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虫のいい日々 [94] (2002.4.27, Sat.)

二重苦と二律背反


 かなり弱腰のまま、前回の続き。『指輪物語』映画字幕問題。


 前回紹介したオンラインでの字幕改善要求運動ですが、本当言うと全面的に賛同しているわけではないんだよな。でも、問題提起として「数」が揃うことは必要だ、と思いなおして署名には参加。納得してない点は、たとえば Petition Online の日本語字幕訂正嘆願書日本語による詳細説明)で、現在の字幕担当者の代わりに吹き替え版の翻訳者を推薦していることとか。吹き替えはたしかによく出来てたけど、この人の字幕訳例を私は具体的に知らないので(というか、字幕も請け負う人なのかどうかすら知らないや)、現時点ではそこまでは……。吹き替えと字幕では、必要とされる技術がちょっと違うのではないでしょうか(ちゃんと調べてから署名すべきってか)。


 もう一つ釈然としないのは、今の一般的な論調だと、どうしても非難の矢面に立つのが字幕翻訳者として名前の出ている方になってしまうということです。実際、各署名に寄せられたコメントを読むと、ものすごい語調のものがあって怖い。個人的には、個々の翻訳者や特定の映画字幕を直接攻撃するよりも、複数の人間によるチェック機構や、対象ごとに適任者を配置できる(不適任者を円滑に差し替えられる)土壌などのシステム面が充分に整っていないんじゃないかという問題を先に取り上げてほしいと思っています。反面、ある 1 つの映画について署名運動さえ起こり得るのだという事実が、そっち方面の改善の、きっかけの 1 つにはなるかもしれません。なってほしい。


 どっちかというと、普段の私は、字幕擁護派です。一緒に観に行った人が「台詞と字幕、合ってなかったよね」と言ってきたら「いや、単語レベルではまったく対応してなくても一瞬で状況を理解させるという意味では、あれでもよかったのでは」とか「字幕はあくまでも映像による理解に力添えするためのもので、厳密には翻訳とは違うという考え方もあるよ」などと応じることが多い。マイペースで読める書籍と違って、限られた時間枠の中でどんどん進行していく映画の場合、直感的な理解ができなくては楽しめないという見地から、文化の違いなどのために理解が困難な部分は意図的にアレンジをする、というのも場合によってはアリだと思っています。昔は固有名詞などについては、そういう処理を行うことが当然だったそうです。外国のお嬢様大学の名前を「聖心女子大」と訳出するようなのが、基本的コンセプトだったとか(たしかこれは、青山南『ピーターとペーターの狭間で』〔ちくま文庫〕で読んだ話)。


 またこれは字幕とは違うけど、以前ここにも感想を書いた香港映画「東京攻略」では、吹き替え版だと主演のイーキン・チェンの台詞がかなり変わってしまいます。でもあれはあれで受け入れられた。基本的なストーリーラインは変わってなかったし。オリジナル音声では複数の言語が入り乱れているのを、ぜんぶ日本語に吹き替えても話がつながるよう、やりとりの内容を変更してしまうというのは、一つの考え方ではあるな、と。


 今回の場合「原作が存在する」、「原作オタクによって作られた映画である」、「まだまだ続きがある(のに、その続きと整合していない翻訳がある)」、そして「監督以外にも熱狂的ファンが多く存在する」というので、特に改訂を求める声が大きくなっているものと思われます。でなければ大概の人は、「字幕とセリフが違う」と分かっても、笑ってすませていたのではないでしょうか。


 ファンが熱くなってるのは、「原作未読者の受け止め方」を憂慮しているというより、まずなによりも大好きな作品にケチが付いたのが耐えられないからなのかもしれない。それは認めざるを得ません。良質な小説を翻訳で読んでいて、「文脈で意味は通じるから誤植や文法間違いがボロボロあってもオッケー」なんて言いたくないのと、同じじゃないのかな。ひとつひとつの言葉に重みのある映画だから(非公式スクリプトを読み返すたびに再発見がある)、映像から得られる雰囲気だけで流してしまうのは、あまりにも勿体無い。意訳して短くまとめた字幕を付けるのは当然だけど、まとめ方のポイントは再考してほしい。で、書籍は不備があれば重版時に改訂してもらえるんだから、映画だって……と。原作小説の和訳版に準拠していないとか、そういう単語レベルの問題(馳夫が韋駄天だとか野伏がレンジャーだとか)で怒っているんじゃないんだよー。


