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虫のいい日々 [147] (2002.12.7, Sat.)

He did what she could not.


 『指輪物語』映画の DVD 鑑賞を餌に仕事をする毎日。


 で、To-ko さんのところ(12/7)でコメントされてた指輪映画の吹替えバージョン。向こうの掲示板に書き込もうと思ったんだけど、あまりに長文になったので、これ書き込んだらほとんど「荒らし」かも、と思い直して自分のところで書きます。特に To-ko さんに反論したいわけでもないし。どっちかというと自分用の覚え書き。


 私はまだ DVD 版の吹替えはちらっとしか観てなくて、劇場版の記憶だけなんですが。(吹替えも字幕版で固有名詞等がちょこちょこ変わったのに合わせて劇場公開時のものから変更されてるみたいですね。)


 ボロミアの言葉遣いがなんだか粗野だ、というのは私も思いました。でも、翻訳者に甘い私としては、結果として大多数の人がどう評価するかはともかく、ああいうふうにしてしまった意図は分かるような気がする、と思ってあげたいのです。


 特に劇場公開版だと観ようによってはオリジナル脚本でもボロミアが徐々にアラゴルンを認めるようになっていく過程とかは書き込みが物足りないなあという印象だったので、そのあたりに翻訳者の人が思い入れしすぎてて、その「徐々に態度が変わっていく」さまをアラゴルンに対する呼びかけが「貴様」とかからラストでは「あなた」に変わっているというような部分で強調しようと頑張って、結果として最初の印象を必要以上に粗野にしてしまったのではないか、と推測してみたりしています。


 少なくとも劇場公開の時点では、さまざまなプロセスの煩雑さを考えるともしかしたら吹替え作成のスケジュールは字幕よりさらにタイトだったかもしれないですよね。俳優さんが画面で口を閉じているときに大口開けたような音声がかぶらないように、などのタイミングまで計算してセリフを決めるのが原則だとなんかで読んだことあるし、ある意味、字幕の字数制限より神経使うと思う。声優さんのキャスティングでもずいぶん印象変わっちゃうし、自分にコントロールできない要素の多さという点でもプレッシャーは大きいのでは。(以前、この映画の字幕問題で Web 上に嵐が吹き荒れていた頃、どこだったかで「元セリフの情報をそのまま全部盛り込めるんだから字幕翻訳よりも吹替え翻訳のほうがラクだろう」という趣旨の発言を読んで「そりゃないでしょう!」と憤ったことがあります。もちろん、字幕翻訳がラクだと言う気もありません。大変さの種類が全然違うので部外者には比較できないのでは、という話。)でも字幕版が「明らかに原作を参照していない」訳だったのに対して、吹替えは劇場公開の時点から「明らかに原作を読んだうえでの」訳だったというのは、本当に嬉しかった。世の中捨てたもんじゃないってかんじがした。


 オリジナルの英語脚本では一度も gardener という単語が出てきておらず、サムが庭仕事をするシーンも(劇場版では)存在しなかったにもかかわらず、日本語セリフでは「庭師のサム」なんて言われる部分があるのなんて、人によっては「やりすぎ!」と思うかもしれないけど。でも少なくとも「たとえ元々は知らない作品でも、自分の手元にあるうちは時間の許すかぎり愛情を注ぐ」ということは、劇場版の時点からやってくださっていたと思うのです、吹替え翻訳の方は。


 まあ私も吹替え・字幕双方、個人的な好みと違うなってとこは色々ありますが。私は瀬田訳にもところどころ違和感持っちゃってるヤツなので、To-ko さんとは熱くなる方向がちょっと違うかも。


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