて、一見何事にも自信満々で、そして少しエキセントリックです。荻原朔太郎の詩に対する解釈が現国の先生よりも深かったり、ニーチェの思想を自分独自の言葉で解説できたりします。変にミーハーなノリで特定の学者のファンをやってる子もいました。当時ちょうど急速に有名になりつつあった中沢新一を「しんちゃん」と呼んで写真集めてたりとか(まあ、もちろん本も読んでたんでしょうが)。(註5)彼女らが団結するとクラス内での影響力も強くて、私などはちょっと圧倒される感じでした……。


 でも、もしかしたら。と、今「アヴェ・マリア」を聴きながら、私は思います。ああ やって「美しいもの」を自分の視界のなかに配置することにやたら熱心だった彼女たちは、本当はあの頃、私と同じくらい毎日の生活に苛立ちや息苦しさを感じていたかもしれない、と。私がアレッドのソプラノを聴いている間は自分にのしかかってくる現実から逃れていられたように、彼女たちも、美少年や朔太郎やニーチェにかまけている間は、いろんな 俗っぽくて嫌なこと、考えずにすんでいただけなのかもしれない。当時は死んでも使いたくないコトバだと思ってましたが、やっぱり〈思春期〉としか定義しようのない時期は、存在するのです。意味もなく色々苦しい時期は。みんな今頃、どうしているのでしょう。


*

 実は「天使の歌声」が日本で発売された時点では、現実のアレッドの声はもはやボーイソプラノなんかではなかった筈です。彼は1970年生まれの私と同い年で、そしてこれを聴いたときの私が高校生だったのですから(今ジャケットを見たら、録音は1983年)。私たちは、もはやこの世には存在しない声を聴いていたのです。しかし大人の女性によるどんなに美しいソプラノも、あんなふうに高校生の私を捕らえることはなかったでしょう。子供にしては巧みすぎ豊かすぎる彼のソプラノから、私は決して、子供らしい無邪気さも透明さも感じてはいなかったのに、それでもそれは明らかに真っ直ぐで真っ正直な「少年」の声であり、そしてその率直さこそがあの頃の私にとって「救い」であり得たのだということが、今なら分かります。なんだか自分で書いてて照れてしまいますが。


 ちなみに。アレッドが〈美少年〉だったのはむしろ声変わり後で、声が美しかった頃の写真を見るとそばかすの浮いたただのやんちゃ坊主です。私はどっちも好きです。




NOTES(1/12/97)

註1:「ベニスに死す」
製作…1971年/イタリア、原作…トーマス・マン、監督…ルキノ・ヴィスコンティ、出演…ダーク・ポガード/ビョルン・アンデルセン/シルバーナ・マンガーノ。 ふふふ。ビデオ持ってるもんねー。 (BACK)
註2:「モーリス」
知ったかぶりして書いてるけど、当時も今も、実はこの映画を見たことがないのであった。ストーリーの予備知識も「アナザー・カントリー」(これは見たの)あたりとごちゃまぜだったりする。 (BACK)
註3:言っとくけど……
現在の私なら、こんなことをわざわざ声高にことわったりしないなあ。今でも特にそっち系のシュミはないのだが。 (BACK)
註4:「天使の歌声」
日本発売1987年(ビクター)。LP…VIC-28253、CD…VDC-1222(当時)。私はLPで所持。もう入手不可能? (BACK)
註5:中沢新一を「しんちゃん」と……
そういう私が、当時京大の人文研にいた浅田彰氏のすっごいミーハーなファンだった事実は、あまり知られていない……筈である。 (BACK)


HOME