 けれども「字幕によって映画が歪められた」というのも、実はファンの幻想でしかないのかもしれません。うちの掲示板でも字幕版で大丈夫というご意見をいただいたし、Web 上にもそういうコメントはあるし、一番声高にクレームが付いているボロミアの描かれ方に関してだって、字幕版でも別に印象は変わらないとおっしゃる方もいるし。(参考リンク:向井さん 4/24雪樹さん 4/24


 私なんか指輪ファンでボロミア好きの二重苦だから、すっかり目が曇ってしまっているのかもしれません。傍から見ると、とっても「イタい」ことを言っているのかもしれません。私があの字幕を見て悲しいと思うのは、私が指輪ファンだから。私が悲しいという気持ちの正当性に自信を持てないのも、私が指輪ファンだから。


*

 署名の送信ボタンを押すときには、「もし自分が仕事上でなんらかのミスをして広範囲に名指しで非難される立場になってもそれを厳粛に受け止めることはできるだろうか」とか、いろいろ考えちゃいました。受け止められるつもりでいるけど。いや、受け止められるようにがんばるつもりでいるけど。その覚悟がなきゃ、こんな署名できないって。


 なんと言いますか、ぶっちゃけた話、私がいるところも「劣悪な翻訳が出回っている」と評判の業界だからなあ。実際、「げっ」と思うようなものを何度も目にしている(私の仕事も、どこかで別の人に密かに「げっ」と思われている可能性は否定できないが)。ただ、それでもやっぱり、ヤバい業界だとは思いつつ「どうやったら現状を改善できるのか」は、真面目に仕事をしている人なら、みんな考えつづけているはずだし(それが今のところ、空回りしているっぽいことはさておき)、個々人がせめて自分の手元にあるものについては、たとえ条件や時間が限られていても、そのなかで自分の力の及ぶかぎりのことはやろうと思っているはず。そして力が及ばなければ、淘汰されてしまっても文句は言えないという気持ちは常にあるはず。だってこの仕事、好きだもん。


 字幕翻訳業界というのも、かなり厳しい環境であると伝え聞きます。フィルムのどこで 1 文 1 文の表示を切り替えるかを秒単位で決定する作業から翻訳者が担当するわけだし。そしてもちろん、厳しい字数制限や表記規則。ただ上からだだーっと訳すわけにもいかず、本当に大変ですよね。海外の指輪ファンサイト TheOneRing.net の記事によると、今回の場合、まったく原作知識がない翻訳者のもとにいきなりフィルムが送られてきて、1 週間で仕上げろと要請されたそうです(これは業界ではけっこう当たり前のスケジュールみたいです)。でもなあ。たとえ原作そのものを読む時間がなくても、ちょっとリサーチをすれば、ちょっと立ち止まって考え直せば、第三者の意見がもっと入っていれば、防げたはずの問題がけっこうあると思うのです。自戒もこめて言いますが。そして、そういう問題回避の手段が取られないシステムに、危惧を感じるのです。


 うーん、そうか。つまり私が今回の字幕翻訳騒動に乗っかることにためらいを感じるのは、私自身が(問題ありな業界の)翻訳者だからなんだけど、それと同時に、状況が変わってほしいと強く感じるのも、私自身が(問題ありな業界の)翻訳者だからなんだと思う。「翻訳なんて前からそんなもんだよ。いまさら怒るほうが変だよ」とスルーされるのが、なんだかすごく悔しいのだ。一人一人の自覚があればきっといつか業界を変えていける……と、信じ続けていたいのだ。結局、自分の置かれた状況に重ねているというわけ。青いかね?


 まあそんなこんなで、原作ファンで、なおかつ中途半端に職域が近い人間だからこそ、感情的になってはいかんなあ、とは思いつつ、現在自分を客観的に見ることができそうになく、かなりへこみ気味です。


→ つづく
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